第39話 セレステからカルース
警備を始めて一ヶ月と少し経ったが、これといった事件は起きていない。
不審者も姿を見せず、何かを盗まれたり情報が漏れたりしている形跡もないようだ。
俺もすっかり、生魚が食えるようになった。
そんなある日、俺は久しぶりにキエムに呼び出された。
「すまんが、カルースまでバイスと一緒に行ってもらえないか?」
カルースはセーラントの一番南にある港だ。
あの『迅雷の英傑』再来の港である。
「バイスの護衛ってことか?」
「ああ。それと、ちょっとカルースで、ある方を迎えに行って欲しいんだ。できれば……ガイエスの魔法で、方陣門を使ってもらえると助かる」
「何処から何処までだ?」
「カルースでその方と合流したら、連れている者達をその方と一緒にリグナまで。リグナからなら王都への越領門があるんだ」
『越領門』……領地を跨いで設置されているという方陣門か。
それが利用できるってことは、金証の貴族。
「王都に入るのはその方だけなんだけど、王都で書類を揃えて戻っていらっしゃるから、そしたら書類を受け取ってカルースの司祭様に届けて欲しいんだ」
つまり、四回は方陣門をくぐるってことか。
俺は手持ちの方陣札を確認する。
「連れっていうのは、何人だ?」
「三人。だから、カルースからリグナへの移動は君とその方を入れて五人。リグナからカルースに戻るのは君だけ、その後カルースからセレステまでバイスと戻ってきて欲しいんだ」
「五人を俺の魔力だけでは移動できないから、カルースからリグナに行くには札を使ってそれぞれの魔力で入ってもらいたい。それでもいいなら、移動できる」
「わかった。それは大丈夫だ。助かるよ! カルースから移動できる馬車方陣がなくってね」
すぐに俺達はカルースへと向かった。
セレステからはカルースの少し手前、デートルまでの馬車方陣があるので、そこまで行ってから馬で移動する。
カルースの教会で、その貴族達が待っているそうだ。
その教会に着き、待っていたのは……やたら朗らかな衛兵がひとり。
そして、拘束されて目隠しまでされている奴等が、三人。
「ごっめんねー、態々来てもらっちゃってー! いやぁ、助かったよぅ!」
「お久しぶりです、リベリム様」
「久しぶりだね、バイスくん。えーと、そっちの人が護衛の魔法師さんかな?」
「ガイエス、と申します」
そのリベリムと呼ばれた衛兵は、軽く笑いながらそんなに固くならなくっていいよ、と笑うが……目の奥は笑っていない。
こういう人は、一番怒らせちゃいけない人だ。
「こいつらうちの領地で下らない犯罪を犯した上に、カルースにまで逃げてきて迷惑かけちゃってね……セームス卿に合わせる顔がないったら……」
捕らえられているのは三人。
なるほど、こいつ等を連れていくのか。
額に『刻印』があるってことは……かなりの凶悪犯罪を犯したってことだ。
罪が重ければ重いほど、隠すことのできない場所に『刻印』が押される。
これは、いかなる身分の者であったとしても同じだ。
身体の『刻印』は罪を償い、禊ぎが終われば消える……らしい。
だが、身分証には『犯罪者の証』が残る。
どんな物かは、見たことがないので知らないが。
「おひとりで捕まえたんすか?」
「まっさかぁ! カルースの衛兵隊に手伝ってもらった。ただ、リブリラには方陣門で入れないし、ここからだと時間が掛かっちゃってね。教会の越領門で犯罪者送るわけにいかないから、困ってたんだよ。ほんと、【方陣魔法】が使える人がいてくれて助かったよ。あ、ちゃんと、僕から追加報酬出すからね!」
……よく喋る人だ。
追加報酬は、ありがたい。
「じゃあ、まず俺がリグナに行って方陣札を貼ってから、門を開くので待っててくれ」
俺はこの場に一枚、『門』の方陣札を貼る。
俺自身の方陣魔法でリグナへと移動し、リグナの教会で対になる『門』の方陣札を貼って魔力を通す。
「……繋がった。門の一部に身分証で触れてから、こちらに来てくれ」
「すっげ……あっという間だなぁ」
バイスは初めて見た方陣魔法の『門』に吃驚しているようだ。
「いやー、何度見ても凄いよね、この魔法。僕も、こういう魔法が欲しかったなぁー」
俺以外の方陣魔法師を知っているということか……リベリム……あれ?
大貴族の家門に、そんな名前がなかったか?
そいつの取り出した身分証は金証。
やっぱり、大貴族だ。
こいつの知ってる方陣魔法師って、もしかしたら先代皇王か?
いや、まさかな。
いくら貴族だからって、そうそう顔を合わせる身分の人じゃねぇよな。
それにしても、随分と手の込んだ細工の身分証入れを使っているな。
流石、貴族……
凝視してしまったことに気付かれ、リベリムはにやり、と笑い身分証入れを見せびらかすようにヒラヒラと動かす。
「これ、いいだろ? セイリーレでしか売ってないんだよ」
またしても、セイリーレか!
リグナに移動が完了すると、リベリムはすぐに現地の衛兵を数人呼び、捕らえた三人を見張らせた。
そして、教会の越領門から王都へと行ったようだ。
俺は、リベリムが戻ってくるまで待っていなくてはいけない。
ちょっと腰掛けようとした時、縄が緩んだのかひとりが近くの衛兵を突き飛ばして走り出した。
「駄目だ! 剣は使うな!」
その声に衛兵達は一瞬、出遅れる。
俺は衛兵達より一足先に飛び出すと『光の剣』を発動させる。
カチッカチッと二回、柄を押し込むと長槍のように光が細く長くなる。
それを逃げ惑う奴の肩をめがけ、突き刺した。
そいつは突然の痛みに一瞬転びそうになったが、よろけながらも足を止めない。
なので、今度は両足を切断するかのように、光を走らせる。
男は、ぱたり、と倒れ動けなくなった。
『麻痺』が入ったようだ。
同じ場所を攻撃するのではなく、同じ個体を攻撃すれば麻痺になるのか……と考えながらゆっくり近付き、かなりきつく縛り上げる。
動けないがどうやら一撃目の痛みはまだ持続しているようで、うーうーと唸りながら小刻みに震え脂汗をかいている。
……そんなに痛いのか……
「暫く動けねぇと思うが、縛り直した方がいいならそうしてくれ」
そう言って衛兵にそいつを渡すと、彼等はそいつに全く傷も怪我もないことに驚く。
「い、一体、何を痛がっているんだ?」
「どこも切れてないし……折れてもいないってのに」
俺は手の中の『柄』を見つめながら、小さく溜息をつく。
まったく、行く先々でこうも見せつけられるとは思わなかったぜ。
とんでもねぇ町だな、セイリーレ。
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