8話 お前の目的は何だ!

「そもそもお前は何の目的で俺に近付いてきたんだ!?」


 俺の言葉にまたまた米倉真智はニヤリと微笑んだ。


「目的? え、懐かしい顔を見かけたから声をかけただけよ? 特に他意はないわ」


「嘘つけ。俺のレビュワーとしての正体まで知っていたじゃねえかよ。どうやって俺のことを調べ上げたんだよ?」


「あら、覚えていたの? 流石。……そうね。あなたのことは大学に入ってすぐに見つけたわ。中学生、いえ小学生時代と何一つ変わらないあなたの姿を見て、ちょっと怖かったというか声をかけるかどうか迷ったわ。今の私にあなたと接することがプラスになるとは思えなかったからね」


「……この野郎。ずいぶんと上からの物言いだな」


「でも正直、あの子たちの話している内容に私自身少し興味があったのよ。それで話を聞いていたら、その後ろでずいぶんと憤懣やるかたない顔をしていたキミを見つけたからね……声をかけざるを得なかったわよ」


「……」


 俺を憐れんでということか? どこまで人を見下せば気が済むんだコイツは?

 奥歯をギュっと噛んだ俺に対し、米倉はにこやかに言葉を続けた。


「けれど文野君? 高校の3年間会わない間にずいぶんと高尚な趣味を見つけたようね?」


「……それだ! お前、俺がカリスマレビュワーだってことをどうやって知った?」


 ようやく話が本題に入ったようだ。


「どうやって? SNSを普通に検索して見つけたのだけれど? だってキミ大学の風景の写真とかも上げていたじゃない? その日のキミの行動範囲や座った席……そういったものを総合すれば推測は簡単に付いたわ。それに独特の文体。……もちろん実際にキミに話しかけてその反応を見るまで確証はなかったけれどね」


 また米倉はくくく、と小さく笑った。


 ……いや、マジかよ!

 俺は文野良明としてではなく、あくまで『slt―1000』としてSNSをやっていたつもりだった。どう考えてもバレる筈はないと踏んでいたのだが……些細な証拠から俺自身に辿り着くとは、コイツこそマジもんのストーカーなのではないだろうか?


「で、あの子たち。草田可南子と赤城瞳とキミも同じ高校なのよね? 本気であの子たちのことが好きなの? え、どっちの子を狙っているの?」


 アイツらと高校が一緒だということはSNSから読み取れるはずがないのだが、まあコイツの情報網というか、そういった能力からそこまで知られているのは仕方ないだろう。あるいはすでにアイツらと実際に話し出身高校にまで話が及んだのかもし知れない……だが。


「違うぞ、米倉。それは違う。……俺は自分がゴミ男子であることを自覚している。別に実生活においてアイツらとどうにかなりたいわけではないぞ」


「あら、そうなの? 残念。別に自分をそんなに卑下しなくても良いんじゃないかしら? カリスマレビュワーなんて誰でもなれるものでもないでしょ?」


 そう言うと米倉はまた小さく笑った。明らかにバカにした笑いだった。


「てめぇ……まあいい……。とにかく俺に用が無いならこれ以上関わるな」


 一瞬本気で腹が立ったが、まあそんなもんだろう。

 カリスマレビュワーなんてこの界隈以外で理解されるはずもない。俺がしているのはそういうことだと俺自身が充分理解しているつもりだ。


「あら、残念。でもまだキミは私の話をきちんと聞いてはいないのだけれど? 相手の話をきちんと聞けるようにならないと女の子と仲良くなれないわよ?」


 相変わらずのムカつく物言いだったが、たしかにコイツが俺に近付いてきた目的についてまだはっきりと聞いていなかった。


「話したきゃ勝手に話せよ。俺に近付いてきた目的がお前にあるんだろ?」


 たしかにコイツが俺に近付いてきた目的には興味があったが、今は突き放した言い方しか出来なかった。


「素直じゃないのね……ねえ、ネット小説ってそんなに面白いの?」


 相変わらずの小さな笑いの後、米倉から出てきたのはそんな言葉だった。


「……どういう意味だ?」


 コイツの問いに対して単に正直に答えることは俺にはもう出来なかった。問いの裏の意味を考えてしまう。


「あら、どういう意味も何も純粋にそのままの意味なのだけれど? ……実は私、高校に入ってから小説を何本か書いていてね。何度か賞ももらって、短編では雑誌に載せてもらったこともあるのよ」


「……へえ、そうかよ」


 俺はどこか悔しさも感じたが、それを務めて表に出さないように答える。


「でもここ1年くらいはあんまり芳しくないというか自分の納得のいくものが全然書けていなくてね。そうしたらたまたまキミを見かけた、しかもキミはネット小説界におけるカリスマレビュワー。これは話を聞かざるを得ないでしょ?」


「……俺のはネット小説の中だけの話だ。お前のはちゃんとした文芸誌の話だろ? 全然フィールドが違う。俺の話を聞いても参考になることは一つも無いぞ」


 米倉が載ったというのは幾つかある有名な文芸雑誌の一つだった。

 恐らくちゃんとした編集者も担当として付いているのだろう。俺とはまったく違う世界の話だ。


「いや、本当にここ最近は自分でも伸び悩んでいるのを実感しているのよ。だからきっかけになりそうなものには何でも触れておきたくてね。実は私もネット小説というもので連載してみようかとも考えているのよ」


 米倉の言葉に俺は少し驚き、そしてため息をついた。


「やめとけ。お前はお前で痛い目見るぞ」


「……どういう意味なのかしら?」


 それまでは終始小馬鹿にした笑みを浮かべていた米倉だったが、俺の一言にその笑みは消えた。



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