第30話 ロンドスト領・エルエラへ
昼飯は馬車の中で、と言われたが揺れる馬車の中で食事なんかできっこないだろうと思っていた。
だが……『
聞けば早馬車はどうしても乗り心地が悪くなるから、走り出したら御者台と馬車の中が揺れないように魔法が掛けられているというのだ。
何にでも魔法がかかっていやがるんだな、イグロストの物ってのは。
用意してくれた昼飯は、あの食堂で買った『保存食』って奴に似た物だった。
セイリーレで売られている物を真似して作ったらしいのだが、はっきり言ってまったくその域には達していない。
「あの町のは、かなり凄い魔法師が【付与魔法】を掛けているからねぇ。他の所で作るものは、【収納魔法】がなくても五日くらいは平気だってだけさ」
なるほど、【収納魔法】は、旅でもしない限りあまり必要のない魔法だからな。
そもそも【収納魔法】自体を獲得している人も少ないのだろう。
せいぜい五、六日もてば充分……なのだろうな、と出されたものを食べた。
……味も、セイリーレのものの方が……上だ。
あの町の市場で、香辛料が買えていたら……!
いかん、イグロストに入ってまだ四日目だってのに、俺の口は随分贅沢になっちまってる。
もうすぐロンドスト領、という辺りで馬車の速度が弱まった。
『女将さん』から身分証の名前が見える方を表にして出しておいてくれ、と言われた。
なんでも、他領に入る時には必ず検分があるのだそうだ。
「士族でも貴族でもそれは変わらないからね。正しく入領しない奴は捕まっちまうから、気をつけな」
そういえば、エデルスに入る時には何もなかったが?
「ああ、セイリーレから来た人はいいんだよ。あの町の衛兵隊の検分はこの国で一番しっかりしているからね!」
直轄地だから、と『女将さん』は言うが、多分それだけではないのだろう。
俺を『審査』したあの衛兵隊員はおそらく『看破の魔眼』持ちだ。
そしてセイリーレに入ってからたいして時間も経っていなかったっていうのに、衛兵を行く先々で随分と見かけた。
人通りが少なかったのに至る所に居た……ってことは、冒険者嫌いの住民と俺が諍いでも起こさないかと見張っていたのかもしれない。
あの町は、そういう意味でも『特別』なのだろう。
そこを無事に出て来たってだけで、信用になるのか。
検分は問題なく通過できた。
まぁ、エデルスの
そして越境が無事に済んだ時に、思い出したように『
「あんた、方陣門が使えても、国や領をまたいで移動しちゃいけないよ。イグロストでは同じ領内なら問題にはならないけど、他領から方陣門で移動していいのは金証の方々だけだからね」
セイリーレのあいつも『方陣門で来たりするな』と書いてたが、まさか領を跨ぐこと自体が駄目だったとは思っていなかった。
危ねぇ。
金証っていうと、この国の皇族か大貴族だけってことか。
イグロストは多分、他国の冒険者達が考えているよりずっと身分に厳格な国だ。
そしてその身分は生まれた家や場所、性別などより『魔法』と『魔力』で決められている。
農家の平民の娘であっても貴重な魔法を持っていたりすれば、そこら辺の大した魔法を持っていない下位貴族の男なんかより身分が上になるらしい。
一番身分的に高い職業ってのは……おそらく『神官』や『魔法師』なんだろうな。
『女将さん』にそれとなく聞いてみたが、どうやらそうでもないようだ。
「確かに『魔法師』は、身分的には結構上だよ。皇族と大貴族以外なら、ね。だけど『神斎術師』や『神聖魔法師』『聖魔法師』それと『聖者』の方が、はるかに上だね」
……流石、魔導の国イグロスト。
魔法師の上に、そんなのもいるのかよ。
「今、皇族以外だったらこの国で一番は大貴族で『神斎術師』のセームス卿だね!」
セームス卿……名前は聞いたことがある。
だが、あんまりいい噂じゃなかったはずだ。
「あー……酷い噂も流れていたよ、以前はね。だけど、この間、身分証を開示なさってね! そんな馬鹿な噂を吹っ飛ばしたのさ」
「大貴族なのに、身分証を開示するのか?」
「あの御家門は勇敢で、公明正大な方ばかりだからね! その詳録を教会で見た時は震えたねぇ! 素晴らしい魔法と、信じられないほどの魔力でさ!」
セームス卿は次期セーラント公だから、あの領内に入ったら開示なさった時の情報が教会で見られるよ、と教えてもらった。
……見ておこう。
この国の最も上の『神斎術師』ってのがどれほどなのか、もの凄く興味がある。
でも名前も魔法も、全部公開しているってことか。
大貴族ってのは【隷属魔法】にかからないものなのかね?
怖ろしくて、俺には考えられないことだ。
他にもこの国の話をいろいろと聞きながら、馬車は夕食時より少し前にエルエラに着いた。
「ガイエス、本当に世話になったね! あんたのおかげで、来年もうちの町の作物を自信を持って売っていけるよ。ありがとう!」
改めてそう言われ、俺は『女将さん』と握手を交わして別れた。
マイウリアからガエスタを旅していて、殆ど言われたことのない『ありがとう』という言葉。
俺はひとりきりになったこの半月程で、どれくらい言われたのだろうと振り返る。
冒険者としては、初心者に等しかった俺を拾ってくれたあの連団には感謝している。
だけど、冒険者達の間では『感謝』なんてものはまるで存在しないかのように、誰ひとりそういう言葉を口にする者はいなかった。
俺も、そうだった。
どうしてだろう……なんで、言わなかったんだろう。
何をしてもやって当たり前だと言われ、できなければ
それは俺に限ったことではなくて、多くの初心者達がそういう扱いを受けている。
そしてある程度冒険者として実力が付いてくると……新しく入ってきた奴に自分がされたことをするのだ。
憂さ晴らしのように。
そりゃ、感謝なんて気持ちはなくなるし、そんな殺伐とした奴等に金目当てで依頼をこなされるだけなら、依頼者からも感謝の言葉なんて殆ど聞かれなくて当たり前なんだろう。
俺も『依頼』じゃないことをやったのは、ナフトルが初めてだった。
そういえば、あそこでは……感謝の言葉を言われたな。
最後にちょっと、嫌な気分にはなったが。
迷宮に入るってのは、冒険者がやりたくてやってることだから『依頼』ではない。
そもそも、冒険者は『自分のため』に動くのが当たり前だ。
そうか、『感謝』なんてものを求めていないから、自分達からも口にしないし期待もしないのか。
冒険者ってのは、もしかしたら誰かと連んでいたとしても孤独なものなのかもな、と思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます