第33話 エルエラ-3
……朝が来たことに気付かなかった。
「もういい、昼まで寝よう」
持っていた方陣の殆どを書き替え、なんとかできあがった時には窓の外が白み始めていたらしい。
それから眠った俺は朝飯を食べ損ね、それでも眠気に勝てずに二度寝を決め込んだ。
そして……やっと起きた時には空腹で死にそうだった。
だめだ、どっかに食いに行くまでもたない。
セイリーレで買った保存食をひとつ取り出し、パンの袋を開ける。
待ちきれず、温めないままでシシ肉の煮込みを頬張った。
くぁーーーーーー……やっぱ、旨ぇ!
ぺろりと平らげ、匙を浄化してからしまい込む。
そうだ、この空き袋も取っておくんだったな。
『浄化の方陣』を書いた袋を作っておけば、そこに入れておくだけでいいな。
その袋に入れてから、荷物は全て【収納魔法】で片付ける。
いつ宿に戻れないような事態になっても【収納魔法】で持っているものは、忘れないしなくさない。
やれやれ……セイストでの一件、もう吹っ切ったと思ったんだがなぁ。
盗られたものの中に貴重品なんてなかったが、仲間だと信じていた奴等に持ち逃げされたってことは、まだ俺の気持ちの整理ができていないみたいだ……
気分を変えるためにも、予定通り教会に行ってみよう。
新しい方陣の本が、見られるかもしれないからな。
片眼鏡も買っておかなくては。
エルエラの教会はエデルスよりも大きい。
祀られている神像が『聖神一位』だからか、百合の花が至る所に飾られている。
司書室というのはどの教会でも地下にあるものなんだな、イグロストでは。
ちょっとカビ臭い……こっそり『浄化の方陣』を使うことにしよう。
この教会は方陣に関する書物が少なく、たった二冊だけだった。
一冊はエデルスで見たものと同じだったが、もう一冊に全く読めないなんだか判らない方陣をひとつ見つけた。
その他に書かれていた方陣は、【調理魔法】と『果実育成』……正直、役に立たない。
ま、覚えるだけはタダだな。
宿に戻った時はもう夕食になろうかという頃で、そのまま食堂に入った。
……シシ肉の煮込みだ……昼間と献立が一緒になっちまった。
仕方ない、と口にすると、全然味が違う。
不味くはない。
が、なんだろう、何かが足りない……あ! 火焔菜か!
こっちの地方では、あんまり食わないモノなのかな?
まぁ、マイウリアでもあんまり使うものじゃなかったけど、ガエスタではよく入っていたしセイリーレでもエデルスでも使っていた。
同じ国内でも、全然違う味付けなんだなぁ。
エルエラの方が、辛い、と言うか、塩辛い。
……肉は圧倒的に、保存食の方が柔らかかったな。
懐かしい硬さだ。
明日の昼前には乗合馬車組合の前に行っていないとまずいから、夜更かしはしないようにしよう。
昼まで寝ちまったから眠れないかと思ったが、部屋に戻るなり俺はぐっすりと眠ってしまった。
翌朝、スッキリと目覚めた俺はちゃんと朝飯の時間にも間に合い、町を散歩しながら予定時間より少し早めに乗合馬車の乗り場へと到着した。
余裕のある移動って、気持ちが楽だよな。
ガエスタでは考えられなかったよ……
というか、冒険者って予定を立てたりしても、その予定通りに動かないことの方が多かったような気がする。
いつでも、何が起こるか判らないというか。
いや、あの連団だったからかもしれん。
リーチェスもニルエスも、時間を守ったことなんてなかった気がする。
乗り場近くで、菓子を売っている小さい店を見つけた。
まだ時間もあるから、何か買っていこう。
馬車の中で食べてもいいし。
なんだか本当に、ただの旅行って感じだなぁ。
移動時に魔獣が出ない旅なんて、思ってもいなかったもんなぁ。
果実の砂糖漬けを買って、店を出たその時、馬車乗り場でなにやら騒いでいる声が聞こえた。
うわー……近寄りたくねぇなぁ……
だが、もうすぐリグナ行きの馬車が来る。
仕方なく近寄ると、どうも乗りたい馬車が満員で乗車券が買えなかったらしい奴が暴れているみたいだった。
お、来た来た、俺の乗る馬車だ。
二十人くらい乗れる大型の馬車なんて、初めてだな。
騒ぎなど素知らぬふりをして馬車に乗り込もうとした時、いきなり外套を後ろから引っ張られた。
図体はでかいが頭の悪そうな男が、俺に向かって威嚇する。
「おい、おまえ、この馬車の乗車券を譲れ!」
「断る」
即答。
当然だ。
そして掴まれている外套を引っ張って、そいつの手をふりほどく。
「おとなしく譲れって。怪我したくねぇだろうが」
「きゃあっ!」
剣を抜いて俺を脅すそいつに、周りから悲鳴が上がる。
衛兵は……近くにはいないみたいだな。
「断る、と言っただろうが」
なんか、すげー舐められている気がするんだが……あ、そうか。
俺、帯刀していないからか。
セイリーレで収納したっきり使わなかったから、出していなかった。
俺の腰にあるのは……あの『光の剣』だ。
「イキがってんじゃねーぞ!」
大きく振り上げられた無駄な動きの多いそいつの剣を躱しながら、俺は『剣』を試してみようと思った。
右手で『柄』を握り、親指でカチリ、と押し込むと光の剣身が現れる。
昼間で辺りが明るいせいか、殆ど見えないが……俺には確かに、この剣身が知覚できている。
なるべく少ない腕の動きだけで、その男に袈裟懸けに光を当てた。
そしてすぐに腰に戻して何食わぬ顔をする。
あ、いけね。
人を斬るなら、足か腕って言われてたのに……
大袈裟に悲鳴を上げて
次は気をつけよう。
男は、痛みにじたばたして唸っている。
しかし、全く血も出てていなければ怪我もしていないその姿を見て、周りにいた野次馬達はくすくすと笑いを漏らす。
『怪我もしていないのに痛がっているだけのだらしない男』か、『抜刀しておきながら武器を持たない相手に倒された間抜け』に見えているのだろう。
さて今度こそ馬車に……と思ったら、誰かが呼んできたのだろう衛兵に止められた。
「君が、この男を倒したのか?」
「俺は剣なんて持っていないし、魔法も使っていない。どうやって倒したって?」
衛兵は俺の身体を検分するが、言った通り帯刀していない俺の言い分を確認しただけだった。
ホントに、この国の衛兵は高圧的な奴がいないんだな。
……あの男は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、まだ身体を押さえて痛がっている。
『光の剣』……結構ヤバイ代物だな。
俺は悠々と馬車に乗り込み、何が起きたのか判らないといったその場の全員を置き去りにしてリグナへと向かった。
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