第2話 むしゃくしゃして逃げた今は反(以下略)

「……~~! ――……っ……!」


 音。

 なにか、音がする。

 それで、気が付く。


(ウソ、寝てた? ……ううん、なんだろ、これ……)


 体が重くて、目が開かない。

 逃げようとしたところから記憶が途切れてるし……まさか、失神してた?


 ――ぐるぐる考えている間に、どこか遠くで聞こえていた音が、はっきりとした形になる。


「しっかりしろ!」

 

 これは、人の声。 


「どうして消えかかってるんだ……瘴魔を退けたのに――まさか、そのせいか? 僕を助けたせいなのか――!?」


 子どもの声が聞こえる。

 ものすごく慌てていて、泣きそうで……聞いてるこっちが罪悪感で押しつぶされそうな――。


「僕が悪かった、鏡の精! お前まで、僕を置いていかないで……死なないでっ!」


 正直、可哀想すぎて聞いていられないレベルの悲痛さだ。

 これを無視できるほど、人でなしにではない。

 私は力の入らない体を叱咤し、なんとか目を開けた。

 

「うぅ、死んだらだめだ……」


 そこには、予想したとおり、ボロ泣きしている男の子。

 あぁ、この子はたしか……。


「る、るう゛ぁ――」

「っ!! そ、そうだ、僕はルヴァイドだ! やっぱり、僕たちの事を知っていたんだな、だから、助けようと出てきてくれたんだろう――それなのに僕は……」


 ルヴァイド。

 フルネームで確認はしてないけど、はっきりと名乗ったから、確定だよね。

 この子は……。


(ルヴァイド・フォン・ルーカッセン……かませ令息だ……!)


 私の内心なんて知らない彼は、突然名前を呼んだことを不審がるどころか、一人納得している。

 刺々しい態度もなく、むしろ、心配されてる?


 ――おかしいな。ゲームのルヴァイドは弱者の苦痛を楽しそうに眺めるのが好きで、弱っている人に石投げるような性格だったはず……。


「鏡……鏡だ! 今、大鏡に連れて行ってやる」

「かが、み?」

「母様が言ってた、大事な揺り籠なんだって。だから、鏡に入れば、きっと元気になる。だから……」


 私を抱えてグズグズと泣いているルヴァイドには、弱者に石ぶつけたりする……そんなゲス片鱗は見あたらない。

 ただ純粋に、さっきは酷いことを言ったと自分を責めて、ちょっと目を離した隙に弱っている私を心配している。


(なんだ、この子……)


 窓にもたれかかる形で倒れていたらしい私を、ルヴァイドが大鏡へと運んでいく。


「こんなに、軽いなんて……っ、でも、大丈夫だ。これで、すぐに……!」


 ルヴァイドはぐすぐすとなにか言っていた。聞き返す気力もない私は、そのまま大鏡の中へ押し込まれた。


(え、ちょ、無理……!)


 とぷん。


(――じゃなかった!?)


 不思議なことに、私の体はまるで水にのまれるように、鏡の中へ沈んだ。

 そのとたん、あれだけしんどかったのが嘘みたいにスッキリした。


「なにこれ、下手な栄養剤よりすごいんだけど……」

「! よかった……もう、平気か」


 私が口を開くと、その場に座り込み安心したように笑うルヴァイド。

 目元が赤いのは、泣き腫らしたからで……。

 

(そう、私が弱ってて泣いて……その前に、この子はお母さんを……あっ!)


 ――彼のお母さんの体は、まだそのまま。私が布をかけた状態のまま、部屋にあった。

 本当なら、誰か大人が来るまで近づきたくなかっただろうに――この子、心配して戻ってきてくれた?


(うそ、すっっごい、いい子じゃん!)


 ――ソーマ様に比べて、お前はいいよな。あれだけクズな真似して庶民落ちですむんだもん。

 

 なんて……そんなことを考えていた自分が恥ずかしい。


(そっか、違うんだ……)


 この子はルヴァイドだけど、あのルヴァイドじゃない。

 可能性はきっと、無限にある。


 私が……諸悪の根源である私が、バカな真似さえしなければ、彼も悪事とは無縁で「かませ令息」なんて呼ばれない、平穏な人生があるのでは?


 そう思った私は、恐る恐る名前を呼んだ。


「あの、ルヴァイド?」

「――うん? ああ、ダメだ、外に出てきたら!」


 うわぁぁ! やっぱりいい子だ!!


「えっと、あの……私、何が何だかよく分からないんだけど――助けてくれて、ありがとう」

「……こちらこそ、だ。鏡の精。……ルヴァイド・フォン・ルーカッセン、心より感謝する」


 小さな手を鏡に重ね、ルヴァイドは泣きそうな顔で微笑んだ。


 ――これが、私と彼の出会いだった。

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