第35話 セーラント領・リグナへ

 セーラントは、イグロストの最も東の領地だ。

 北は低めの山が連なるガストーゼ山脈で、その山を抜けるとストレステ共和国へと続く国境のある領地。

 東側の海に面しているいくつかの町では漁港・造船港・貿易港といろいろな港もあって、活気に満ちた領地だ。

 セーラントの魚介は『献上品』にもなっているほど、旨いらしい。

 魚、ずっと食ってないなぁ……


 リグナに向かう馬車旅も、もう少し。

 着いたらすぐに、宿を探さねぇと!



「なぁ、あんた、ガイエスさん、結構急ぎの旅なのかい?」

 バイスは態々俺の隣に座り直してまでして、話しかけてくる。

「そういうわけではないが、なるべく早くストレステに入りたいんだ」


「そっか……だとしても、冬場にあの山脈越えは止めた方がいいと思うぜ」

「なぜだ?」

「ガストーゼ山脈は高い山じゃあないが、凍るんだよ。こっち側はまだマシだが、ストレステ側なんて剣も立たねぇって」


 バイスの話によると、道はあるし、決して高く越えられない山ではないが、凍る。

 上りのイグロスト側はまだいい。

 しかし、下りのストレステ側は急な坂道の蛇行している難所続きで、ストレステの国境門に辿り着くまでの下り坂が、最も事故死の多い所なのだとか。

 ガエスタじゃそんな情報、欠片もなかったな……

 冒険者が足滑らせて事故死ってのは、間抜けすぎて笑えねぇ。


「それに、冬場は入れない迷宮も多くて、冒険者もすることないらしいぜ?」

 そうか、国の半分が凍土というストレステだ。

 迷宮の場所によっては、凍り付いて入れないのかもしれん。

 ……てことは、北側だと今まで見たこともない魔獣がいるってことなのか?


 はー……つくづく、移動時期が間違っているよな。

 連団の奴等、ストレステに入っているとしたら仕事がなくて食い詰めてそうだな。

 ちょっと、いい気味。


「だからさ、急いで行っても多分大変なだけだし、春までセーラントにいちゃどうだい?」

 バイスはやたら親しげにすり寄ってくるが……何かあるのか?

「そうだな、セーラントで教会にも行ってみたかったし……少し見て回るか。魚も食いたいし」

「じゃあ、セレステに来ないか? 漁港じゃないけど、魚は旨いぜ!」

「……俺に何か、頼み事でもあるのか?」


 えへへへ、と頭をかいて、バイスはそうなんだけどよ、と白状する。

「うちの港でこの匙の金属、不銹鋼ふしゅうこうっていう特別な錆びない金属なんだけどさ、これを使って船の艤装とか、作ってるんだ。匙とかは……まぁ、今後のことなんだけどね」


 この錆びない金属はセーラントだけに特別に入れてもらっているもので、現在はセーラント公が独占している形なんだとか。

 どうやらその仕入れ先情報や加工方法などを狙って、別の領地から盗人が入り込んできているらしい。


「先日、結構な大立ち回りになっちまって、うちの倉庫で護衛を頼んでいた人達が怪我しちゃってね。冒険者組合にも、追加補充の護衛依頼を入れたんだけど……」

「この国は、冒険者ってのが少ないらしいからな」

「そうなんだよー。それにこの季節、北の方の町はどこも人の動きが少なくなるから、どうしてもみんな南の方で仕事を見つけて移動しちゃってて、普通の護衛の人も雇えなくてね」


 つまり、港湾事務所と倉庫の護衛をして欲しいらしい。

 ふむ。

 なにも危険を冒してまで迷宮に潜れない時期に、急いでストレステに入る必要はない。

 それにセーラント領内で仕事ができるなら、その方がありがたい。

 皇国貨はどの国に行っても、両替の比率がかなりいい。


「わかった。引き受けるのはいいが、泊まる所なんかは世話してもらえるのか?」

「勿論だよ! いやぁー、ホント、助かったよー! 泊まる宿とか、食事も付けるから! あ、ちゃんと報酬も払うけど……うちの町、冒険者組合がないんで魔法師組合の方でいいかい?」

「……ああ、仕方ない」

 つまり、この依頼は『魔法師』への依頼となり、俺の冒険者としての実績にならず段位は上がらない……ということになるのかな。

 確かに『冒険者に厳しい国』だよな、イグロストは!

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