プロローグ(ヴァーレッフェ王国)
コマドリだろうか。どこかで「ピョロロロ……」と喉を転がせるような高い声が聴こえる。愛熊と二人ぼっちで空港行って、日本に戻って数日後。
ひんやりした森の中まで太陽の光が優しく降り注ぎ、清々しい朝の空気で満たしていく。
残念ながら、ここは日本でも地球でもない。さっきの歌声はコマドリどころか、鳥でない可能性もあるときた。
いつもの癖で感謝をこめつつ、頭部の周りに配置した四つの小石をお手製の巾着袋に回収する。小学校に上がる前、河原で一番きれいな色して、一番握り心地が良いのを、おじいちゃんと一緒に何日もかけて探した思い出の品だ。
≪おはよ~≫
闇夜を溶かしこんだような
声には出さない。頭の中で意味をこめて、言葉を投げかける――念話だ。
≪あ、
すでに朝食を開始していたらしい。手に握った花や葉っぱをもしゃもしゃと口に運んでいた竜のフィオは、気まずそうに固まってしまった。
私と同じ背丈だが、横に広がるずんぐりむっくり体形。ぽちゃカワの
≪食事、本当に盗って来なくていいわけ? やせ我慢してみっともない≫
別に気にしないよ食べんしゃい、とチビ竜に軽く手を振って促していたら、犬のカチューシャが
真っ白いもふもふの毛並みを
≪パンの一つくらい、
年老いた男性の声が脳裏に響く。これは
≪朝はお水だけでも平気だってば。今日は街に行くんだし≫
せめて
なるほど。爺様の青い指輪で水を作って、赤い指輪で沸騰させるのね。自信がないのでコップを地面に置き、少し離れた場所から体内の魔力とやらを指輪に注ぎ込む。
本当にお湯が出来てしまうのだから、不思議な世界である。しかも二晩続けて野宿しているけど、虫に刺されることもない。果たして夢に迷い込んだだけなのだろうか。
≪そうだ。フィオが隠れやすくしなきゃ≫
猫舌なので、冷めなきゃ飲めない。待っている間にリュックに
スイスナイフを取り出し、
荷物を下に敷き詰めて、タオルを畳んでクッションにして。
あとは、つっかえ棒を……うん、爺様の
≪魔杖でつっかえ棒じゃと!≫
熊のぬいぐるみの中で、何か面倒臭い幽霊がもんどりうってる気がする。気にすまい。きっと気のせいだ。地震列島の出身者として大いに誇れる
≪フィオ、この中って居心地どう?≫
緑の竜がリュックを
とはいえ今日からは長時間の隠密行動。弟分の君が心配なのですよ。
≪……実際に試してみよっか?≫
それが一番早いと思うよ、とリュックの口を両手で広げてあげる。
くるりと空中で回転した竜は、あっという間に私と同じ身長からバスケットボールくらいに小さく変化すると、すぽんと中に入り込んだ。
≪落ち葉とか敷いたほうが柔らかい?≫
≪んー、これでも大丈夫だよ、多分≫
のほほんとした少年の声。角のはえた緑頭をリュックからちょこんと見せて、ちび
はう、めっちゃ癒される。
もういいよ、と頭を
でも地球も同じだ。象牙やサイの角の密猟といい、ハンティング・ツアーといい、一体何が楽しいのだろう。
白湯を少し
スイスナイフを握りなおし、リュックの表面についていたナイロン製のタグを取り外す。肩
かどっこにカモミールやミモザの花がちょこっと
すると、わきへ置いた熊のぬいぐるみがワザとらしくごほんと
≪ワシの肩掛け袋も、大樹の刺繍を外しておくのがよかろう≫
≪えー、可愛いのに!≫
≪これは校章じゃ。すぐに怪しまれるぞ≫
≪~~~~取る≫
多分、目を
≪なんの学校?≫
≪まぁその、王都のとある魔術関係の学校といったところかの。えーとその……そう、人から
またそうやって誤魔化す。バッグの中にも同じ紋章つきの巾着袋があったじゃない。あ゛ーもー、『しがない教師』像が完全に崩壊していくよ。
≪あ、そうだ。こっちの袋はフィオが隠れるから、
爺様の肩掛け袋はどちらか一頭でも入るには小さすぎるし、私のリュックに力づくで二頭押し込んだらフィオがへちゃげちゃいそう。
街でいろいろと買い物するのに、ぬいぐるみを抱えて片手が塞がっているのも困る。自慢のテディベア、我が愛熊のミーシュカ殿には、すっぽんぽんで首からぶら下がっていただくしかない。
手作りの豪華
ついでに
花刺繍を切断するのが
≪痛い?≫
≪いや。全く感じん≫
試しに針で熊の前脚をつつくと、中の爺様が返事をしてくれた。もうちょっと思い切ってぶすりと刺しても平気らしい。そこまではシンクロしていないのかな。ほっとすべきなのか、幽霊の不自由さに同情すべきなのか悩むところだ。
≪もっとざくざく刺しなさいよ≫
いや、そういうプレイじゃないからね、お姐さんや。白い犬が
白のエーデルワイス、赤のアルペンローゼ、そして青のエンツィアン。アルプスの
≪ボクのせいだよね……ごめんなさい≫
急に向こうでフィオががっくりと項垂れた。先の
≪え、いやそういう問題じゃなく。こっちのほうが動きやすいだけだから≫
≪
≪――逆に一生無理だったと思うよ。捕まって
最悪は口封じで『お片づけ』されていたんじゃないかな。だからフィオのおかげだよ、と慰めるのだけれど、竜はすっかりしょげ返っている。いい子なんだけれど、ちょいちょい後ろ向きだ。
落ちつきんしゃい、と丸まった肩を優しく
それにしても。なんでこんなことになっちゃったんだろう?
エメラルドのように輝く
二晩寝て、目が覚めて、やっぱり竜が脳内で話かけてくる世界が続く。熊ジャックした正体不明の
おまけに現在の私たちは、狂気の魔導士集団から絶賛逃亡中。
正直、現在地も行き先もよく解っていない。私、これからどうなるんだ?
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※「スイスナイフ」はアーミーナイフのことです。言葉にこだわる子なので、仏語のun couteau suisseという呼び方を採用しているのだと思われます。
「熊ジャック」は
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