悪魔に魂を売った第一王子

Haika(ハイカ)

第1章 ―魔法も使えない“無能”な長男―

第1節 ─次男、羽柴聖治の誕生。─(1)

 悪魔に魂を売った第一王子

 ハイカ 著 




 第一章 魔法も使えない“無能”な長男




 第1節 ―次男、羽柴聖治の誕生。―


 もし、自分の住処が突然「地獄」と化したら?

 もし、自分より優れた能力の持ち主に幸せを奪われたら?

 もし、自分の親に「無能者」として生まれた自分を否定されたら?

 もし、生まれる順番や能力が違っていたら?

 もし、誰も間違いや救いの手を差し伸べられないほど強い人間に虐げられたら?


 逃げ場もない、自由もない、才能もユーモアもない。

 そんな子供を、いったい誰が大切に育てよう?

 自分は何のために生まれたのだろう? 前世はシリアルキラーだったのだろうか? それくらい、自分は神様に恨まれているのだろうか。

 そんな、育てる価値のない見かけだけの王子様など、早くこの世から消えてなくなればいいのに──。なんて、きっと王室も国民も全員、そう思っているに違いない。

 死んだ方が楽なのかな。親に認められるまで、我慢する必要って、あるのかな。

 もういっそ、第一王子なんて身分に生まれなければ良かった。

 悪魔にでもなって、誰もが自分から離れ孤独にしてくれるような、自由が欲しかった。

 羽柴礼治は、そんな風に毎日を苦しむ様になった。弟が生まれ、物心がついた頃から。


 その育ちの故郷、この国が出来たきっかけは、日本でいう大正時代にさかのぼる。

 かの戦国将軍の隠し子にして、のちに薩摩藩へ母とともに身を隠したとされる、その子孫の羽柴明治が、第一次世界大戦中にとある無人島に漂着したことが「すべてのはじまり」と云われている。

 その無人島は、ひどく荒れ果てていた。戦争の影響により、海洋汚染は著しい。木々の殆どは枯れ、食料は樫の木からなる、僅かなドングリのみ。

 当時、大日本帝国の兵士として暗躍した羽柴明治は、そのなけなしのドングリを頼りに辛うじて飢えを凌いでいた。激戦の中、同時に島に漂流した数人の兵士とともに生き残った明治たちは、のちにその無人島を開拓。建国するに至った。

 それが、のちの島国「荒樫 (アルクス)」と呼ばれるようになった所以である。


 ………。


 荒樫の気候は、一年を通して温暖だ。

 カリブ海に浮かぶ、熱帯モンスーン気候の小さな島国は、建国黎明期からは想像もつかない様な、豊かな食料と活気に満ち溢れている。生命の源である太陽、恵みの雨、そして黎明期の干ばつから奇跡の潤いを得た、養分を豊富に含む土地。

 すべては王家の先祖である羽柴明治と、その仲間の兵士数名による、努力の賜物といえよう。そんな奇跡の土地で、現在までに多くの草花や果実が今年も多く実った。島にある町や村が、みなフルーツにちなんだ名称なのはそのためだ。

 時は戻り、1989年12月25日。

 その国の頂点に立つ日系の君主、荒樫王室つまり羽柴家は、建国から100年近く時が経った今も健在だ。現在の国王である羽柴英治で、3代目。この時期の荒樫王室は忙しい。

 世間では、「クリスマス」と呼ばれるシーズンのピークか。サンタクロースから贈り物が届けられるその時を胸に、聖なる夜の下で家族と穏やかに過ごし、祈りを捧げる年末行事だ。

 常夏の荒樫島には、北半球のほとんどでクリスマスになると決まって話題になる「降雪」などという概念は存在しない。でも、行事自体は国内を見渡す限り、少なからず認知はされている様だ。王室も、クリスマス信者とまではいかないものの、例外ではなかった。

 ここ最近は、いつもより国に活気が溢れている。

 荒樫国の首都・エイコーンヒルズの中にある城下町は今、国民の殆どが電気屋のブラウン管に映るテレビ映像や、ラジオの音に耳を傾け、笑顔で小さな国旗を振っていた。幼児や小学生ほどの背丈ある子供達も、家族に見守られながら、旗を持って元気に遊び回っている。

「そろそろ産まれる頃でしょうね。新聞号外と、テレビラジオの放送がその合図らしいわ」

「あぁ。噂では男の子だときいていたからな。第二王子の誕生が楽しみだ」

 なんて、妙齢の夫婦はそういって、自宅までの帰り道を歩きながら会話をしていた。

 それもそのはず。今日はこの聖なる夜に「荒樫国第二王子の誕生」という、荒樫国史上最大のクリスマスプレゼントが届けられる日なのだ。

 その瞬間を、荒樫国民はみな今か今かと待ちわびていた。


【(2)に続く】

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