第2節 ―シャーマンを魔法至上主義の生贄に―(2)

(2)


 シャーマンはその方向へと振り向いた。するとほんの10秒足らず、部屋のドアから、教育長のエダと部下のアンナが入室してきた。

 教育係2人の手には、あれからすっかり泣き止んだ礼治がいる。シャーマンは、その幼き第一王子の姿を見て、人生生きていればこんな素晴らしい出会いもあるのだと感動を覚えたようであった。英治がエダにこうきく。

「礼治は、あれから落ち着いたようだな」

「はい。弟にまた会える旨をお伝えしたところ、とても納得されました」

「うん、それでいい。さっきは引き離してすまなかったな礼治。さぁ、こっちへおいで」

 英治が、聖治を片腕に抱えながら、もう片方の手で礼治を手招きした。

 礼治は少しボーっとしている様子だが、父親の言う事はきいている。彼は頼りなさそうな足取りで、てくてく英治のもとへ歩いていった。少し眠たそうな聖治の顔を、笑顔で覗く。

「わぁ~、またあえたぁ~」

 礼治はこの時を待っていたかのよう。とたんに顔が綻んだ。

 聖治はゆっくり口をパクパクする。するとその口からまた、小さな光のシャボン玉を作り上げた。礼治がそれに触れ、英治は少しばかり動揺したが… 危険なものではないようだ。

「お~、あったかぁい♪」

「ほれ礼治、弟の魔法を見てて楽しいだろう? それより、今そこにいるお兄さんは、そんな『魔法』について良く知っているお方なんだ。ちゃんとごあいさつをしなさい」

「あーい♪」

 と、すっかり元気を取り戻した礼治がシャーマンへと振り向き、小さくも優雅に手を振る。

 その辺りはさすが、王族としての振る舞いをしっかり教育されている王子だけあるな、とシャーマンは子供を愛でる目で頷いた。英治は少しだけ、鋭い目を向けた。

「それでだ。話を戻すが、今の礼治を見て君は何か感じるかね? その、魔力というか」

 シャーマンは、その言葉で一気に現実へと戻された。静かに息を呑んだ。

 礼治は不思議そうな目で、首を傾げている。英治はなお静かに頷いた。

 シャーマンはこの上ない緊張を覚えた。だけど国王と王子の御前、今ここで否定を述べたり、無礼を働いたりするわけにはいかない。そう判断したのだろうか。

「…はい。感じます。オーラ、というものを」

 シャーマンは、ぎこちなくもそう答えた。はっきり「魔法」だと言わない辺り、王族相手には嘘のない程度に、当たり障りのないよう切り返した腹づもりか。

 礼治はもう飽きたのか、キャッキャと聖治の顔を覗いた。英治の表情が一変した。

「オーラを…? それは本当か!? つまり、礼治も魔法を使えると!?」

 英治は前へ乗り出すように、シャーマンに事実確認を取った。シャーマンは、今にも心臓が止まるかといわんばかりに、足が震えている。再び、米神から汗が滲み出た。

「れ… 礼治殿下がその、魔法を出せれば、ですが…」

「魔法を操る練習は、これから王室が務める。私が君に訊きたいのは、使えるか・使えないか、だよ。先程の聖治のあれを『魔法』と断言できるほど、君は素晴らしい第六感を持っているのだろう? なら、礼治が今ここで発動しなくても分かるはずだ。オーラを感じると君はさっき言ったのだからな。どうなのだね? まさか、君のその力は“偽物”だとでも?」

「ひっ!」

 今の英治の発言はシャーマンのみならず、礼治のために同席している教育係2人をも震わせた。ここで偽物だと思われては、大変な事になる。シャーマンはそう予感したのか、

「ほ、本物です…! 礼治殿下には… あります! 殿下も… ま、魔法を使えます…!」

 と、震えた声で強く答えた。


 英治は確信した。これで“答え”は出た、と。

 英治の表情から、すーっと怒りが消えていった。元の、穏やかな国王の顔へと戻った。


「そうか。そう聞けて安心したよ。君を問い詰めるような事をして、すまなかった」

 英治は陳謝した。シャーマンは、王様に許されたと思ったのか、一気に肩が下りる。

「愛する息子達の事だから、つい本気になってしまった。『親バカ』というべきかね」

「え… いえ、滅相もございません!! 陛下は、とても素晴らしい育児をされていると存じております!」

「そうかい。確か君は、まだ独身だったね?」

「はい」

 シャーマンも少し緊張が解けたのか、表情が柔らかくなってきている。英治は聖治を抱えたまま立ち上がり、部屋の移動の準備に入った。教育係2人もそれに続いたため、シャーマンもここは空気を読んで立ち上がった。

「君もそのうち、結婚して子供が出来れば分かるさ。私と同じ、親心というものをな… だいぶ時間を取らせてしまった。依頼はこれで終わりだ。急な呼び出しだったというのに、態々来てくれてありがとう。今はとりあえず、聖治の魔法の件は世間には内緒だが、万が一疑われた際は君が証人になってくれると助かる。引き受けてくれるかね?」

「もちろんでございます! 偉大なる国王陛下の為なら、快くお引き受け致します!」

「良かった。これでもう安心だ。土産は門前で渡すから、気をつけて帰るんだぞ」

「はい! 今回は大変貴重なお時間とご面識を頂き、ありがとうございました!!」


【(3)に続く】

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