第1節 ─次男、羽柴聖治の誕生。─(3)
(3)
室内にいる、関係者全員がその光景を目にし、少しばかり驚いた表情を見せる。
礼治も例外ではない。ここへきて聖治が生み出したもの。それは一般人ではまず絶対に手に入らないであろう、超常現象の1つであった。
「わぁ~♪ だだだだだぁ~!」
礼治が、そのクリーム色のシャボン玉に目を輝かせ、興味津々に手を伸ばした。子供は、自然発光するものや高彩色な物体に、とても目を引く生き物である。英治は開いた口が塞がらなかった。
「あ、消えた…」
だが英治のその呟き通り、聖治から生み出されたその「シャボン玉」は、ほんの十数秒で姿を消した。ふわりと、フェードアウトしていったのだ。まだ、発動能力としては不安定か。
「今の光は、なに…!?」
聖子は、今の超常現象を目にした事で、すっかり目が覚めたようだ。産後の疲れた体で、まだ起き上がるには万全ではないはずなのだが、今にも起き上がりそうな目力を感じる。
「陛下! 今の光は一体、なんだったのでしょうか…!?」
と、医師も教育係も先の現象に気を取られ、慌てふためく寸前で英治へと目を向ける。
「今のは――」
英治は、石のように固まりながらも、なお冷静に聖治の顔を覗いていた。
聖治は、まるで何事もなかったかのように、スヤスヤと眠っている。口からは、あれから何も出てこない。見間違いだろうか? そう思ったが、少し無理があるような気がした。
この部屋にいる、王室関係者はみな、その瞬間を目撃しているからだ。
「もしかして… 魔法、か…?」
英治の口から、そんな信じられない様な言葉が出てきた。そんな、魔法だなんてファンタジーものの概念が、この世に実在するわけ… そう、関係者は誰もがそう思っていた。が、
「ここにシャーマンを呼べ! 今から1時間後に行われる聖治の… 赤子の、お披露目時間を避けるていで、この城になんとしても呼び出しておくんだ! あのシャボン玉の正体が、もしかしたら分かるかもしれない!!」
「「!!」」
英治から、まさかの王室全体への命令であった。シャーマン、つまり霊媒師を呼べと。
これには関係者一同、何かの聞き間違えじゃないかと、瞳の瞳孔を大きく光らせる人もいた。だが、それでも英治は片腕に抱える礼治が静かになった今もなお、声を上げた。
「この赤子は… 聖治は、法やモラルでは説明できないような力をもっているかもしれない! アンナ、エダ! 礼治をもって今すぐ別室で待機をしろ! はやく!!」
「はっ。仰せのままに…!」
教育係2人も、今の英治の突然の命令には終始、戸惑いを隠せなかった。だが、相手は国王陛下という御前。逆らうわけにはいかないと、礼治を渡されてはすぐに部屋を後にした。
「わぁ~あ~、だだだぁ!? やぁ~だぁ~!! うわぁぁー!!!」
礼治は、折角会えたばかりの母と弟とは、もう引き離される事を予感したようで、途端に泣き出してしまった。だが、国王の命令では従うしかない。教育係2人は手渡された礼治を抱え、慰めながらもこの場を去る。部屋に残る他関係者たちも、少しばかり騒がしかった。
「え、英治…!? ここに、シャーマンを呼ぶなんて…」
「大丈夫だ聖子。鑑定はお披露目の後に行う。きっとその子には礼治にはない、魔力が備わっているかもしれない。荒樫の未来がかかった一大事だ、力を無視するわけにはいかない」
「そうなの…!? ちょっと、信じられないけど… なら、もし、この子に魔法が使えるとなったら、一体これからどうすれば…!?」
と、聖子が上体を起こしては英治に問いかける。聖治はいぜん眠ったままだが、部屋中に漂う緊迫感は未だに拭えない。英治は顎をしゃくり、こう答えた。
「その時は、その時だ。だがもし、聖治にその力が宿っているのなら… 礼治からも、その力を引き出させなければならない。王位継承権1位の長男に、魔法も使えないなどという問題があってはならない。まぁ、私達の子に限って、そんなバカな話はないと信じたいが」
「!!」
部屋一帯に、嫌な空気感が漂った。
おめでたいニュースのはずなのだが… 生まれたばかりの赤子に、魔法という概念が備わっているとなれば、このままお披露目に移るのは危険だと判断したのだろう。
もっとも、英治としては産後で疲弊している聖子の静養に繋がるから、この判断はプラスになると捉えたのかもしれない。だが、その後を含む彼の発言の中に、明らかに危険な要素が含まれていた。
礼治のことだ。
彼は王位継承権をもつ長男として生まれたから、乳飲み子の頃から大いに期待されている。王室からも、国民からも、だ。だが弟にはあって、兄にはないものが表面化するとなると、事情は異なってくるだろう。
国民には、どう説明するべきか?
いや。国民には、魔法の存在を秘密にするべきか?
はたまた。先程の現象は、やはり“幻覚”だと判断するのが賢明か?
それを、魔法に疎い人間が独断で結論づけるのは危険である。だから、英治はシャーマンを呼ぶ事にしたのだ。子供の魔法所持の有無によって、今後の育て方に見直しを入れるキッカケを与えてくれた人物がいる… というだけでも、大きな意味をもつからである。だが、
――私には、あの光が本物の「魔法」であることが、すぐに分かった。
――ただし、それを私や王室が証言してはならない。
――ここは“尻拭い”の生贄が必要だな。
もし、英治が実はそんな事を目論んでいたのを、もう少し早く誰かが気づいていれば…
礼治はこの先、行き地獄のような日々を送らずに、済んだかもしれない。
大切な人がこの先、何人も帰らぬ人にならずに、済んだかもしれない。
でも、そうなれば聖治は一体どうなる? 結局、何が正解で、何が間違いなのか。
この時は、まだ誰もそんな未来を、予想すらしていなかった。国民も、王室が祝福ムードの裏で、まさかそんな問題に直面していた事など、誰1人として気がつかなかったのだ。
【第2節につづく】
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