第2節 ―シャーマンを魔法至上主義の生贄に―(1)
第2節 ―シャーマンを魔法至上主義の生贄に―
「聖子様、ご出産おめでとうございます!」
「まぁ…! なんて素敵なロイヤルベビーなのでしょう…!!」
「礼治様のお披露目会を思い出すなぁ。あの日は確か、空がとても良く晴れていた」
そんな見物客たちの歓声や、感慨深い思い出を語る声が辺り一面に響く。
城門前には、多くの憲兵が見物客による突入を防ぐ形で立っており、その跳ね橋の入口中央に、英治と聖子の2人が姿を見せている。
聖子の腕には、生まれたばかりの聖治が抱えられていて――。
英治の手には、前もって決めていた息子の名と、洗礼の証を授かった書面が握られていた。
羽柴聖治。洗礼名はウィリアム。
聖治はこの時、目を覚ましていた。先の魔法発動を見た側としては「このまま表に出て大丈夫なのか?」。そう思えるような動揺を浮かべていたものの、そこは英治が半ば強引にお披露目決行をすすめた。お披露目といっても、ほんの2,3分ですぐに終わるからだ。
「少しの辛抱だ。さきほどの様な大きさなら、ちょっとやそっとシャボン玉が出たくらいで、国民はすぐに魔法だと気づかないだろう」
「え? でも、見られる可能性は十分にあるはず」
「なに。仮に誰かの目に映ったとしても、そこは新生児特有のミルクの逆流がどうこう、理由を付ければよい。そのために今、典医とシャーマンを城内に招いているではないか」
英治がそう、聖子を通し王室に説明をしたのは、ざっとそんなところか。
もちろん、そんな話が裏で行われていた事は、国民は誰1人として知らない。あれから1時間ほどして、実際に宮殿に呼び出されたシャーマンも、である。
聖子はそんな裏事情を国民に悟られないよう、穏やかな笑みを見せ続けた。
決して「演じた」、とは言わない。たとえ魔法を有していようが否が、お腹を痛めて産んだ息子は母親にとって、愛おしい子以外の何物でもないからだ。
英治は長きに渡る公務で慣れているのか、全く動揺することなく、ライトアップに照らされた中で優しく手を振った。
そんな、ロイヤルファミリーの家族がまた1人増えた瞬間を、国民は盛大に歓迎した。
礼治はその頃、教育係2人とともに別室で待機させられていた。
突如、荒樫国のトップである国王に呼ばれたシャーマンも、それとはまた別の部屋で待機させられている。
彼は弱冠24歳にして、国内でも有数の、霊能力や超常現象の知識に秀でたエキスパートだ。メディアでも「怖いほど当ててくる霊媒師」として知名度は高く、英治はその実力を買って呼び出した形であった。
聖治のお披露目会は、あのあとすぐに終了の合図が鳴り、英治たちは城内へと戻った。
聖治もまだ生まれたばかりだ。聖子も自力で歩けるまでには回復したものの、まだまだ産後の休養は必要である。だからすぐに城へ戻っても、国民は誰も文句は言わないだろう。
「どうだね? 聖治のこれは… 魔法、だよな? どう見ても」
英治が、その部屋へと入って早々、聖治を抱えたままシャーマンに問いかけた。
聖治は目を見開き、小さな両手を懸命に動かしている。
兄同様、お喋りな素質はありそうだが、それ以外においては滅多に泣かない赤子だ。大人しい、というべきか。手から出している光のシャボン玉も小さく、危険そうには見えない。
「ふむふむ」
シャーマンは緊張した面持ちながら、聖治をまじまじと見つめた。
聖治の手から生み出された白いシャボン玉は、ふわふわと上昇していく。そして発動から約10秒、聖治のいる位置から1mほど上昇すると、静かにフェードアウトしていった。
「温かい、魔法ですね。
シャーマンは緊張した面持ちで、聖治の魔法をそう断言した。英治はニッコリと微笑む。
「そうだろう? 良かった、君ならそう言ってくれると信じていたよ」
「は、はい。ありがたき幸せ…!」
シャーマンは、国王からお褒めを頂いた事に対し、米神に汗を滲ませながら一礼した。
英治は聖治の小さな手を取り、息子を愛する目で、微笑み続ける。
英治の抱いていた期待が、シャーマンの口によって“証明”された瞬間であった。シャーマンは、恐らく陛下の御前で非礼を行っていないか、不安だったのだろう。酷い滲み汗だ。
「まぁまぁ、そんな気を張るでない。君のような、荒樫国内で『怖いほど当ててくる霊媒師』となれば、魔法が本物かどうか流石に見分けがつくだろうと見込んだものだ。私一人と、王室だけでは、聖治のこの力は判断できかねるからな。選ばれた自分を誇りに思いなさい」
「え? は、はい!」
シャーマンは、非礼ともとれる2つ返事をした。英治は、敢えて気づかないフリをした。
それが、国王としての器の広さ。そう、シャーマンに証明しているかのようだ。
「しかし、こうしてやっと聖治に本物の魔法が使えると分かった以上、王室もこれからそれに見合った子育てに、力を入れなくてはならないな。そうだ。実はもう1つ君から、本物のシャーマンとしてどうしても『答え』が欲しいものがあるのだが」
「はい! 喜んで!」
「良い返事だな、さすが世間で注目を集めている人気者なだけある。それが、実は礼治のことなのだが。知っているな?」
と、英治は元の凛々しい表情を見せ、シャーマンに次の質問をした。シャーマンは頷いた。
「はい。第一子の、礼治殿下ですね。知ってます」
「なら話は早いな。次男の聖治が生まれてすぐ、こうして魔法を発動できる事が分かったのは良いのだが、実はここだけの話、長男である礼治の方がな…」
「はい… なんでしょうか?」
「まだ、次男のように魔法を発動する様子が見受けられないんだ。それでなのだが、君に少しだけ、礼治の様子を見てもらいたい。アンナ! エダ! 礼治を連れてきたまえ」
と、英治がここで部屋のドア方向へと声を張り上げた。
【(2)に続く】
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