第11話 ナフトルの迷宮-3

 第三階層……やはりここが最終地点のようだ。

 たったこれだけの階層だというのに、魔虎まこが入り込むなんて本当に滅多にないことだ。

 余程ここの『核』が大きな魔力を持つものなのか、それとも、この界隈が魔獣の好む『毒』に侵されているのか。


 この階にも漂っている悪臭は、さっきのものとは違うもっと獣臭いものだ。

 明るくして確認すると、魔狼の苗床に魔虫の卵がびっしりと産み付けられている。


 迷宮には飼育しているのではないかと思えるほど、各所に魔虫の巣があるという。

 魔獣は、孵る前の魔虫は喰わない。

 卵が孵り、まだ羽が生えないうちに食べるのだ。


 迷宮が深くなれば下の階層の魔獣は、どんどん魔力を溜め込んで強くなる。

 だから餌になる魔獣が飛び込んでくることは少ない。

 しかし、魔虫は別である。


 魔虫の毒は、魔獣の身体も苗床にできるくらい強い。

 そして襲う魔獣は決まっていて、魔狼と魔猿だけ。

 しかし、魔虫が最も好む苗床は『人』なのである。


 迷宮ができあがる頃になると、強い大型の魔獣は迷宮内では繁殖しなくなる。

『迷宮の核』からの魔力と魔虫を喰って、自らを長生きさせ力を溜め込むのだから、『次の世代』など要らないのだ。

 育ちきった迷宮内で死んだ冒険者は、漏れなく魔虫の苗床になる。


 人里で巣を作る魔虫もいるが、それらは迷宮の魔虫より毒が弱く人間が毒を入れられてもすぐに死んだり、動けなくなるということは少ない。

 解毒薬も出回っているからさほど驚異ではないのだが、土竜や鼠などの死骸に卵を産み付けて繁殖する。


 森の木々や畑の作物に毒を入れて自分らの食糧にするので、取り付かれたら根まで全て焼かねばならなくなる。

 どの畑でも魔虫が発生する時期になると、魔虫除けの香を焚いたりして自衛している。


 迷宮のも人里のも元はどちらも同じ魔虫で、苗床にした生物によって食性が変わるという説があるみたいだが、詳しくは知らない。

 どちらにしたって、はた迷惑な生き物ってことには変わりない。

 全ての卵と苗床を焼ききって浄化し終えた俺が、この迷宮で最後に捜すものは『核』となった魔具だ。


 魔具は、最深部の中央には必ずある。

 全ての迷宮でそれは共通だ。

 俺は硬いその地面に、村で借りてきた鋤を振り下ろす。


 何度か鋤を突き立てた時に、ガツン! と何かにあたった。

 その場所の土塊つちくれや、ゴロゴロと出てくる岩を掻き出す。

 邪魔だな……いいや、袋にでも入れて【収納魔法】でしまっておこう。


 そして、明らかに周りのものとは違う石をみつけた。

 俺の肩幅くらいあるだろうその石は、間違いなく人の手で成形されたものだ。


 地面からやっとの思いで掘り出し、表面の土を払う。

 ……何か、書かれいてる。

 これマイウリアの教会でも見たことがある……『石板』ってやつか!

 文字みたいだが、俺には全く何が書かれいてるのか解らない。

 表面を撫でるように汚れを落としていた時、ぶわっ、と頭の中に方陣が飛び込んできた。


 この石板に方陣が書かれているのか?

 全く目には見えないが……なんて、複雑な方陣だ。

 こんな何重にもなったもの、初めてだ。


 この石板が間違いなく『核』だ。

 俺が、この俺が、この『核』を初めて見つけた者、だ。

 初踏破者。

 得も言われぬ感情が湧き上がってくる。



 俺は抱えていた石板を収納した。

 う、がつっと魔力が持っていかれたぞ。


【収納魔法】は重すぎるものや、あまりに沢山入れると魔力をくうのだ。

 どういう理屈かは解らないが、この石板、結構重いもんな。

 その重さを全く感じることなく運べるのだから、魔力を使うってのも仕方がないことなのかもしれない。


 おっと、地鳴りが聞こえてきた。

 俺が『核』を取り出してしまったから、この迷宮が閉じるのだ。

 これも……俺達は『そういうものだ』で納得してしまっているが、なんで『核』を取り出すと迷宮が埋まってしまうのかはいろいろと理由があるらしい。

 まぁ、魔法師達の考察や理論は、解りにくいものが多いからよく知らないんだが。


『核』が完全に迷宮の外に出てしまうまでは、迷宮が閉じてしまうことはない。

 だが、ゆっくりしていたい場所ではないし、もしまた別の魔獣が入り込んできたら厄介だ。

 さっさと『門の方陣』で表に出てしまおう。


 札で作る方陣門は必ず出口にしたい所に一枚貼っておかないと、迷宮内で門を展開しても外には繋がらない。

 でも、俺の【方陣魔法】で展開する門は、俺が今まで足を運んだ場所全てに考えるだけで繋がるのだ。

 その場所を明確に覚えていないとなかなか難しいこともあるが、その場合は自分だけが判る印を付けておいてその印を思い浮かべればいいのである。


 表に出て、閉じていく迷宮を眺める。

 入口だった穴に、もこりと土が盛り上がって空洞の全てが埋まったようだ。


 俺の初踏破は、誰にも知られていない『できたて迷宮』。


 冒険者組合に認められた迷宮ではないし、探索・攻略依頼も出ていないものだから記録にも残らず報酬もない。

 寧ろ、なんで今その迷宮を閉じてしまったんだ、と組合からも他の冒険者達からもガンガンに詰られるだろう。


 だから絶対に言わないけど、俺はこの日を絶対に忘れない。

 この全身を満たす、高揚感と達成感。

 それだけで、今の俺には充分だ。


【方陣魔法】の門で作った出口は、ナフトル村の入口付近。

 さて、タニヤに鍬を返さないとな。

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