第12話 ナフトルの夜

 ナフトルに戻ると、とんでもない大歓迎を受けた。

 祝宴が催され、全部で二十人ほどしかいない村人全員が、涙を流して喜びと礼を言うのだ。

 ……冒険者になって、こんなに感謝されたことなど一度もなかった。

 依頼をこなして金をもらう。

 それだけの関係だから、当然かもしれないが。


「本当に、ありがとう! これで安心して畑に出られるよ。君がいてくれてよかった」

 改めて村長にそう言われ、そうか、これは依頼じゃなくって俺が善意でやったこと……って話になってるからか、と思い至った。

 俺としては、腕試しができて迷宮の魔具が手に入る上に『贈り物』があるかもっていう期待があったからであって、完全な善意とは言い難いのだが。


 まだ、俺は身分証で『贈り物』があったかどうかの確認をしていない。

 わくわくしている反面、全然役に立たない技能や魔法だったりするのでは……とか、そもそもあの程度の迷宮では何ももらえないかも……と思ったりもしている。

 その日は是非泊まっていって欲しいと言われたので、俺は村長の家に泊めてもらうことになった。


 雰囲気に流されて食べ過ぎてしまった俺は、疲れも相まって部屋に入るなり寝床に突っ伏した。

 いや、こんなに食ったの久しぶりだ。

 いつもあんまり、腹一杯にならないようにしているからなぁ。


 旅ではいつでも飯にありつける訳じゃないせいもあって、一度で沢山食べるより空腹感をなるべく感じないようにちょこちょこと口にものを運ぶ。

 満腹になると動きが悪くなるし、眠くなる。

 いつでも野宿できるほど、安全な場所にいるわけではない。


 だから……今はとっても眠い。

 流石、村長の家だ……小さな村とはいえ、寝床は宿屋のものよりずっと柔らかい……


 コン、コン、コン


 あ?

 誰かが扉を叩いていているのか?

 俺が重い身体をなんとか起こして扉を開けると、そこにはタニヤが立っていた。

「あ……あの、本当に、ありがとうございました」

「礼なら散々聞いたから、もういいよ」

「その、お、お支払いのことなんですけど……」


 支払い?

 なんのことだ……と、問おうとした俺にいきなりタニヤが抱きついてきた。

 慌てて引きはがす。

 何考えてるんだ、こいつは!


「あんまり……お金がなくって、だから、その、あたし自身で……」

「馬鹿か! おまえ、まだ婚姻できる年じゃないくせに、何血迷ったことやってるんだ!」

「でもっ、あたしの話を聞いてくれたってことは、あたしに……そ、そういう興味があるってことなんでしょう? 冒険者組合からだって、金がないなら身体を使ってって……」


「それは『労働』って意味だ! こういうことじゃない!」

「別に、あなたみたいな人になら……隷属したっていいし……」

「俺はあんたに、そういうことを要求したくて話を聞いた訳じゃない!」

 なんて世間知らずで馬鹿な娘だ!

『隷属』の本当の意味を知らないのか?


「俺は隷属者……『賤棄せんき』なんて欲しくはない。そんなものの面倒なんかゴメンだ」

「この村の来てくれた時に、そういうことをしていいってだけで……付いて行ったりはしないわ」

 はぁー……やっぱりだ。

 全然、解ってねぇ。


 溜息混じりに俺は、この勘違い甚だしい馬鹿娘に『隷属』と『賤棄』について説明してやった。

 男でも女でも、結婚の許可が出る年齢に達していない者が性的な交渉を受け入れると『隷属している』と判断される。


 隷属とみなされただけでは確かに完全な拘束はできないが、その時に文書で契約を交わし魔力の登録さえしてしまえばたった一度の関係であろうと『隷属契約』したことになる。

 その文書を教会に提出すれば隷属した者は賤棄と呼ばれ、身分証にもその階位が記載されてしまうのだ。

 そうなったら……もう『人』ではない。


 賤棄は、家畜以下だ。

 人としてのあらゆる権利も、尊厳も認められていない。

 全ての法から守られることはなく、ただ主の命令に絶対服従するだけしか許されていない。


「いいか? 賤棄は主から一定距離以上離れることができない。契約と魔法で縛られている。だけど、賤棄は人ではないから宿屋に泊まることなんてできないんだ」

「え……?」

「主が宿屋で休んでいる部屋の下、外で夜を明かさなくちゃならない。そして、最下層の賤棄は、誰かに自分から声をかけることすら許されていない。主が見て見ぬ振りをしていれば誰からどんな暴力を受けたとしても、拒否することも抵抗することも口答えは疎か、許しを請うことすら認められていない。そして怪我をして動けなくなったとしても、主が歩けと命じたら歩かなくてはならない」


 タニヤの顔色がどんどん悪くなる。

「もし命令通り歩けなかったら、賤棄は命令違反をしたとして罰せられる。どんな理由があろうと、どういう状況であろうと、絶対に何が何でも主の言いなりでなくてはいけない。それが賤棄という生き物だ。ただ、死んでいないというだけで『人』ではないどころか、存在すらしていないことになっている。だから、賤棄には何をしても罪にはならないんだ」


 やっと、自分が軽々しく口にした『隷属』というものが、理解できたようだ。

「だって……そんな……あ、あたし、お金なんてないし……払わないと……冒険者って、む、村から略奪するって……」


 何を、言っている?

 目の前で、震えながら泣いているこの娘は、何を?


「村長が……呼んできたのはおまえなんだから、責任をとれって……」


 ああ……そうなのか。

『冒険者っぽくない』ってのは『一見すると犯罪者に見えない』って意味なのか。


「……行け」

「でも、あたし……」

「行けっ! おまえなど要らない!」


 タニヤを突き飛ばし、扉を勢いよく閉めた。

 力の加減ができなかったから、どこかにぶつかって怪我をしていないといいのだが。

 なんだか、情けなくって涙が出てくる。


 そうなんだ。

 この国にはもう『冒険者』は、いないのだろう。


 端金惜しさで、仲間として旅をしてきた者に無実の罪を着せて放り捨てるような奴等や、金がないという依頼者に平気で隷属を迫り全てを奪ったり、民から略奪したりするのが当たり前だと思われている奴のことをそう呼んでいるのだ。


 ガエスタここは、冒険をしたい者がいるべき場所ではないのだ。


 俺はやるせない心の痛みとそれでも仕方がないことなのかもしれないという淋しさを抱え、方陣門を展開する。

 もう、ここにいたくもない。

 それにきっとタニヤを受け取らなかった俺が村から略奪を始める前に……と、寝ているうちに殺そうとしているかもしれないからな。


 ガエスタは終わりだ。

 この国に冒険者おれの居場所はない。


 ここにいるのは、冒険者を隠れ蓑にしている『犯罪者』ばかりだ。

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