第3節 ―「誰のお陰で、今の自分があると思っている!?」―(1)

 第3節 ―「誰のお陰で、今の自分があると思っている!?」―


「エンドウ。もう一度確認するが、録音はできているのだな?」

「はい。音質も最高品質のもので、間違いなく録音も複製もできております」

 羽柴城の一角、礼拝所となりの広間を前に、英治が執事エンドウにそう確認を取った。エンドウの後ろには礼服姿の侍従が2人いて、手には大きな書物や杖などが握られている。

 聖治の誕生から、どれくらい経ったのだろう?

 熱帯の島国なので、判断はしずらいが、街に至る飾りや雰囲気からして恐らく1月頃か。穏やかな晴天が続くこの荒樫島の一角で、何やら不穏な会話が城内で行われていた。

「それなら安心だ。もしもの時に、あの日、内緒で録音したシャーマンの肉声を証拠として流せるのは、王室にとって大きなメリットとなる。彼の死を無駄にしない為にも、な」

 英治は広間に続く観音扉入口を前に、鋭い目で“お気持ち”を表明した。

 その発言の裏には、何が含まれているのか。エンドウ達は敢えて何も言わない。

 英治はそのまま広間へと歩いていった。常駐していた使用人の1人に、観音扉を開けてもらうと、開かれたその部屋の中央には大人数人と、幼子が1人。

「やぁ~だぁ~、うわぁぁ~ん」

 幼子は、礼治だ。ローブのような白い礼服を着用させられ、部屋の中央を描いている魔法陣の床の中央にて、彼は膝を落とし泣きじゃくっている。無理やり訓練させられているのだ。

「礼治様、いけません。まだ、練習もはじまっていませんよ?」

「やぁぁだぁ~! だって、できないぃ~! おながずいだぁぁ~!!」

 と、もう鼻水タラタラな状態で、無理やりやらされている訓練を嫌がっている。まだ2歳の幼児に、魔法を覚醒させるための訓練は無謀が過ぎた。

 だが、それを誰も「まだ小さい子にはやらせられない」とは言わなかった。教育長エダも、執事エンドウも、その光景を見つめようが手を差し伸べようが、なお続けさせようとしているのだ。なぜなら…


「まったく、まだ今日も覚醒しないのか。いったい、これで何日目だね?」


 そう、英治の指示だ。島の頂点に君臨する国王陛下の命令には、誰も逆らえないのである。礼治は父がきても、大粒の涙を流し、しゃっくりを起こすばかりであった。

「申し訳ありません。魔法書に記されている儀式を一通りやらせたのですが、まだ一度も」

 と、エダがいう。英治は険しい表情で、小さなため息をついた。

「…思えば礼治は、私が公務で見てきた多くの2歳児に比べ、少し言語に遅れが生じている。目を離せばすぐ何処かへ行ってしまうどころか、行動にも落ち着きがない。そして集中力も――。どうして、こんなにも頼りない長男に育ってしまったんだろうな? エダ」

 英治は苛ついた表情で、エダへと視線を向けた。エダが、深々と身を控え謝罪をする。

「大変、申し訳ございません! 全ては、教育長である私の指導不足が招いた結果…!」

「別に君の能力が劣っているとは、私は一言もいっていないぞ? その理屈だと、次男の聖治まで同じ無能扱いになってしまうではないか。ほれ、頭を上げなさい」

「はっ。大変失礼致しました」

「それより… 礼治。お前はまたそうやって、泣けば許してもらえるとでも思っているのか?」

「うぅぅ…うぅぅ~…!!」

 礼治は父に見下ろされる形で、嗚咽を上げ続けた。

 衣服は僅かにヨレはじめ、額からは少量の汗が噴き出ている。両手の平も僅かに汚れているあたり、先程まで相当ハードな儀式の練習でもさせられたのだろう。

 英治は、そんな2歳児の泣きじゃくる姿にわずらわしさを覚えた。英治は激高した。

「――長男のくせに情けないぞ!! 礼治!!」

「ビクッ!」

 礼治は、今の父の張り上げた声に対し、ひどく怯えた。

 関係者一同が英治へと目を向け、一部は冷や汗気味に畏まる中、英治の叱責は続いた。

「弟の聖治にはできて、なぜお前にはできない!? 国の未来がかかっているんだぞ! 魔法が出せるまで、このまま何度でも訓練させる! 時間内にできなければ、もう今日の分のおやつは無しだ!! 分かったな!!」

「うぅ…! うわあぁぁぁぁぁー!!!」

 まだ世間をよく知らない純粋な2歳児を相手に、酷な叱責だ。

 きっと、親に大切に育てられてきた人なら、誰がそう思う光景であろう。

 礼治に背負わされた責任が、あまりにも大きすぎる。礼治は大泣きした。教育長2人がすぐに礼治の元へ駆け寄り、慰めに入った。

「エンドウ。残念だが今日も延長ルートだ。その杖と書物を渡し、引き続き叩き込ませろ」

「仰せのままに」

 エンドウ達、執事と侍従は一礼した。英治は不満な表情で、その場を去ろうとする。

「陛下。私から、一つご提案が」

 教育長エダの、とつぜんの声かけだ。

 英治は足を止めた。礼治は依然、エダの胸中に顔を埋めながら泣いている。

「なんだエダ、こっちは急いでいるんだ。用件なら手短にな」

「はい。礼治様の、今後の教育方針ですが――」

 エダは、緊迫した表情で英治にそう畏まった。さらに、

「お言葉ですが、まず礼治様に必要なのは『魔法が使える事のメリット』を教えるより先に、その魔法書の読み方や、見開き方から始めるべきだと、私個人の意見として考えております。礼治様は、まだ文字の読み書きや、トイレトレーニングすら完了していない、齢2の幼子です。ここは、乳幼児期の基礎から学んだ方が、順序としては正しいかと」

 部屋一帯に、緊張感が走った。英治がエダへと顔を向け、更に眉間にシワを寄せる。

 それは例えるならば、言語も概念も理解できない子に、いきなり教科書の指定されたページを開くよう命令するのではなく、まずは教科書の見方や開き方から教えるというものだ。礼治は、その過程をすっ飛ばされた挙句、いきなり「魔法を使えるまで特訓しろ」と強要されてしまったから、ワケが分からずただ怒られるだけの環境が嫌で、泣いていたのである。


「ほう? セシル・エダ。お前、教育長に就任してから随分とな?」

 英治の返事は、恐ろしいほどトーンが低かった。まるで、エダに失望したかのような。

 関係者一同の視線は、徐々にエダへと向けられた。彼女の“お言葉”は、一歩違えば英治国王の逆鱗に触れたも同然。エダは、この先どんな処遇を受けても良いとばかり畏まった。

「お前がそこまでいうなら、いいだろう。その道理が正しければ… そうだな、じゃあこうしよう。聖治は、に魔法が使える様になった。礼治を、その歳の教育レベルまで下げ、赤子の生活に戻すのだ。そうすれば、魔法覚醒の仕方を思い出せるのだろう?」

「えっ… 陛下。それは、一体どういう、意味で……?」

 エダは嫌な予感がした。英治が次の瞬間、部屋にいる一同に対し、こう大声で命令した。

「みなのもの、予定変更だ! 大至急、礼治に新生児用のおくるみと、布おむつの着衣をさせろ! 以降の食事は、聖子もしくは新生児用の哺乳食に限定する! 徹底的に新生児の生活に戻させるのだ! 決して、2歳児被れのような二足歩行など行わせてはならん!」

「「えぇぇー!?」」

 これには、流石に部屋にいる関係者の殆どが、英治の横暴すぎる命令に驚愕した。

 そんな。礼治に生まれたばかりの生活レベルをさせるなんて、あまりにも極端ではないか。少なくとも、エダはそういう意味で“お言葉”を述べたのではない。英治は溜め息をついた。

「なんだお前たち…? 私の意見に逆らうとでもいうのか? 先の話にも述べたが、礼治はほか2歳児よりも、学習能力が遅れている。それは父親である私が、よく知っているんだ。そもそも、そのように乳幼児期の基礎から教えろと最初に言い出したのはエダ、お前だからな? これで礼治への教育が違っていたら、どう責任を取ってくれるんだろうなぁ?」

 エダは礼儀に則った作法で、なお、その暴君と面を向かい続けていた。

 この王様、狂っている。そこまでして、魔法を覚醒させるためには手段を択ばないのか。

 きっと、関係者の殆どはそう思ったに違いない。英治は、更に冷酷な目でこういった。

「…お前たち、何を突っ立っている? 早く言われた通りに動かないかね!」

「「はっ…! お、仰せのままにっ!!」」

 関係者たちはすぐさま一礼し、一部は部屋を去った。今ここで、すっかり聖治の魔法に心酔してしまっている国王陛下を刺激してはまずい。礼治が、これ以上何をされるか分からないと予感したからだ。きっと、そんな恐怖に駆られているのだろう。

「エダ。用はそれだけだな? 私は今度こそ失礼する。聖子も戻ってきた頃合いだしな」

 そういって、英治は不機嫌な表情のまま、ズカズカと部屋を後にしていった。

 礼治はこの時、長いこと泣き叫びすぎた影響で、小さくゲホゲホと咳き込み続けていた。これ以上泣かせては最悪、嘔吐してしまうだろう。エダはなお必死に背中をさすったが…

「うっ… きょ、教育長… 私、少しの間、席を離れます」

 とつぜん、教育係の1人であるアンナが腹痛を訴えたのだ。エダたちは一斉に振り向いた。アンナは見た感じ、顔色は悪くなさそうだが…

「アンナ、あなた大丈夫なの?」

「はい… 申し訳、ありません… すぐ、戻れる様に… 努力、します… う、うぅっ」

 そういって、アンナはいかにも「痛みに耐えている」といわんばかりの表情を浮かべながら、自身の腹部を抑えたまま広間を後にした。礼治の体に、白い布が巻かれはじめた。


【(2)に続く】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る