霊山

1. ある日、生贄になる (1日目)

※この1はエグい描写が多少あります。お食事中でしたら飛ばしてください。


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 まずはかく、この肉体から脱皮するのがベストな解決策だと思う。

 

 欲を言えば、痛みなく死にたいのだが、物資の限られた現状では難問である。はてさて困ったクマった。


 目を開けたら重厚な石造りの巨大な密室。


 薄っすらと光る魔法陣もどきの真ん中で胡坐あぐらかいてた私が、遠巻きに見下ろしてくる怪しげな連中をにらみつつ、最初にき集めた思考内容がコレ。



 一段高い中央で大袈裟おおげさな身振り手振りを止めない女性は、彫りが深くて骨格的には美人の部類に入ると思う。でも濃い化粧で縁取られた両目が、異様に充血している。

 大型有蹄ゆうてい類の頭蓋骨が壁に並ぶグロテスクな空間では、鼻息の荒い残念髑髏どくろにしか見えない。


 左右には、男が三人ずつ立っていた。


 オウムのくちばしみたいな大きな鼻をした老人は、色とりどりの四弁の花の宝石を全身に飾りつけ、腰までの長い白髪を三つ編みにしている。それでも可愛いらしさをミジンコも感じさせないとは、これ如何いかに。


 傍に控える陰気な痩せ中年は、使いっパシリなのかな。オウム老人とは逆に、特徴の抜け落ちたチンアナゴみたいなぬぼ~とした顔と、ちり取りで集めた干し草を乗せたようなボサボサ髪。


 いかつい体格だが完全になで肩というゴマフアザラシ老人もいる。髪もくちひげも、ひょろりとした白い毛の合間に濃淡の様々な茶色の毛が混ざって、顔の上も下も貧相なまだら模様。


 アンタは一昔前のホストですか、と突っ込みたくなるようなチャラい兄ちゃんもいた。センター分けした髪はチャドクガの雌のような黄色だけど、その下の濃い眉も、くるくる睫毛まつげも、もじゃっとした指の体毛もチャドクガの雄の焦げ茶色。

 ……オシャレは細部に宿ると私は思う。手抜きせずにちゃんと染めようよ。

 

 あとは、ニヤついたちょい悪オヤジ。過疎地のさびれた農場で、人生諦めきったメンドリ数羽を従えて、お山の大将してるオンドリと言うべきか。

 鶏冠とさかみたいな赤毛のふさふさ頭から、「俺モテるだろ」的な勘違い男性フェロモン臭が、もわわわんと立ち上る。

 

 でっぷりお腹の中年男は、全体的に油ギッシュなのに、なぜかおかっぱ頭だけはサラサラの爽やか路線。茶毒蛾パピヨンホストとは違った意味で、大変不自然な金髪だ。

 ――手がワキワキするっ。かつら疑惑を確かめたい衝動に駆られそうで、これ以上目の焦点を合わせるのは危険と判断。

 

 以上、目の前には成人した女一人と男六人。

 武術経験ゼロな私が体当たりしたとして、勝てる予感はトンとしない。


 身に付けている装飾品が趣味はさておき無駄に高そうだし、ふんぞり返るのが妙に板についているし……こりゃ世界をむしばむ1%の寄生虫、じゃなかった、超富裕層じゃなかろうか。


 紋章とかあったら貴族の可能性が高いのだろうけど、皆がゴテゴテと付けている指輪の飾りまでは特定できない。

 ま、スクールリングとかクラブリングなんかの可能性もあるが、この部屋から逃げおおせても使用人なり従業員なりが、わらわら追いかけてきそう。




 とりあえず私がしゃがみ込んでいる魔法陣らしき円の中には誰も入ってこないので、ちょっくら周囲の内装も観察する。


 ここは……四方ぐるりと窓ないなぁ。外の景色がちっとも見えない。大英博物館でも人があまり集まらない寂れた一室を思い出した。

 古代の空気がひたひたと、どこかに隠したミイラの棺桶かんおけから垂れ流されている感じ。


 大理石はどこにも使われていないから、イタリアっぽさはない。ゴテゴテと彫刻された装飾柱もないし、男女共に長身だし、ヨーロッパの北のほうだろうか。


 パチパチと木のはぜる音が室内に響いてる。


 主な照明は、魔法陣を囲む銀の篝篭かがりかごに入った松明たいまつ。天井が高いのに、ヤニとかすすとか心配じゃないのかな。やはり使用人に掃除を丸投げするご身分なのかもしれない。


 男女の後方には、金の枝つき燭台しょくだいが街灯のように並び、蜜蝋と思しき黄色の太い蝋燭ろうそくが燃えている。


 こうして部屋の上部をこっそり観察し終え、首を伸ばして魔法陣の向こう、数段下の床をのぞき込み、一気に私は後悔した。


 子どもっ! 死体! しかも何体もっ!

 

 なんか見ちゃいけないものが横たわってる。一、二、三……六体も、お腹を引き裂かれて一糸まとわぬ姿で死んでいた。

 真ん中の遺体だけはフリルのドレスを着せられていたけど、大きなナイフが心臓にでかでかと突き刺さっている。


 おまけに違和感が拭えない。だって、どの子も肌が異様な土気色なのだ。しかもほおや目の周りがげっそりと、こけ落ちている。

 遺体の傍に並べられた豪勢な金細工のゴブレットの下は、赤黒い血溜ちだまりが散乱していた。手前の魔法陣を囲む連中に視線を戻すと、口の周りの色がおかしい。


 ――うげぇ、この人達、血をすすったんだ!


 私は恐怖を通り越して、すっかりあきれ果てていた。ゾンビやヴァンパイアがブームの昨今、本当に悪魔崇拝で生贄いけにえささげる馬鹿者が世界各地に点在するとは聞いてたけど、実際にやりますか。マジですか。


 ケダモノどもの服装は、頭からすっぽり被るフードとケープつき白ローブ。複雑な刺繍ししゅうが施された袖は着物のように長く、裾は地面を引き摺っている。模様だと思ったあちこちの赤黒い染みは、よく見りゃ血痕だ。

 うわさのアドレノクロムの影響だろうか、誰も彼も目つきが完全におかしくなっていた。

 肌の色もペイントしたみたいに薄青っぽかったり、紫がかって見えてしまう。照明のせいだと思うのだけど、オンドリ中年なんて、アニメとかで絶対改心しそうにない赤鬼ゴブリン色だよ。




 てことは、私は秘密結社に召喚された“悪魔”ってことなのかな?


 うおおう。脳内でヴァーチャルいのししの集団が、のたうち回り出す。小さい子の魂なんて食べないし! 一個だけでも持て余してるし! 差し出されても、巨万の富とかトロフィーワイフとか授けられないし!


 さっきから残念髑髏どくろなお姉さんが私に向かって何か大仰おおぎょうに言ってくるんだけど、さっぱり聞き取れない。儀式云々なら死語になったラテン語の可能性が一番高い。なのにイントネーションも単語も全然それっぽくない。

 もしかして、あの超独特なフィンランド語なの? でも北欧系の人なら英語得意だよね、国際共通語リングワ・フランカしゃべってくれないかな。


 情報は欲しいが、こっちから話しかけて友好関係を築く気はミジンコもないので、向こうが落ちつくのを待つことにした。

 わたしゃあんた達とれ合うつもりはないよ、という気持ちをこめて、ギロリと周囲をにらみつける。ついでにこっそり手元の藍色のリュックサックをわきに引き寄せ、頭からすっぽり被っていたフードつきパーカーの端を握りしめる。


 普段であれば教科書やノートが所狭しと詰まったリュックは、今日は羽が生えたように軽い。

 オレンジ色パーカーも、普段あまり着ないスポーツ仕様の化繊素材。登山靴は、ターコイズブルーとマゼンダピンクの二色使いの生地に、蛍光イエローの編みひもだから、うんと目立っている。


 だって私、一年ぶりに山に登ってたんだもの。それがなんでこーなった。


 高校卒業記念で超久しぶりに日本に帰国して、おじいちゃんの家でおじいちゃんの仏壇にお線香あげて、ついでに一年前におじいちゃんの遺言で遺灰をいてあげた裏山に一人で登ってこようと決意したのが昨日。


 朝になって、登山口手前にある神社の里宮で狛猪こまいのししさんと土地神様にご挨拶して、山の頂上の奥宮までひたすら山道を歩いて、風化しきった狛龍こまりゅうさんたちに話しかけたのがついさっき。


 疲れて鳥居の傍にしゃがみ込んだら急に暗転して、禍々しくほの暗い魔法陣の上が今現在。


 ~~~~って、ワケわからん! 悪魔崇拝の召喚儀式なんざ、夢でも嫌だーっ!


 心の中で絶叫していたら、背後が急に開いた。さっきまで石壁に見えていたのに、いつの間にやら巨大扉が観音開き。何これ、ホログラム?

 どぉん! という轟音ごうおんと巻き起こる突風に思わず身体をすくめて、両手で頭をかばう。


≪ワタリビト!≫


 いきなり頭の中に拡声器でシャウトされたかのような大音量が響き渡る。えーと、これってさっきから何たらかんたらくっちゃべってた残念美女の声だよね。なんで脳内?


≪クエ!≫

≪ヤクソク!≫ 

≪イクサ、コロセ!≫


 今度は男どもの声。それぞれが一斉に私の頭の中で叫ぶものだから、キンキンする。言葉が強引にぐりぐり脳みそにじ込まれていくようなこの感覚。すごく気持ち悪い。すごく不快。


≪え、渡り人? わぁ、ホントだ! うっそぉ……≫


 小さな男の子の声。同じく脳内に直接入ってくるのだけど、やっとまともな音量だった。

 横手に置いていた藍色一色の大きなリュックサックをお腹に抱え直しながら、私はおずおずと顔を上げる。残念髑髏どくろ美女が誇らしげに見つめるその先には、この人たちの二倍以上は背が高い…………恐竜? これって、ジュラシックパークなの?


≪え、でもホントにホント? きみって別の世界から来ちゃったの? ど、どうして?!≫


 それな。私のほうがきたいよ。頼むからこの状況を説明してくれ。つか、私って世界を渡っちゃった人なの? そこ、決定事項なの?


 でかい図体に似合わず、ピュアな声音の虫類をまじまじと見つめる。なんかオタオタしてて、めっさラブリーかも。

 背中の大きな羽をバサバサさせながら、小刻みに身体全体を揺らしている爬虫類。後ろ脚がひょこひょこ動いてて可愛いぞ。ついでに尻尾もぱこぱこ地面をたたいててキュートだ。


 全身をおおうろこは白……ううん、オパール? 蝋燭ろうそくや松明の灯りに照らされて、様々な色にきらめいていた。なんてキレイ。

 目はくりくりまん丸であんなに愛くるしいのに、なんだかとっても不安げ。


≪で、でも、ボクは人間食べないよ? ……もしかして、ボクが餌を吐きまくったせい?! うわぁぁぁっどおしよおっ、こわいよぉぉぉっ≫


 まずは落ち着け。人間なんて丸っとプチっと踏み潰せそうなそこの巨大怪獣!


 私はめ息をつきつつ謎の生命体を観察しつづけ、ふと思った。あ、この子、ドラゴンだわ、と。

 あー、なるほどね。ティラノサウルスとか、あんな見事な羽しょってないもんね。頭に角二本生やしてるのは東洋のりゅうっぽいけど、ずんぐりむっくりな体形は西洋のりゅうそのまんまだよ。そーかそーか、竜か。

 

 などと完全に感性が麻痺まひした私が悦に入っていると、いきなり世界が揺れた。じゃない、目の前に竜がかっ飛んできて、私は研ぎ澄まされた爪にすくい上げられた。

 地球製のリュックサックに抱きついたまま恐怖で固まっていると、ぽんっと手の中につかみ込まれて、そのまんま開け放たれていた大扉の外へと飛んでいく。


 握り潰さないように手の中にスペース空けてくれてるみたいなんだけど、そのせいで四方八方ゴロゴロ転がっては体を打ちつけてしまう。


 い、痛い! き、気持ち悪い! 吐く! ヤダ何これ!


 もうどっちが上でどっちが下なのかも判らない。おまけにふわんっふわんっと浮き沈みを繰り返すものだから、嵐の中で大波にでもまれているかのよう。

 このままだと胃の中が絶対に逆流する。あるいはこの鋭利な爪にうっかりぶっすり突き刺さるのが先かも。


 超怖い。もうムリ!


 竜の指の隙間から、冷たい風が情け容赦なくたたきつけてくる中、私は人生初めて気を失うという体験をしたのだった。







****************


 ※しょっぱなからエグい描写で申し訳ございません。でも、時空間を超えて生命体を召喚したがるような人達って、このくらいは一線越えちゃってる気がします。

 次からは、ほのぼのもふもふライフへ進んで行きます。基本、ゆるかわ路線です。ここまででお見捨てなきよう、何卒お願いします。

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