第20話 狩猟小屋

 目を開けた時、朝が来ていた。

 俺はどうやら崖の途中で、岩に引っかかって止まったらしい。

 ……そんなに急斜面の崖じゃなくて助かった……


 それにしたって、なんて怖ろしい森だったんだろうか。

 あんなに、波状攻撃を仕掛けてくる魔狼の群れなんて初めてだ。


 毒の角が掠ったのであろう、外套の一部はぼろぼろになっている。

 そのままズルズルと、崖を下へと滑り降りていく。

 正直、立ち上がるのがつらいくらい疲れている。


「お、川がある」

 細いが、なかなか水の綺麗そうな小川が流れていた。

 小さい魚もいるみたいだ。

 久し振りだな……魚の、まともな生き物のいる『川』を見たのは。

 ここは、土が穢れていないんだ。

 毒なんて、この大地にはないのだろう。


 砂色のガエスタとは比べものにならない、清浄な土地。

 これが、魔法師達が血統魔法で守り抜いている『イグロスト皇国』。

 こんな辺境だというのに、こんなにも境界山脈の向こう側とは違うのか……


 川の上流、南の方を向くと小屋らしき物が見えた。

 重い足を引きずって、その木造の掘っ立て小屋へと入ってみた。


 ……なんで、こんなに綺麗なんだ?

 どう見たってこの小屋の外見はボロボロで、錠前も壊れていて使っているとは思えない。

 だが、室内はチリひとつなく、汚れも何もない。


「ん? 床に何か……」

 机の側に小さな、柔らかい破片があった。

 何か書かれているが、ごちゃっとした見たこともない、いくつかの印のようなもので文字ではない。


「なんにしてもありがたいな……ちょっとここで休ませてもらおう」

 扉はしっかりと閉めて、板窓も閉じておけば取り敢えず魔獣も魔虫も入って来ないだろう。

 ああ、だめだ、眠い。

 体力も魔力も限界だ……




 空腹で目が覚めた。

 持っていた食糧を食べて、一息つく。

 ……あと三日分くらいだな。

 セイリーレで、何か買ってから移動しないと。


 冒険者嫌いの町。

 ちゃんと売ってもらえるといいんだが……

 ガエスタでもあからさまに嫌な顔をされたり、ぼったくり価格だったり、とんでもない高値を提示され拒否されたり……

 あれ?

 冒険者嫌いって言われていなくても、結構酷い扱いだったのでは?


 使われているとは思えないこの小屋までこんなに清浄な状態って言うのも、大貴族の魔法の影響なのだろうか?

 空気が綺麗なせいか、もの凄く目覚めがスッキリしている。

 体力も魔力もしっかり回復した。

 さて、セイリーレまであと少しだ!



 小屋を出て見回すと、北東側から南にかけては高い崖になっているみたいで、少し小川の下流まで行かないと北に出られないようだった。

 川沿いを歩き、川幅が狭くなった所で向こう岸に渡る。

 白い木の森はまだ続いている。

 だが、この辺りまでは魔狼が多くは来ていないみたいだ。


 土には全く毒がなく、木にも草にも魔虫の巣どころか気配すらない。

 そしてまるで暢気に散歩でもしているかのように、白い森を抜けた。

 目の前には腰くらいまでの、丈の高い草が茂っている。

 この時期でも枯れない草原というのも珍しいが、少し泥濘ぬかるんでいる。


 でも、不思議と警戒心が湧かない。

 この泥濘ぬかるみの中にいる生物たちは、決して毒で襲いかかってくるような『魔獣』ではない……と、勝手に思っている。

 その草原を歩きつつ、昨日の夜よりぐっと近くになった『錆び付き山』を見上げる。


 もうすぐだ。

 もうすぐ、俺は全く知らない町へと入る。

 わくわくする。


 旅をしていて、最も楽しいと感じるのはこの瞬間かもしれない。

 頬を撫でる風が冷たい。

 曇り空で、暖かな天光の光もさほど届かない季節だというのに、なんだか身体中がぽかぽかとしている。



 きっと、今、俺の胸を占めるこの感情は『希望』という奴なのだろう。

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