7話 一軍女子は行動が早いのな……
「ねえ、分かったわよ」
次の日の午前中、講義のため教室に入る待ちと構えていたかのように米倉真智が話しかけてきた。
昨日とはテイストが異なるが同様におしゃれな服装。香水なのか何なのか分からないが女子特有の甘い香りに俺は思わずたじろぐ。
昨日の今日でコイツにはデリカシーというものがないのだろうか? それとも大学デビューに成功した全能感で、全ての物事は自分の思い通りにいくと思い込んでいるのだろうか、コイツは?
そもそもだ! 大学で俺に話しかけて来る人間など1人もいないんだぞ? 俺は話すという行為自体に大いに戸惑っているのだ! お前のような華の一軍女子が話しかけてきたら余計に戸惑うに決まってるだろ!
道端や廊下で話しかけられたなら逃げ場もあっただろうが、教室に着席してしまってそれは難しい。朝の低血圧のせいか昨日と同様に席を蹴って出て行くエネルギーは今の俺にはなかった。というか、昨日の今日で何事もなく話しかけてくる米倉のメンタルには勝てそうもなかった。
返事にまごついていると、周囲の学生たちの視線が全方向から突き刺さってくるのを感じる。
どう見ても一軍女子の米倉と、明らかな陰キャ男子の組み合わせが奇妙で注目を集めざるを得ないのだろう。
「……分かったから。場所を変えるぞ……」
仕方なく俺はそう返事をして席を立った。
「あら、今日も授業をサボるのね。大胆~。でもキミがそう言うなら仕方ないわね」
仕方なくという風を装いながらも、米倉は俺について教室を出てきた。
俺と米倉は大学構内にある喫茶コーナーに来ていた。まだ1限の授業真っ最中。この時間にここを利用している学生はほとんどいない。
「それでね、昨日あの子に話を聞いてきたんだけどね……」
「は?……待て待て、いきなり何の話だよ?」
いきなり本題を切り出した米倉真智に俺は戸惑った。
ったく……コイツは読書家とは思えない話の下手さだな。
物語は起・承・転・結! 説明は5W1H!……初歩の初歩だろ!ったく。
「何の話って、昨日話したじゃない? あなたは記憶力が欠如しているの? カリスマレビュワーとやらはそんな貧相な
「……いや、そもそも俺はアイツらの話に興味がないって言ったよな? お前こそ記憶力が無いんじゃないのか? ヤバイだろ……」
俺が反論すると米倉は、ふふん、と小さく鼻を鳴らした。
またまた何を言ってる、本当は興味津々のクセに強がってるんじゃないわよ……という意味のようだった。
……まあコイツの思い込みはとんでもない勘違いだが、一応は俺のために
俺が米倉の話を聞くことを拒否してしまえば、昨日のコイツの行動が完全に無駄なものになってしまうのだ。単に俺が話を聞くだけでコイツの労力は報われるのだ。人助けだと思ってコイツの話を聞くくらいのことはしてやっても良いのかもしれない。
「……っていうか、アイツらとお前は知り合いだったのか? 」
そう質問することで俺は自分のその意志を示した。
「いいえ全然。昨日初めて話したわ。……でも大学っていうのは皆わりとオープンな場所なのかしらね。『さっき近くで話が聞こえてきて興味を持ったからその小説を見せてくれない? 』って正直に話したら普通に投稿した小説サイトのURLを送ってくれたわよ? ついでに連絡先も交換してきちゃった」
「な、マジかよ……」
周りの友人たちに少し注目されただけで思いっきり顔を赤らめていた草田可南子だったが、面識のない米倉から尋ねられたら二つ返事で教えるのかよ? どういうつもりだ?
恥ずかしがっていても実は自分の作品に自信があったのだろうか? ……う~む、バスケ部のエースとして鍛え上げられたメンタルか? そもそもあんなヤツ人生において挫折を味わったことがなさそうだもんな。
いや、あるいは米倉相手だから教えたのか? 相手も自分と同程度の一軍女子だからコイツにならオッケーという考えなのだろうか?
……俺なら自分の書いたものが実生活で顔を突き合わせる誰かに読まれるなんて考えたら、嘔吐しそうなくらい恥ずかしいけどな。なんならこの場で裸で踊った方がまだマシだ。
「それにしても、可南子ちゃんってスゴイ良い子ね。ちょっと話しただけだけど私もう好きになっちゃった」
米倉はそう言うと俺の反応を楽しむかのようにニヤリとした。
「な……マジかよ」
「あ、別にそういう意味じゃないから。すぐに百合だとか考えるのはネット小説だかライトノベルだか知らないけれどあまりに脳が侵食されすぎだと思うわよ?」
……クソ。コイツ。
たしかに俺は一瞬のうちに、百合? 三角関係? というところにまで思考が飛んだ。最近は百合もののラノベが人気だし、実際俺も現在幾つかの作品を読んでいるところだったからだろう。
冷静に考えれば現実において本当の女性同士のカップルは少ないし(LGBTとやらを否定しているわけではない。だがこんな注釈を入れなければならないほどの言葉狩りの凄まじさに物悲しくなるのも確かだが)、ましてや俺がその輪の中にいるわけではないのだ。
俺のこうした動揺すらも表情の変化から察したのだろう。米倉はもう一度ニヤリと微笑んだ。
「スマホ貸して。彼女の作品のURLを送っておくから」
拒否を許さないような静かな物言いだった。
気付くと俺は自分でスマホを取り出し、米倉と連絡先を交換し、草田可南子の作品のURLを受け取っていた。小説サイトは馴染みのカクヨムだった。
「じゃ、お互い明日までに彼女の作品を読んでおきましょう。私もまだ読んでないから。で、その上で今後のことも考えましょう。じゃあ私、次の講義があるから」
一方的に告げると米倉はイスから立ち上がった。
イスの引きずられるギィという乾いた音で、ようやく俺は我を取り戻した。
「待て待て待て! ちゃんと説明しろ! そもそもお前は何の目的で俺に近付いてきたんだ!?」
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