第3話 がんばりすぎな令息

「ミラ、今日は本を持ってきたぞ。読めるか?」


 そう言って鏡住まいの私に声をかけてきたのは、目の下の隈が気になるルヴァイド少年だ。

 ちなみにミラは、今生での私の名前だ。ルヴァイドが付けた。

 各務 美良子の愛称呼びみたいな感じだ。


「ありがとう、ルヴァ」


 とお礼を言う私の外見はガラスのようにきらきらしている。

 いや、自慢とかではなく本当に。

 ――標準的な日本人的外見から……えーと、基本は白銀で……なんか光の加減できらきら変わる目と髪を持った、明らかに人外っぽい神秘的外見にチェンジしてた。

 年齢は、十四、五歳くらいに若返ってる。いや、鏡の精だから年齢とかは詳しくは不明だけど……とにかく、こういうのを目にして本当に転生したなぁと思う。


 思うんだけど、今気になってるのは自分の姿形の変化より……。

 

(かわいい顔なのに、隈が……ひどい……!)


 私は名付け親の目の下に出来た隈が気になって気になって仕方がない。


 ――あの瘴魔襲撃事件から、もうすぐ二週間になる。

 そして、ルヴァイドがに私に声をかけてくるようになって二週間経った。

 最初は鏡の精と呼んでいた私に「ミラ」と名付けたルヴァは、自分のことも愛称で呼んでもいいと言った。

 そんな提案が出てくるほど、彼は頻繁に私に話しかけくる。

 ――正確には、毎晩欠かさずだ。


 ずっと気を張って、満足に眠れていない。

 これがルヴァイドの現状。


(そもそも、なんでこの子がこれだけ背負い込まないといけないの!)


 事件の後、ルヴァイドのお母さんは、丁重に埋葬された。

 形見になった大鏡――つまり、私の住処なんだけど……これは、ルヴァイドが「母が大切にしていた物だから、母亡き後も自分の手元に置いておきたい」と言って彼の部屋に移動した。お母さんとルヴァイドが襲われたあの部屋は、今は空き部屋になっている。


 さて、問題はここからだ。

 二週間、ルヴァイドはほぼ一人で過ごしていた。


 ――ルヴァイドの父親は、母を目の前で亡くした息子になにをするでもなく、葬儀と共に帰ってきて葬儀終了と共にどこかへいってしまったのだ。


 葬儀と共に。

 ここがミソだ。


 当日にやってきた人が、しっかり準備できるだろうか?

 普通は無理。

 つまりルヴァイドの父親も、準備なんてできるはずがない。


 なにもしない父親……当主にかわり葬儀の手配をしたのは、ルヴァイドと執事だった。

 父親は、細々とした手配は執事と息子に丸投げし、準備万端の頃にふらっと現れ、喪主だけやってとんずらしたのだ。


 息子を気遣うでもなく……というのは、部屋を掃除していた使用人達の情報だが、とにかく「おいしいところ総取り」だったらしい。


 そんな父親を、忙しい人なんだとルヴァイドは言っていたけれど、まともな神経なら母を失ったばかりの息子を一人にしないよね? 


 この子だって襲われて怖い思いをしたのに。


(それに――……私は知ってる)


 ルヴァイドの父親は、息子に興味が無い。

 ルーカッセン公爵は、かつて愛した女の遺児を溺愛しているのだ。それこそ、後に息子が歪むほどに。


 あくまでこれは、ゲームの知識、だが。


(身分差で妻に出来なかった人の娘……それが、ヒロインなんだよねぇ。ゲームだと優しいイケオジなんだけどさ、ルヴァ側に立って見れば、クソみたいな親父じゃない?)


 他人の子供に優しいのに、自分の息子には欠片の情もない。

 だから、ゲームのルヴァイドはヒロインをあんなに目の敵にしたのかと思うと、少し切ない。


 同時に、誰にも甘えることが出来ない今のルヴァが可哀想だ。


(ルヴァ……君は、私が立派に育てるからね!)


 せめて、寂しいって気持ちが少しでも薄れるよう、私はこの子のそばにいよう。

 自分の平穏な未来のためもあるけれど、それよりも、あれ以来、一度も泣かないこの子が気の毒に思えたからだ。


「ねえ、ルヴァ」

「なんだ、ミラ」

「私は鏡の精だから、人間じゃないんだよ」

「それは知っているが?」

「だからね、人間の常識には縛られなくていいの。それこそ、貴族社会のしがらみなんて、私には分からないから。……だからね、ここでは誰もいないと思って、泣いてもいいんだよ」


 ルヴァが押し黙る。


「もちろん、泣きたくないときは泣かなくてもいいの。ここにいる人間は、ルヴァだけなんだから、気持ちを我慢したりしなくていいんだよ」


 ルヴァは、俯いて何も言わない。

 ただ、肩が小さく震えていた。


 この二週間、ルヴァイド・フォン・ルーカッセンは立派に振る舞ってきた。

 誰にも弱いところを見せず、父の不在をカバーして、泣きもせず立派だった。

 だから、そろそろいいのではないかと思う。


「ルヴァは凄いよ。よく頑張ってる。だからね、少し休もう」


 鏡の中から手を伸ばす。

 半透明の腕だが、ルヴァの頭には触れられた。

 よしよしと撫でると、ルヴァの口から嗚咽がこぼれる。


「僕は、がんばったか?」

「うん」

「立派だったか?」

「とっても」

「母上も、そう思ってくれるかな?」

「……さすがルヴァだって、抱きしめてくれるよ。それから、心配だからちゃんと休みなさいって言うと思う」


 でも、そう言ってルヴァイドを安心させてくれる人はもういない。


 ――ルヴァのお母さんが亡くなって二週間経過した、真夜中。満足に眠ることすら出来なくなった子供を、私は透ける腕で抱きしめた。


「いい子だね、ルヴァ。がんばったよ。偉かった。……だから、もう休もうね」


 あやすように背中を叩くと「うん」と小さな声がして、やがて寝息が聞こえた。


(おお、寝ている!)


 正直、心配だったんだよ。

 この子、葬儀の後、眠りが浅くて。

 夜中に普通に起き出して、私に話しかけてくるの。


 最初の数日は、酷い目にあったし仕方ないんだろうなと思ってたけど、二週間も続けばアウト。しかも、周りには不調を悟らせないようにしているようで、子供が変なところで気を遣ったらダメだよと叫びたかった。


 私は寝台に寝かせてあげようと思ったが、下手に動かせば起こしてしまう。

 こうなったら――。


「……むむむっ」


 鏡の精なら、なんか浮かせる魔法とか使えないんだろうか。

 

(ほら、浮かせろ、浮かせろ!)


 そう思って手をかざしてみたら、本当にルヴァイドの体が浮いた。


(お、おぉ……!)


 慎重に寝台に運ぶが、ルヴァイドはすやすや眠ったまま。


(み、ミッションコンプリート!)


 達成感を感じると同時、疲労感が押し寄せてくる。


(やっぱり、まだ鏡から離れられないのかー……)


 気絶する前に、私はふらふらと鏡の中に引っ込んだ。


「……おやすみ、ルヴァ」


 ゆっくり眠れますように。

 そして、私も目を閉じた。

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