第18話 境界山脈の埋もれた村から沼地へ

 深夜、魔狼を避けながら東へと進んで行った先が、急に開けた。

 どうやら、ここいら辺りが山崩れで埋もれた村……のようだ。

 石積の壁が崩れた跡、土の下に屋根らしきものが埋まっている。

 俺が今立っている下に村があったのかもしれない。


 もし建物が残っていれば休めるかもしれないなどと思ったが、どうやら甘かったようだ。

 高い木々が生え揃っていないこの視界が開けた場所は、逆にかなり危険だ。

 魔狼は、暗がりでも目が利く。


 俺は北側へ回り込み、足早にその地を後にする。

 ここを進んでいくと沼地になると言っていた。

 多分その辺りには、高くて大きい木々はないだろう。

 夜明けまではまだ時間があるが、この辺りで食事をして休んでおくことにした。


 沼地はなるべく、明るい内に越えたいと思ったからだ。

 回避できる場所が少なそうな所で、魔獣に出くわしたくはない。

 一日目はかなり距離が稼げたし、予想以上に魔獣は少なかった。

 まだ体力も魔力も問題ない。

 ここで少し眠って、夜明けを迎えてから歩きだそう。



 薄明かりの早朝、木の上で目覚めたのはよかったのだが………足元を見てぎょっとした。

 魔狼がぞろぞろと集まってきている。

 この近くに大規模な巣があるのだろう。

 もしかしたら、こいつ等も沼地を避けてこの辺りに陣取っているのか……と、木の上で息を潜める。

 大岩のあるその裏側に、どうやら地中へと続く洞窟があるようだ。

 魔狼はゆっくりとその中へと、吸い込まれるように入っていく。


 全て入りきるまで待つしかない……と、その群れを見つめていた。

 そのせいで思っていたより時間をくってしまい、慌てて沼地を目指す。

 少し走ると沼地に入ったのか、足下がかなりぐずぐずとしてきた。


 そのまま、東へ。

 なんだろう、少し、暑くなってきた。

 地面から湯気のような、陽炎のようなものが浮かび立っている。


 ぺっとりと髪が張り付くような湿気に我慢できず、俺は外套を脱いで収納した。

 だが、どんなに暑くても肌を出すのは危険だ。

 この沼に、危険な生物が何もいないという保証はない。


 沼に落ちないように細心の注意を払いつつ、東を目指す。

『土類操作』と『強化の方陣』を使い、足元を固めながら進むことができるのは助かったが……やはり、移動速度は落ちる。


 天光が陰ってもここでは立ち止まる訳にはいかないから、見えなくなったら危険があっても『採光の方陣』で明るくしてしまうしかない。

 この辺りの暖かさだと、もしかしたらまだ生きている魔虫の成体もいるかもしれない。

 そうなったら、夜間の灯りは格好の的だ。


 焦りつつも集中を切らす訳にはいかないと、俺は一歩一歩慎重に進んでいく。

 目の前の森の草や木々の様子が、変わってきた。

 もうすぐ沼地を抜けられるに違いないと少し気が緩んだ瞬間、目の前を何かが通り抜けた。

 天光が届かなくなってきて、視界が狭まってきて目が利かなくなっている。

 目を凝らしてじっと見つめると……あれは、飛び蛇か!


 丈の低い木から木へと飛び移り、移動していく毒蛇の一種だ。

 魔獣ではないが危険な生物には違いない。

 だが、もう少し、もう少し歩いて、ちゃんと固い地面を確認してからでないと!

 俺はまだ暑くて被りたくはなかったが、取り付かれては敵わないので外套を取り出して頭から被る。


 ぐあーーっ!

 蒸し暑い!

 だが、我慢だっ!

 毒牙を突き立てられるよりはマシだ!


 飛んできた蛇を剣でなぎ払いながら、足下だけは決して揺らがないように歩みを止めず、なんとか固い地面まであと少しという所で、正面からとんでもない勢いの飛び蛇が!

 慌てて体勢をずらし、横っ飛びに固い地面へと飛び移る。


 俺に躱された飛び蛇が沼に落ちると、沼の表面が大きくうねった。

 泥蛇の魔獣、魔潜まむぐりと呼ばれている奴だ。

 沼の中に、大量の……魔潜の群れが犇めいていた。

 泥と同化し、獲物が、俺が落ちてくるのをじっと待ち続けていたのだ。


 背筋に悪寒が走り、足が震える。

 誤って一歩でも入っていたら、あの大量の蛇達に纏わり付かれ沼の底へと引き摺り込まれ……窒息するより先に全身を食い千切られていただろう。

「なんて……沼だ……『土類操作』が出ていて本当に助かった……」


 震える足でなんとか立ち上がり、俺は足早に沼地から離れる。

 あの魔蛇共は追って来ないとは思っているが、恐怖と嫌悪が足を速める。

 ……暫くは縄の切れ端でも驚いて、身構えてしまいそうだ。


 周りも見ずに走ってしまった俺は、やっと立ち止まり息を整える。

 まだ、夜の帳の中。

 どこに魔獣がいるか判らない。


 全身を浄化し、沼地での臭いや泥を落とす。

 ちょっと何か食べよう……と、太く高い木を捜したが……ない。

 白い幹の木々が林立しているが、どれも細く、頼りない枝葉のものばかり。

 登れはするが、折れるかしなって下へ落ちてしまう。


「そうか、これが『白森』か……」

 どこにも隠れられるような場所がない。

 岩も、高い木もなくただ真っ白な細い、頼りない木々があるだけの森。


 ここは……沼地よりもはるかに危険な場所ではないのだろうか?

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