第4話
帝都を南に下ると森林が広がっている。その森林を越えると水の都がある。
水の都までは一本道で歌の都につくまでは村や町はない。皆が皆、そう思っている。
しかし、それは間違いだ。村がないのではない。皆忘れてしまっているのだ。その村のことを。
村の外れには古びた小さな祠がある。
その祠には守り神が住んでいる。村を開拓した者との契約に基づき、この村を守護している。
昔はこの祠に毎日のように供物が捧げられ、祠は供物で溢れていた。
しかし、時が経つにつれ、捧げられる供物の周期は広がっていく。。
一週間に一度、1ヶ月に一度、数ヶ月に一度、一年に一度………
供物を捧げる周期は広がり、仕舞いには、村人はその祠の存在すら忘れてしまった。
祠の存在を忘れてしまった者達は自分達が守護されていることなど知るよしもなく。
日々を過ごして行く。
その守り神はこう思った。
昔はもっと賑やかだった。皆が頼ってくれた。
しかし、今はどうだ。祠の周りには雑草だらけで祠を隠してしまっている。
手入れがされていない祠はボロボロになってしまっている。いつつぶれてもおかしくない。
また昔みたいに供物を捧げてよ、また昔みたいに祠の前でどんちゃん騒ぎをしようよ。
また、昔みたいに…
「さみしいよ」
守り神が溢したその言葉は幸か不幸か近くにいた村人の耳に届いた。
☆☆☆
「あれ?こんなところに村なんてあったっけ?」
アリアが不思議そうに言った。
「ただの記憶違いじゃねえの?」
「そんなはずはないんだけどな…」
そんな会話をしていると、一人の老人がこちらに歩いてきた。
「おやおや、来客とはめずらしいねぇ」
「こんにちは、何日か泊めてほしいんですけど大丈夫ですか?」
「ああ、構わないよ家ならいくらでも空いてるしねぇ」
「ありがとうございます、私はアリアと言います。しばらくの間よろしくお願いします」
「俺はシンヤです」
「こんな老いぼれにそんなに丁寧にしなくてもいいのにねぇ。私の名はオルタよろしくねぇ」
「ところでこの村の名前はなんと言うのですか?」
「ああ、この村の名ね、ないよ」
「ない?」
「そう、ないんだよ」
「そうですかありがとうございます」
「ああ、家はあれとあれを使ってねぇ」
「わかりました」
そう言って歩きだすアリアに着いて行き、尋ねる。
「しばらく泊まるってどうゆうことだよ?」
「そのままの意味、ちょっと調べたいことができた」
「そっか、調べたいことって?」
「秘密」
俺の問いに変に一拍あけて少し色っぽく言った彼女は家に入っていった。
「なんかちょっとドキっとしてしまった」
彼女は子供みたいなところがある、でもそう思っていたら今みたいに急に色っぽくなることもある。
「狙ってやってのか? それとも天然?」
狙ってやってるとしたら意味はない。初めて会った時に俺はすでに惚れてしまっている。
天然だとしたら、どうしようもなくずるい。
まぁどちらでもいいか、どっちみち俺はいい思いができる。
「とりあえず、荷物だけ置いてこの村を散策でもするかな」
そして俺も指定されたもう1つの家に入った。
この村を散策してわかったことは人口が50人も居ないほど少ない。
それでも辺りを駆け回る子供、楽しい談笑をする女の人達、色んな人が居て村は活気づいている。
ただ村人達に話かけようと近づくと、逃げるようにどこかへ行ってしまう。よそ者だから避けられているのだろうか。
そんなことを考えながら俺は村の少し外れの所まで歩いてきていた。
何故こんなところまで来たかと言うとアリアの姿を見つけ追いかけたらここまで来てしまっていた。
「こんなとこでなにしてんだ?」
「ああ、シンヤか。あれ」
そういうとアリアが草むらに指をさす。
草しか見えない。いや、なにか奥にある?
「祠?」
まるで草に隠されるようにそこにあったのは小さな祠だった。
「ここの土地神様かなにかの祠かな? でも可哀想だね、その存在を忘れられて随分経ってしまってる」
「そっか、じゃ俺村に戻って道具取ってくるわ、ちょっとここで待っててくれ」
忘れられたのならまた覚えてもらえばいい。
どうせ俺はやることもないし少しくらい神様の為に動いて善行でも積むか。
「ちょい待った」
「うわっ」
気がつくとアリアが俺の襟首を掴んで俺を止めていた。
「今日はもう日が暮れるからまた明日にしよ?」
「ああ、もうそんな時間かわかった。ちゃんと起きろよ?」
「お昼から始めるから問題ない」
そう言った彼女に、俺は不安しかなかった。
俺の予想とはうらはらに不安は別の形でやって来た。
夜眠れなかったのだ
まずい、このままではアリアにあんなこと言っておきながら俺が寝坊をしてしまう。
とりあえずちょっと外でも散歩して気分転換しよう。
そう思い外に出る。
街灯など明かりになる物はこの村にはない。だけど、やけに外は明るかった。
ふと上を見てみると、自らの存在を声高らかに主張するように星々が輝いていた。
その景色に圧倒され、俺はしばらく観入ってしまった。
「おや、こんな時間に起きてるなんてねぇ」
そう言って現れたのはオルタだった。
「ああ、ちょっと眠れなかったから外に出たら星が綺麗だったから暫く観入ってしまってたよ」
「そうかい、私はそんなこと思ったことなかったねぇ」
「えっ? そうなのか? こんなに綺麗なのに」
「私にとってはこの星の輝きが普通だったんだよ。だからこの星空を眺めるなんてことはしなかった。だけどねぇ、なんだい、良く観れば確かに綺麗だねぇ」
それから、俺とオルタは暫く二人で話をした。
「そういえば、村の外れに祠があったんだ明日の昼からそこを掃除しようと思うんだけど、なにか知ってる?」
「いや、知らない」
オルタのその答えは酷く冷たい物だった。
「なにかあったのか?」
「いや、なにもないよ。道具は納屋に置いてあるからそれを使い」
「わかった。ありがと」
「私はもう寝るとするよ。シンヤも速く寝るんだよ」
オルタはそう言うとさっさと家に戻って行った。
祠になにかあったのか聞こうにもそんな雰囲気じゃなかった。
なにか重要な気がするけど、オルタがそれを言いたくないなら別にいいか。
ただ、ここの村人達が俺たちのことを避けている気がすることはオルタには聞けなかった。
「ああ、おはよう遅かったね」
翌朝起きたら、いや、起きたのはお昼だから翌朝ってのもおかしい…いや、そんなことは置いておこう。とりあえず起きて、家を出るとそこにアリアがいてそう言われた。あのアリアにそう言われてしまった。
「昨日眠れなかったんだ。まさかアリアに言われると思わなかったけどな」
「私は朝が弱いだけで、お昼は強いんだよ」
「お昼強いってなんだよ。とりあえず道具取りに行くか」
納屋へ道具を取りに行くとそこには板も何枚かあった。
祠がボロボロだったし丁度いいからそれも持っていくことにした。
そして祠まで行き、まずは辺りに生えまくっている雑草を抜いた。
その日は辺りの雑草を一部抜いただけで日が暮れかかっていた。お昼を過ぎてから始めたからか、思ったより進まなかった。
そして俺は夜になるとまた星を見に外にでた。
星を見てボーッとしているとオルタがまたやって来た。だから昨日と同じように世間話をしてまた眠った。
お昼に起きてまた祠に行く。夜は星を観ながらオルタと喋る。
そんなことを何度か繰り返した。
「ふーやっと出来たな」
「ここまで綺麗にするなんて思わなかったけどね」
雑草を抜き終るとボロボロの祠が出てきた。その祠があまりにもボロボロだったから祠を作り直すことにした。簡素な作りだったから作り直すのに時間はかかったけど、あまり苦労はしなかった。
「僕もここまで綺麗になると思わなかった」
「ああ、そうだな。ん?」
声が聞こえたほうを見るとそこには黒がいた。それは全身が真っ黒で、黒い鬣が特徴的な猫、いや小さいライオンと言ったほうがいいかもしれない。
「僕の祠を直してくれてありがとう」
「いいよ」
ただ、そのライオンは少し
「この子を旅のお供にする」
「それは俺も賛成だ」
可愛すぎた。
「名前はなんて言うの?」
「んー特にないよ?」
「そっか、じゃあノアールなんてどう?」
「馬鹿いうなそんな名前にして名前負けしたらどうすんだよ。クロのほうがいいに決まってる」
そこから不毛な争いだった。アリアがノアールと言えば俺がクロと言い、アリアが
またノアールと言う。そんな下らない言い合いだった。最終的に本人に聞こうという結論に至り本人に聞くと、
「ノアールはよくわからないからクロのほうがいいなー」
そんな簡単な答えだった。
アリアは少しショックを受けていたみたいだったけど、クロのほうが言いやすい。
なにより、本人が決めたことだからと文句は言わなかった。というか、すぐにクロを抱っこしてよしよししていた。
「切り替えが早いな」
「クロが決めたんだからグダグダ言ってもしかたないでしょ」
「ああ、切り替えが早いんじゃなくて諦めが早いのか」
「んーわざわざ悪く言い換えなくてもいいじゃん!
いじわるなシンヤは置いて二人で旅をしようか」
「いや、ごめん今のは俺が悪かったから置いてきぼりはやめてください」
「わかればよろしい」
そんなことを言っているとクロがアリアの腕の中から抜け出した。
「僕は旅について行くことはできないよ?
だって僕はこの村の守り神だから」
まさか守り神だとは思わなかった。
祠は神を祀るもの。ただ、この祠がなんの神を祀っているものかなんてわからなかった。
「僕はこの村を守る約束をしているからここを離れちゃいけないんだ。
誘ってくれたのは嬉しかったけど、ごめんね」
ふと、アリアを見るとひどく寒気がした。
アリアの目が淀んでいたからだ。表情はいつものように無表情だ。少しアリアと過ごすようになってわかったことがある。彼女は感情をあまり顔に出さない。だけど、その代わりに、時々目に感情が宿る。
まだアリアとは短い付き合いだ。この目がどんな感情を表しているかなんて知らない。知らないけどわかってしまう。彼女は今怒っている。
「この村に義理立てする理由なんてある? この村の住人は君を忘れている。祠はあんなにボロボロになっていた。忘れられて何年? 何十年? 供物も信仰もないそんな人達をまだ守るの?」
「僕は神じゃなくてレテ様の使い魔だから特に信仰とかは必要ないんだ。
それに義理とかじゃなくて僕がやりたいからやってるだけだよ」
「そっか、じゃこの村にはまだいるからまた来るよ」
クロの言葉を聞きアリアは少し黙ったかと思うと次の瞬間にはまた元のアリアに戻りそう言い残して村のほうに向かって行った。
それから俺はしばらくクロと話してから村に戻った。
村に戻ると、広場にオルタが居るのが見えた。声かけようとすると、
ドサッ!
オルタが急に倒れた。急いでオルタに駆け寄るとオルタは
「大丈夫、少し眩暈がしただけだよ」
そう言ってオルタは歩き出し、家へと戻っていった。
不安に思いつつも俺は医者じゃないから心配することしかできない。
そんな自分を歯がゆく思いつつも俺もその日は借りている家に戻り寝ることにした。
翌朝起きると広場にアリアが居た。
あの、朝が弱いなんてレベルじゃないアリアが朝早くに起きている今日は雪でも降るかなと思いつつアリアに声をかける。
「おはよう、今日はえらく早いけどなんかあんのか?」
アリアは俺を見ると少し安心した素振りを見せつつ真剣な顔で俺に言った。
「誰も居ない。昨日までこの村に居た人達が皆消えてた」
アリアは時々よくわからないことを言う。今だってそうだ。
ただ今回は俺も寝起きということもあって今回は俺が悪いのかもしれない、
もう一度アリアが言った言葉を思い出し、辺りを見てみる。
するとどうだろう、昨日まで一本も草が生えておらず、整備されていたはずの広場は草が生い茂っていた。広場に合ったベンチは昨日より随分と古ぼけていて、人が座ったら脚が折れてしまいそうだった。
「夢か?」
そんな心の声をぽつりと溢してしまった。考えてみればそうだ、アリアがこんなに早く起きていること自体がまずありえない、きっとまだ俺は夢を見ている。そんなことを考えていると頬に痛みが走る。
ふと頬のほうを見るとアリアが俺の頬を抓っていた。
「夢じゃないよ」
ああ、俺ももうわかっている。これは現実だ。ただ、理解が追い付かなかった。
だってそうだろう?今、俺の目の前に広がっている景色は、昨日まで俺が見ていた景色の何年、あるいは何十年後かのような景色だ。一晩にしてそんなに時が過ぎたってそんな簡単に飲み込めるはずないだろう?
『ヴォォォッォォォ』
腹の底に響くような音が聞こえた。
今、この村に何が起きているのかわからない。だから俺はそれを確かめるために、音が聞こえた方向に駆け出した。
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