第34話 ロンドスト東の馬車方陣からセーラントへ

 エルエラを出て、ほどなくして馬車方陣に入った。

 出た所はリグナ……ではなく、同じロンドスト領内で一番東にある方陣門だった。

 領を跨いでの方陣移動ができないってのは、他領に入る全てを必ず検分するからだろう。

 そしてどうやら、身分証を翳して名前と在籍地だけでなく、職業と称号も確認しているらしい。


 俺の場合は『魔剣士』という職で、『冒険者・銅段』『魔法師二等位』ってのが称号扱いだ。

 検分に入ってきた衛兵はにこやかで、穏やかな奴だった。


 イグロストの衛兵は、ガエスタとは全く違う。

 ガエスタでは随分と偉そうな奴もいたが、全体的には大らかで豪快な感じの奴が多かった。

 この国では落ち着いていて、物腰が柔らかな衛兵が多い。


「はい、ありがとうございます。よい旅を」

 隣の人の検分を終えてそういった衛兵が、俺に視線を向ける。

 胡散臭い奴だ、とでも思われているのだろうか。


「よろしいですか?」

 それでもあくまで丁寧に、渡した俺の身分証を鑑定板に乗せる。

「おや、お珍しい職業ですが……」

 そう言ったきり、他に何も言わない衛兵にちょっと不安になる。

 だが、その衛兵は他の乗客への対応と同じように、よい旅を、と身分証を返してくれた。


 そこへいきなり別の奴が、馬車に入ってきた。

「この馬車に、エルエラから来た冒険者がいるはずだか?」

 俺のことか?

 乗客の視線が俺に集まったので……俺以外に『冒険者』はいないのだろう。


「俺だが?」

「ん? おまえが? 聞いていた容貌と違うが……」

 どうやら憲兵のようだ。

 部下に情報を確認しようとした時に、俺の検分をした衛兵が口を挟んだ。


「こちらの方は冒険者ではありますが、エデルスの二等位魔法師です。お探しの者とは違うかと」

「何? 二等位魔法師殿か。では人違いだな。申し訳なかった」


 うわー……魔法師、すげぇ……

 憲兵が頭を下げるところなんて、初めて見た。

 その上、一言の嫌味も言わずに帰っていくなんて。


 俺が魔法師ということを聞いたからか、今まで何だか緊張して警戒していた風の乗客達の雰囲気ががらりと変わった。

 皇国では冒険者ってのは、怯えられる存在なのかね。


 境界をくぐり、馬車はセーラントに入った。

 ここまで来れば、後はストレステまで歩いてだって辿り着ける。

 かなり距離があるから、歩かねぇけど。


 リグナまでは方陣ではなく、普通に馬車で走って移動するらしい。

 着くのは夕方のようだ。

 昼飯は食べたのだが、何だか小腹が空いてしまった俺は馬車に乗る前に買った果実の砂糖漬けを取り出す。


 突き匙の方がいいかな、と収納から取り出し果実を突き刺して口に運ぶ。

 甘くて旨い。

 イグロストに来てからというもの、今までなかなか食えなかった甘味ばっかり食ってるな。


 その俺を、じっと眺めている視線に気付いた。

 食いたいのかな?

「なぁ、あんた……」

 俺を凝視していたその若い男は、意を決したかのように話しかけてきた。

「……やらんぞ?」

 子供とか女性ならまだしも、男に分けてやる菓子などない。


「いや、違うよ。その突き匙……金属だろ?」

「ああ……そうだな」

「どこで買ったんだ?」

「もらいものだ。セイリーレで」


 俺がそう言うと、その男はあー、と声を漏らしながら天を仰ぐ。

「そーか、セイリーレか! うん、あそこなら仕方ねぇか!」

 悔しげにそう言う男に、不思議に思って訪ねた。

「これが金属だと、なにかあるのか?」

「珍しいだろ? 銀以外の金属の突き匙なんて」

 そうだな。

 普通はどこででも木工だ。


「セーラントで作り出したんだよ。金属の匙と突き匙。だから、似たような物があったのかって思ってよ」

 そう言って男は自分の持っていた鞄から、薄い平たい箱を取り出した。

 中には銀色に煌めく匙と突き匙が六組、入っていた。

 俺がもらった金属のものとは明らかに違う高級品のようだが、突き匙の形は俺がもらったものの方が使いやすそうだ。


 見せてもらったものは二叉で、あまり反りのない物だ。

 これはマイウリアでもガエスタでも、よく使われている突き匙の形。

 だが、セイリーレでもらったものは四叉で反りがあり、汁物以外は匙のように掬うこともできる物だ。


「ちょっと、よく見せてもらってもいいかい?」

 その男がそう言うので、見せてやった。

 ……食べている途中だったのだが……

「初めて見る金属だぜ……さすがセイリーレだなぁ……こりゃ加工が難しそうだ」

 確かに見たことのない金属だな。

 気にしていなかったが。


 突き匙を返してもらった後も、その男はやたらと話しかけてきた。

 名前はバイス、セーラントの造船港・セレステで働いているという港湾技師工。

 そうか、だから珍しそうな金属の突き匙が気になったってことか。


 それにしても、何処に行ってもセイリーレの名前を聞くな。

 皇王の直轄地になってるくらいだから、貴重な素材や技術、そして魔法がある町なのだろう。

 ……くそっ、もう少し時間があったら、あの町の教会で本を見せてもらえたのに……

 きっと、とんでもない方陣があるんじゃないのか?

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