第2節 ―シャーマンを魔法至上主義の生贄に―(3)

(3)


 こうしてシャーマンが帰ったあとの宮殿では、礼治と聖治は教育係の元へ預けられた。英治は再び、別室で体を休めている聖子の元へと向かった。

 聖子は1人、ベッドで仰向けになりながら、すぐ横のシェルフに置かれているアンティーク電話機の受話器を握って、誰かと話していた。英治の入室によって、聖子がそれに気づく。

「あ。たった今、主人が戻られたから、また時間がある時に電話するね。お父さん」

 そういって、聖子は電話を切った。

 英治がベッドの横につき、少しばかり思いつめた表情で、聖子に問いかける。

「実家の清水組本家からか」

「えぇ。聖治の誕生は、日本でもニュースになったみたいで、父がそれを見て国際電話を」

「そうか。次の長期休暇の時にまた日本へいって、組長にお孫さんを会わせてやろう」

「はい… ところで、シャーマンからは何て?」

 聖子はベッドに横たわったまま、英治に本題を訊いた。聖子は、先ほどまでの会話の様子は知らない。すると英治が、安心したかのような笑顔で答える。

「いわく聖治のあれは、『魔法』で間違いないそうだ。もし万が一、国民にその概念を悟られても、そこはあのシャーマンが証人として、メディアで明かしてくれる」

「そう…」

「ただし。その為には、聖治1人だけが魔法を使える状態であってはならない。礼治もいつか、同じ様に魔法を発動できる。そうシャーマンが断言したのだよ」

「え!? そう、なの…?」

 聖子は驚きのあまり、再び上体を起こした。

 英治の表情から、段々と陰りが出始めている。英治は再びゆっくりと立ち上がった。

「専門家がそういうのだから、王室としては信じるに等しいだろう。今からでも遅くはない。礼治を、同じく魔法が発動できるようになるまで、明日から猛特訓だ」

「特訓? って、一体何をするの?」

「調教師とカウンセラー、そして神官を呼んで、礼治の覚醒を促すための教育を徹底する。次男にできて、長男にできないなど、王位継承権を重んじる王室にとっては恥だ。だからとはいえ、逆に聖治の魔法を止める様な事もしたくない。聖治は聖治で、才能を伸ばさせよう」

 聖子の視線が遠のいた。英治の目からは、野心と怒りがあふれ出ている。

 焦っているのだろう。それとも、何かよからぬ覚悟でも決めたのか。

 聖子は、この先とても不安であった。彼女は思い切って、英治にこう質問する。

「あなた… あのシャーマンの言葉を、信じているの? 何も疑わないの!?」

「もちろん疑っているし、信じてはいない」

「え?」

 英治の足が、部屋のドアの前で止まった。まさかの“答え”はまだ続いた。

「あの男が、自分の所の若い女家族を女衒ぜげんで売り払い、そのコネで芸能界のドンから気に入られ、メディアにゴリ押しされているだけのインチキ野郎なのは、とっくに知っている。だからそいつには、王室でトラブルが起きた際のスケープゴートになってもらったんだよ」

「なっ…!」

「もちろん、それで礼治が魔法を発動できないなんて、信じたくはない。次男の聖治が魔法を操れたんだ。、長男の礼治にだってできるはず… そうだろう? 聖子」

 英治は聖子へと目を向けた。視線が、とても冷たい。

 聖子はわずかに身震いした。まるで礼治が何もできないのは、母・聖子が不貞行為を働いた男との間にできた子だから… と言わんばかりのような。そんな威圧感を、感じたのだ。

「そういうことだ。礼治のためを思うなら聖子、特訓の邪魔だけは絶対にするなよ」

「…そんな」

 英治は、冷たい表情のまま部屋を後にした。

 特訓の邪魔をするな。なんて、次男が生まれたその日に忠告されるとは予想外だった。

 英治は明日以降、礼治にいったい何を特訓させるのだろう? 聖子はそう思うと眠れなくて、とても怖かった。だけど、王室からは安静を求められている。今は下手に動けない。

 ――どうしよう。英治が、私の知っている英治じゃない! 明らかに、聖治の魔法に拘るがあまり気がおかしくなっている! 礼治に、一体何をするつもりなの…!?

 聖子の目からは、自然と、恐怖と震えの涙が溢れでてきていた。


 ………。


 その翌朝。荒樫国内を震撼とさせる、衝撃的なニュースが報道された。

 なんとあのシャーマンが運転していた車が、ガードレールを突き破り、崖下へ転落。車は墜落と同時に大炎上を起こし、乗っていたシャーマンはそのまま帰らぬ人となったのだ。

 その突然の訃報には、国民の誰もが驚いた。国内で人気を得ていた霊媒師を失い、中には涙を流すファンもいた。でも、きっとそれは必然だったのかもしれない。

 シャーマンが事故死する前、一部ではこんな噂が流れている。

「私、きいたの! シャーマンがね、きょう国王陛下に呼び出されたんだって自慢してたのよ! しかも、王子様に魔力? みたいなのが宿ってないか頼まれたんだって! ちょっと信じられないけど、きっと相当浮かれて、飲酒運転でもしちゃったんじゃないの~?」

 とのギャルの発言だ。

 そう。シャーマンは国王から頼まれていたはずの「今は秘密にすべきこと」を、自分が注目されたいがために、早速知り合いか誰かに言いふらしていたようである。

 もはやこれは“運命”か。しかし、こうしてシャーマンが亡くなった事で実はもう1つ、大変な事態が発生する可能性が一気に浮上した。それは礼治のこと。

 礼治が魔法を使えるか、否か――。それを証明できる人が、闇に葬られてしまったのだ。


【第3節につづく】

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