第3話
「ほら立て、まだできるだろう?」
「ああ今立つ、立つからちょっと待ってくれ」
グレブの稽古はとても簡単なものだった。
一本取ってみろ。それだけだった。
グレブ曰く速く強くなりたいなら型に嵌まらずに自己流を磨いたほうがいいらしい。
ああ、それはいい、それはいいけどよ。なんでなんのアドバイスもねえんだよ!
俺が斬りかかったら「甘い」とか、「ほらどうした」とか、なんでここはこうしたほうがいいとかねえんだよ!!
「今日はここまでにするか」
俺は結局その日グレブに転がされ続けた。
稽古が終わりアリアの様子を見に行く。
アリアは2日眠りっぱなしだ。
医者が言うには魔力を使い過ぎて他の生命機能に問題が生じたらしい。
しばらく安静にすれば大丈夫だろうとのことだった。
部屋に入って未だに眠ったままの彼女をみる。
彼女は巫女で、鬼に成り憎しみや怒りで縛られた魂をその呪縛から解き放つ使命があるらしい。
鬼に成った者は普段無意識の内に掛けている枷が外れ身体能力が劇的に上昇する。
だから鬼に常人が太刀打ちすることはできない。
けれど彼女はそんな鬼を倒す使命を持っている。
2日前に彼女の剣を見た。
機械的。そう思わせるほど正確で、感情がない太刀筋。
それは自分が傷つかないように、感情を殺して振るっているように見えた。
彼女のことを俺はよく知らない。けれで、彼女は綺麗で、美しい。それがわかってしまう。
だから俺は…
その時アリア目が開いた。
少し、ムッとしていた。
「へんたい」
「え?」
思わず間抜けな声が出た。
いや、だって起きて一言目がそれって。いや…よく考えれば寝ている女の子をずっと見つめていたら、それはもしかしたら立派な変態なのかもしれない。
「いや、待って待って。違う、違うんだ。俺はただ眠ったままの君が心配でちょっと様子を見に来て、そのまま考え事をしてただけで、寝顔をずっとみてたわけじゃないんだ!」
「そうなんだ」
慌てふためいて、言い訳したわりにアリアはすぐ信じてくれた。
信じてくれたんだよな?
いや、それはおいておこう。俺はアリアが起きたら言おうと思ってたことがあるんだ。
自分を傷つけながらもたった一人で歩いて来た彼女に。
「俺は君の力になりたい」
☆☆☆
「君の力になりたい」
彼がそう言った。
私の力に?なぜ?
私は彼にこれと言と言ってなにかをしたわけじゃない。
魔物に襲われていたところを助けたわけでもなく。
身投げしようとしたところを止めて諭したわけでもない。
私になにを感じてなぜそうなる?
それに唐突にすぎる。
なぜいきなりそれを言う。
私には彼がわからない。
だけど一体どうすればいいだろうか。
彼の申し出はありがたい。正直、一人で生きていくのには疲れた。
誰かに感謝されることはあっただけど、それと同じ数ほど罵声を浴びせられた。
感謝してくれる人が居るのなら、例え、それと同じだけ罵声を浴びせられても少数の感謝を励みにして生きていける。
私はそんな偽善者じゃない。
幸福と同じ数だけ、痛みを伴う。
この苦しみを分かち合う人も居ない。
彼なら、分かち合ってくれるかもしれない。
辛い時に辛いと言ったら聞いてくれるかもしれない。
けれど、こんなことに彼を巻き込んでいいのだろうか。
彼に苦痛を与えてしまってもいいのだろうか。
ふと思いだしてしまった。
彼は王に一度身体を乗っ取られている。
身体を乗っ取られるということは彼の心に隙間があったからだ。
彼はもしかすると鬼に成るかもしれない。
私は弱い人間だと言うことを嫌というほど理解させられた。
ああ、最低だ。わかっている。
彼が自分から踏み込んできたとはいえ、拒むべきだ。
けれど、もう独りは嫌だった。
「私の力になって」
私は彼を道連れにすることを選んだ。
☆☆☆
それから俺とアリアはフォスの使っていた部屋に来ていた。
そこは何十冊もの本が山積みに積まれ、机には術式と思わしき物がいくつも書かれていた。
机の上にある開いた本を読んでみると、こう書かれていた。
『産まれた時には青と赤のどちらかが決定している。
何故そうなるのか、今は3つの説が有力だ。例えば体が青の者だから。
元々の血肉が青の者でできていてその結果、体を構成する青の血肉によりその者もまた青になる。これを遺伝説と言う。
もう1つは魂の色で決まるというものだ。人は生まれ変わる。前世で青だった者が生まれ変わり、赤の体の遺伝子を持つ者になった場合でもその者は青になる。神々に魂を造られた時に色を決められたというものだ。これは神話説と言う。
そして最後は精神説だ。鬼に成るに至る傷を受けた時の精神状態で色が決定する。というものだ。
赤は憤怒などの感情。青は悲哀などの感情。至る時、このどちらの感情を優先するかによって色が決まる。
君はこの3つの内どれだと思う?
僕は精神説を押している。
遺伝説、これはなくはないだろうが一番ありきたりで面白くないだろう?
神話説、これなんて論外だ。これを押しているやつは頭がいかれているのだろうか。いやきっといかれているに違いない。
まず、神は確かにいるかもしれない。だが、それを観測し、また証明できた者はいない。
観測できなければ、例え存在していたとしてもそれは存在していないのと変わりないだろう。
それに神に道を決められたているなんてとてもつまらないことだと思わないかい?
人はいつだって、自分の選択で道を決めるべきだ。神の手なんてものではなくてね。
自分で選んだ道だからこそ納得もできるというものだろう?
神に選ばされた?そんなことはない。それは君が悩み、苦悩したすえに選んだんだ。そう考えてみないか? 例え本当に神が全てを決めていてもね。
そう考えたほうが楽しくないかい? ニュアンスの問題かもしれないけどね。
僕は選ばされたより、選んだを取るよ。ただそれだけの話さ 著者 セブンス』
なんだかよくわからない本だ。と思った。
違う本をを開いてみるとそこには傷の深さの予想、その時の精神状況などが細かく書かれていた。
そして、こうも書かれていた。鬼に成る者もいれば成らない者もいると。
それからも色々調べてわかったことはフォスはどうやら鬼の研究をしていたらしい。
こんな物を研究して一体なにがしたかったんだ?
それからフォスの部屋を調べてわかったことをグレブに伝えた。
グレブは別段驚いた様子もなく淡々とその報告を受け止めた。
フォスの部屋を廃棄することは二つ返事で了承してくた。
それから少ししてグレブが俺に聞いた。
「本当に君はそれでいいのか?」
「ん?なんのこと?」
「巫女の力に成ることだ」
ああ、そのことか。
「巫女のことは一通り君に話したはずだ。だから全てわかっているはずだ。彼女の力に成るというのはどういうことか」
巫女は人を救う。鬼に成るほど壊れてしまった人を。
その人のためを思い。殺したとしても感謝があるとは限られない。罵声を浴びせられるかもしれない。
人のためを思ってしたことが、その人のためになるとは限らない。
「君が彼女と行くのは地獄への道かもしれない。
もう一度問おう。本当に君はそれでいいのか?」
「地獄への道か、確かにそうかもしれないな、でもそうじゃないかもしれない」
「それは楽観と言うものだろう」
「ああ、そうだ。でも俺が力に成れば変えられるかもしれないし、アリアを一人でそこに行かせるわけにはいかないだろ?」
「そこまで言うならもうなにも言うまい」
「それにさ、二人で行けば地獄って場所も案外悪いもんじゃないかもしれないぜ」
そう言った。
明日の朝、帝都を立つ。
誰が鬼に成るかなんてわからない。だから世界を回って鬼に成る危険がある人物を探すらしい。
まずは水の都を目指すらしい。
水の都とはいったいどんな所だろうか、ファンタジーでよくある水路がいっぱいの街だろうか。
そんな期待を胸に抱いてその夜眠り、朝起きて準備をしてある場所に行く。アリアの部屋だ。
彼女はかなり朝が弱いらしく、朝起きていなかったら起こしてくれとのことだった。
コンコンコン
扉をノックしたが返事はない。
「アリア入るぞ」
部屋に入ると彼女はまだ眠ったままだった。
おきろーっと声をかけると眠たそうにこちらを見て、頭から布団を被った。
おい、こいつ。上等だ最高に目覚めの悪い起こしかたをしてやる。
30分後
俺とアリアはグレブの前で正座をさせられていた。
「こんな朝からいったいなにを考えている?ええ?」
「「ごめんなさい」」
グレブのあまりのキレッぷりに俺とアリアは謝ることしかできなかった。
「シンヤがあんな起こしかたするのがいけなかった」
なんと、あろうことかアリアが俺に責任を押し付けてきた。
「馬鹿いえ、なんで起こしてって言われて起こしたらいけねぇんだよ
大体アリアが…」
ドンっ
グレブの方からもの凄い音がして、見てみると机が壊れていた。
「いいか? 私はどちらかが悪いという話をしている訳ではない。
どちらも悪いという話をしている!!
大体、私は朝に庭でお茶を飲んでいただけだ。それだけだ! それだけなのにどうして空からベッドが降ってくるということになる?一体なにを考えている」
「それはなにをしても全く起きなかったからつい…」
「つい?君は今そう言ったのか?窓からベッドを投げることがつい起きてしまったことなのだと、そう言うのか?」
「なんというか、それは言葉の綾というか、すみませんでしたーー!!」
「それに君も君だ! なぜベッドが空を飛んだといのにまだその壊れたベッドで寝ていた?常軌を逸っしているとしか考えられない」
「それは、睡魔が私に言うの、まだ寝ておきなさいと。だからつい…」
「君も、君もついなどと言うのか?まさか、まさか私がおかしいのか、私が狂っているというのか。
もう、いい。今日旅立つのだったな、速く旅立ってくれ、君たちがいると私は狂ってしまいそうだよ」
「「はーい」」
そんな感じで俺たちは追い出されるようにして帝都を立ったのだった。
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