第31話 エルエラ-1

 エルエラは牧畜が盛んな町だという。

 ロンドストはどの町でも牧畜や畜産、精肉加工業が盛んで王都だけでなく各地に卸しているらしい。

 北側から北東側にかけては山脈があり、コーエト大河を分断している。

 その大河からの、豊かな水源を共有するロンドストとセーラントは肥沃な土地らしい。


 内陸のロンドストは交通でも重要な領地であり、各方面への馬車が多く行き交う。

 イグロスト十一領の内の六領と接している、最も『馬車方陣』の多い領地だという。

 俺は早速、乗合馬車組合でセーラントに入れる馬車を調べることにした。


「え? 毎日は出ていないのか?」

「ああ。結構移動距離があるからね。四日に一度なんだよ。次は明後日の昼が馬車方陣を使う便、普通のは明明後日しあさっての朝一番だね」

 馬車方陣を使う方が、乗っている時間が短くて済むが……高そうだな。


「馬車方陣を使う便はリグナまでだと、乗り合いで二千だね。貸し切りだったら一万八千でいつでも出せるよ」

 思ったより高くはなかったが、貸し切りにする必要はないだろう。

「明後日の昼、乗り合いの便で頼めるか?」

「まだ、空きがあるから大丈夫だ。乗車券に書いてある時間が出発時間だから、遅れないでくれよ」


 そう言われ、二千支払って乗車券を受け取った。

 明後日の、昼……か。

 乗る場所はこの事務所の前だそうだから、近くの宿を探そう。

 今日と明日、この町を歩く時間ができた。


 宿も問題なく取ることができた。

 人も馬車も多く行き交う町だから、宿屋も充実している。

 あと少ししたら夕食時間になるから、ちょっと魔具屋に行ってみよう。


 俺はぶらぶらと歩きながら、近くの店を見て回った。

 なんでもある町だな……と、服、日用品、武器などを見て回る。

 あ、あった。

 魔具屋。


 あまり大きくはないその店に入ると、ひょろりと背の高い女に声をかけられた。

「あらぁ、珍しいわね、赤い瞳なんて。マイウリアの人?」

 確かに赤い瞳はマイウリア人に多い特徴の一つだが、イグロストでだっていないわけではないだろうに。


「この領では、あなたみたいな綺麗な赤の人は少ないのよ」

 心でも読めるのだろうか、と思うような言葉をかけられて吃驚した。

 俺の知らない魔法だろうか?


「何をお求めなのかしら?」

 そう言って微笑むその女は、どうやらここの店主だ。

「魔石を買いたい。それと、方陣札があれば」

「はいはい、魔石ね。方陣札はぁ……ちょっと待ってて」


 ……いたなぁ。

 連団にも、こうやってやたらとしなつくって、くねくねしてる奴……

 ナスティは誰にでもそんな感じだったし、マグリットも露出の高い服ばっか着ていた。

 まぁ、マグリットの目当ては俺じゃなくて、リーチェスだったが。


 この人、俺のこと……結構、年齢がいってると思ってんのかなぁ。

「はい、どうぞ」

 差し出された魔石はなかなか良いものだったが、方陣札は俺の持っている方陣ばかりだった。


「じゃあ、この魔石だけ……」

 と、差し出した俺の手を、ついっ、と取って撫でる。

 こういうことをされても……昔はびびったりドキドキしたりしたが……なんとも思わなくなってしまった。

 下心のあることが感じ取れてしまうと、どれほど色っぽい仕草であっても『目的を達成するための作業』だと判っているから何も感じない。


 そしてそういう人は大概、こう言うと怒り出すか慌てて取り繕うかのどちらかだ。

「……俺は、二十才以上年上は趣味じゃない」

「なんですってっ!」

 あ、怒り出す方だった。


「まだ二十八だからな。あんたに飼われる気はねぇよ」

「え、嘘……なっ、なんでそんなに老けてんのよっ!」

 知らねぇよ。


 ちょっとムッとして店を出た俺に、金髪の軽そうな男が声をかけてきた。

「凄いな、あんた! あの店から無事に出てこられるなんてよ」

 おい、そんなに危険な店だったのかよ?


「……誰だ?」

「あ、俺、向かいの衣料店。あんたが入ってくのが見えて、ヤバイと思ってさー。ここのオバサンもうすぐ八十だってのに、いろんな男侍らせて喜んでる人だから」

 ……二十どころか五十以上も上だったか。


 俺はかなり遅くにできた六人兄弟の末の子供だから、別に年齢を誤魔化している訳じゃない。

 うちの家族は、みんな老け顔なのだ。

 多分。他の兄弟の顔は知らないが。

 ……あの魔具屋のオバサン(八十歳)から、俺は何歳に見られていたのだろう……?


 イグロスト人は、マイウリア人より百歳は寿命が長いという。

 魔力の多い方が長生きと言われているらしいが、それだけではないだろう。

 俺の爺さんの魔力は少なかったが、二百三十歳まで元気だったし、同じくらいの魔力だった親父は百五十そこそこで死んじまった。

 しかもふたり共死因は『枯花病』……マイウリアではそう呼んでいた。


 正確には『病』ではなく、年を重ねたものだけがそのようにして死んでいく。

 加齢での見た目の変化はあまりないのに、何日もせずに、まるで朝咲いていた花が夕方に萎んでしまうかのように、あっという間に魔力が身体からなくなって萎むようにカラカラになってしまうからそう呼ばれていた。

 そういえば、ガエスタでは『老衰』と言っていたな。


 爺さんは一日で、親父は五日ほどかけて『枯れて』しまった。

 どれほどの速さで衰えるかは、個人によって全然違うのだろう。

 そして、魔力が多かった母さんが『老衰』で死んだのは百四十三歳だった。

 ほんの十日前まで普通に暮らしていたのに、毎朝毎朝、顔を合わせる度に何百年も経ってしまったのではないかと思うくらいに変わっていく。


 どれほど生きて『枯れる速度』がどれほどなのかは、魔力の多さではなくきっと別の要因があるのだろう……



「……でさ、あんた旅の途中なんだろ? その外套もボロボロだしさ、うちで防具と一緒に見ていかねぇ?」

 いかん、この男の言ってること、半分も聞いていなかった。

 そうだな。

 外套は買い換えようと思っていたから、ちょっと見てみるか。


 誘われるままに入った店には、なかなかいい品が置いてあった。

 気に入った長目の外套を手に取ると、金髪男は見る目が高いと褒めちぎる。

 うぜぇ……


「これな、最近王都で流行だした形の外套なんだけどさ、ほら、ここん所に衣囊いのうが着いてて小物なんかを入れておけるんだよ」

 内側にも外側にも蓋付きの衣囊が取り付けられている作りは、細かいものを入れておくには便利だな。

「それに、水にも凄く強くて大雨でも弾いちゃうんだぜ」


 どうやら【耐水魔法】が付与されているようだ。

 これはいいかもしれない。

 今の季節ならまだ雨は少ないが、もう少しすると雪混じりの雨が降るようになる。


 濡れにくければ、体温が奪われることもないだろう。

 少し高いが……魔法付きなら仕方ない。

 俺はその外套を買い、ちょっといい買い物ができたと機嫌が良くなった。


 宿に戻った俺は、夕食を食べてから部屋で買ったものを整理することにした。

 魔石に魔力を込めて、補助用の方陣札を作っておく。

 そして新しい外套を広げた時に、襟の裏側に方陣を見つけた。


 ……これ、『耐性の方陣』だ。

 つまり【耐水魔法】ではなく、『耐性の方陣』で水に強くなる指示をしていただけ……のようだ。

 俺、持ってるじゃねぇか、『耐性の方陣』……

 余分なものに金を払ってしまった……

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