第19話 白い森

 夜明けまでは、まだ時間がある。

 この白森は一体、どれくらい続いているのだろうか?

「白森に入ったら北東に進むんだったよな……」


 白い木々はすっかり葉が落ちて、枝の隙間から空が見える。

 空には蒼い『北の氷星』が瞬いている。

 では、こちらが北東か、と視線を向けると遠くに高い高い山が見えた。

 多分あれが鉄と銅が沢山採れるという『錆び付き山』だ!

 あの麓がセイリーレの町のはずだ!


 慎重に行かねばと思いつつ、逸る心を抑えられない。

 ガエスタを抜けた!

 境界山脈を越えた!

 ここはもう、イグロスト領内だ!


 俺が『冒険者』として生きていける、本当のはじまりの場所だ!


 気が付くと、走り出していた。

 真っ直ぐに、錆び付き山を目指すように。

 あの砂漠の国を抜け出せた喜びで、俺はあまりに周りを見ていなかったのだ。


 いつの間にか……あちこちから足音と低い地鳴りのような咆哮が聞こえる。

 だめだ。

 立ち止まったら、ダメだ!


 歓喜は消え、焦りと恐怖が頭をもたげる。

 後ろを振り向いてはいけない。

 駆け抜けて、前から来る奴を確実に仕留めなくては!


 来たっ!


 強化と俊敏の方陣を展開し、正面から突進してくる二匹の魔狼をなぎ払う。

 一匹は血飛沫を上げ転がったが、もう一匹には胴の部分に剣身が斜めにかすっただけで動きを止めることもできていない。

 それでも足を止めてはいけない。

 後ろから、絶対に追って来ている。


 目の前に岩場が現れた。

 よし、ここでなら……!

 俺は少し速度を緩め、惹き付けてからまた走り出す。

 今度は真東へ。


 ジグザグと方向を変えながら走り続けると、追って来ていた魔狼たちは曲がりきれずあちこちにぶつかりながら脱落していく。

 まだだ、まだ、止まれない。

 息が苦しくなってきた。

 魔法で無理矢理上げている速度に、足がついていかなくなってくる。


 あの、大岩だ。

 あそこまで、あそこまでは!


 俺の背丈よりはるかに大きな岩を背にし、振り返ると魔狼たちが今まさに飛びかからんと身を屈めていた。

『炎熱の方陣』を展開!

 くっ! 発動より、早い奴がいる……!

 投げ剣を同時に三本、魔力を込めて投げつける。


 ぼわっ!


 一匹にあたった!

 しかし他二本は掠りもしない。

 だが、そいつが俺に辿り着く前に『炎熱の方陣』が発動、目の前の四匹がしなる鞭のような炎に焼かれていく。


 あとから、あとから、まだ魔狼の波は終わらない。

 緑の炎が次々に魔狼たちを焦がしていくが、その立ち上る煙の間から、何匹も飛びかかってくる。

 このままじゃ、防ぎきれない!


 炎が間に合わず、飛びかかってきた一匹を右に躱してなんとか避けたが、坂道の不安定な足下で俺は体勢を崩してしまった。

 まずい! やられる!

 身を屈め、丸まるように頭を覆った時、俺の身体が急に浮くような感覚があった。

「うわっ、わわわわっ!」


 俺が魔狼を避けて重心を傾けた側は、崖になっていたのだ。

 俺はそのまま落下し、転がり落ちていった。

 暗闇の中、魔狼たちは崖下の俺に興味をなくしたのか、追っては来なかった。


 だが、どうにも動けない……

 強化と俊敏で無理をし過ぎた俺の身体は、ピクリとも動かず……俺は、意識を手放した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る