第1節 ─次男、羽柴聖治の誕生。─(2)
(2)
現王妃である聖子の懐妊、そして出産は、これで2人目。長男に次ぐ、王家の貫禄と美貌を兼ね備えたロイヤルベビーが誕生するのかと思うと、国民の期待はとても大きかったのだ。みな、屋内外問わず誕生を祈り、各方面からその吉報をまった。そして──。
『速報が入りました! 聖子様、第二子を無事出産されたとの速報が入りました!』
『母子ともに健康! 王室より、元気な男の子が生まれたとの速報でございます!』
『聖子様、ご出産おめでとうございます!』
テレビ、ラジオ、町内放送。各所から第二王子誕生の瞬間が報道された。
国民はこの夜、みな喜びの声を上げた。笑顔で踊り出す人もいた。
国から、盛大な拍手が鳴り響いた。空には花火が打ち上げられた。
今日はお祭りだ。家で静かに祈りを捧げるのも良いが、今日くらいは第二王子誕生を祝し、外で盛大に遊び回っても良いだろう。節度さえ守れば、きっと誰も文句はいわない。
国民の表情が、期待と不安から解消され、一気に綻んだ瞬間であった。ある人は、抱き合いながら嬉し涙を流した。ある人は坂の上の城に向かい、国歌を斉唱した。
「嗚呼、神様ありがとうございます。私達国民は今、この上ない幸せに満ちております」
と、教会ではシスターも祈りを捧げ、嬉し涙を流した。
国中が、祝福のムードに包まれた。
荒樫国の丘の上に
次男誕生のニュースを発信した宮殿内でも、関係者一同は大忙しであった。だけど、それはとてもおめでたい事。難色を示す関係者など、当然ながら1人もいなかった。長男が誕生した時と同じように、王室でも第二王子の誕生は盛大に祝福された。
「だだだだだぁー! うまれたぁ、おででとー!」
そんな城内の一角で、2歳になった1人の男児が、舌足らずでパチパチと手を叩いた。
彼はこの王家の長男である羽柴礼治。鮮血の赤い虹彩と、白銀の頭髪が特徴の第一王子だ。
彼は、記憶にないかもしれない。だけどそんな自分もかつて、今日生まれてきた弟と同じ様に、盛大に祝福された。それが体に染み付いているのだろう。これ以上にない笑顔だ。
「礼治様も大変お喜びのようで、光栄でございます。アンナ、聖子様の
「はい、エダ教育長。母子ともに健康で、産後の回復も順調との仰せでした」
と、アンナと名乗るメイド服の若い教育係が、礼儀に則った作法で近況を報告した。両者の表情からは、緊張から解かれた綻びが見てとれる。教育長エダも、アンナも、同じ女性として妃が無事に出産された事に安堵した様子であった。そこへ1人の足音が。
「みなのもの、今日はめでたい日だ。さぁ、礼治を私のところへ」
教育係2人の元にまた1人、今度は冠をかぶった白銀の男性が、関係者数人とともに歩いてきた。この人物こそ荒樫国を統治する羽柴家の末裔にして礼治の父、英治国王陛下その人。
英治は、次男の誕生を心待ちにしていた。凛々しい微笑みを見せている。
英治は、礼治を自身の胸元に寄せる形で、優しく抱擁した。
「だだだぁ、べびべべべび、ぽー♪」
「あぁ、ベビーの誕生を心まちにしていたんだろう? 礼治。さぁ、ご対面といこうか」
「らー♪ らららぁーららぁー♪ べびべびびナヨ~♪」
と、2歳児にしてはユーモアのある歌を交え、自身の弟の誕生を喜ぶ礼治。
礼治は1歳半より、少しだけ言葉を話す様になってから、機嫌がよい時はよく歌う傾向がある。英治はそれを理解した上で、礼治を連れて第二王子の対面を提案した。
こうして礼治を片手に抱えた上で辿り着いたのは、典医のいる一休養室。
王室に秀でた医師と、その連れ添いの看護師、そして数人のメイドたち。
彼らと英治が対面するのは、もうこれで何度目か。もっとも、礼治は今日が初めての入室だが、見ると部屋の奥のキングサイズベッドに、顔馴染みの人物が仰向けになって寝ている。
「…英治。それに、礼治も」
母の聖子だ。長時間による陣痛と分娩の疲れで眠っていたが、今は少し、目が覚めている。
彼女は、もとは日本北陸に拠点を置く武家の令嬢であり、現在は荒樫王室の后として、嫁入りをしている女性だ。彼女の表情からは、子を無事に出産した笑みが零れていた。
その聖子が疲れた体を癒すために眠っているベッドには、彼女のほかにもう1人、生まれたばかりの衣に包まれている赤子が眠っている。その赤子こそが、王室をはじめ国民がその誕生を待ちわびていた次男。第二王子の聖治、その子であった。
「わぁ~! あかたーん♪」
礼治が、英治の片腕に抱かれた状態で、自身の弟に向かって小さな手を振った。
2歳児にしては、かなり幼稚な喋り方かもしれない。だけど、それは兄・礼治が弟・聖治を想っての、愛情表現の1つなのだろう。英治もその辺り、理解しているようではあった。
長男にとっては、初めての弟の誕生である。こんな嬉しい事は中々ないではないか。
礼治も、聖子も、そう思っていた。聖治が眠りながら、“あるもの”を生み出すまでは。
「ぷく~」
眠っている聖治の口から、ゆっくりと、クリーム色の浮遊したシャボン玉が吐き出された。
【(3)に続く】
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