全てを、笑い飛ばせ!
「何だ、わざわざ俺を待っていたのか?」
民家の屋根の上にタクトが現れる。やはり、僕達を追ってきたか。
ここに来れば、僕達のことも、避難民のこともまとめて始末できるからね。
だが、そんなことはさせない。
「迎え撃つつもりか? この俺を?」
「ああ! ここからは笑劇の第二部だ!」
僕がマスターバトンを振り上げる。指揮の始まりだ。この指揮で僕が皆を導き、笑劇を演出するしかない。絶対に皆を奏でてみせる!
「リコ! パスタちゃん!」
「はい!」
「だから私は麺類じゃない!」
リコが軍刀型リコーダー《ミステリアス・タワー》を、シェルルが軍刀を構えながらタクトに飛び掛かる。よし! 良いフォーメーションだ。タクトが避けられない絶妙なコースを、二人の連携が追い詰めていく。
「そんなもので俺を貫けると思うな」
剣の先端がタクトを貫いた様に見えたが、弾かれる。
「サウンド合金の鎧⁉」
「軍人ごっこなら他所でやれ」
タクトの指揮杖に合わせて《
「ザーナ!」
「わかっておる! ラグナロク・タイフーン!」
ザーナのシンバルが起こす旋風、それが《
というか、やっぱり詠唱無くても発動できるじゃん。
「ちっ――」
「余所見をしていていいのかい?」
「何――」
「ジャイアント・スタンプ」
フーロさんがバスドラムを叩く。その衝撃波でタクトを後方へ吹き飛ばす。
「バスドラム使いが何故こんなに素早く――」
「ふふん。乙女の秘密さ」
「くそが!」
吹き飛ばされたタクトが指揮杖をフーロさんへ投げ飛ばす。
「フーロさん! 下がって!」
「フーロ!」
アコがアコーディオンを広げ、フーロさんの前に立つ。
「ブレイジング・ハート! シールドカーテン!」
カーテンのような光の盾が出現し、指揮杖を跳ね返す。
「すまない、アコ」
「姉妹を守るのが私の役目なんだから!」
指揮杖がタクトの手から離れている今がチャンスだ。
「リール!」
「うん」
僕とリールはこのチャンスを逃さず、拳と指揮杖を構える。
「リズム・ナックル!」
「クワトロスティンガー」
僕の拳が、リールのメジャーバトンがタクトの身体に突き刺さる。
「ぐっ⁉」
「どうだタクト! これが僕達のアンサンブルだ!」
「がふっ! ぐほっ!」
口から血の様な黒い何かを吐きながら――
「ククッ……ハハハッ」
タクトは先程までとは違う、笑みを浮かべた。
「これがお前達の笑劇か、《スマイルマン》」
「何がおかしい!」
「それで戦いを演出できていると思ったら、お笑いものだな」
タクトが指揮杖を掲げる。あれは、まさか――
「起きろ! いつまでおねんねしている!」
その声と共に指揮杖が黒く光り始める。暗闇の色をした粒子が、少女の形になっていく。
「んぅ? どうしたのぉ、タクト」
現れた少女は片手で目を擦りながら、もう一方の手で羊のぬいぐるみを抱いている。
「あれぇ? あれぇ? 何、この状況?」
「君は――」
彼女は表情も声も、何もかもがリールとは違う。違うはずなのに、似ている。
「この《
「察しが良いなチョージ・ワラヅカ」
やはり彼女も、リールと同じようにメジャーバトンの力を宿しているのだろう。
「いい加減起きろ」
「まだ眠いよぉ」
タクトが少女の頭を軽くチョップしているが、まだ寝ぼけているようだ。
「起きろ。恐怖劇はもう始まっている」
「そうなのぉ?」
少女は持っている羊のぬいぐるみを空に向かって投げる。
何だ? 何をする気だ?
「そういうことならぁ――」
少女の手に指揮杖が二本現れる。それを落ちてくるぬいぐるみに向かって、投げた。
「ひつじくんとはお別れだねぇ」
指揮杖が突き刺さり、ぬいぐるみから黒い液体が飛び散る。
「ねえねえ、あなたはこの雨、何だと思うのかなぁ?」
興味ない。こんなものは僕達の笑劇に必要ない。
「ソースかなぁ? イカ墨かなぁ? それとも君と同じものかなぁ」
落ちてきた二本の指揮杖を受け止め、彼女の目が開く。
「ねえねえ、確かめさせてよぉ。そこのお兄さん」
それがこの劇の――第三部開幕の合図だった。
「チョージ!」
アコが僕の前に飛び出し、シールドカーテンを展開する。
「邪魔だねぇ。雨の正体がわからないから、そこをどいてよぉ」
「くっ!」
だが少女が二本の指揮杖を交互に何回も、何回もシールドに突き刺していく。
「もういい! アコ、後退して!」
これ以上はアコの盾が耐えられない。
「了解!」
アコが僕の後ろに退こうとするが――
「逃がすわけがないでしょぉ、お邪魔虫ちゃん」
少女がそれを許さない。
「アコは……やらせない!」
アコと謎の少女の間にリコが割込み、リコーダーでメジャーバトンを受け止める。
「ダメだよリコ! 君のリコーダーは一つだけだ!」
しかし、もう一本のメジャーバトンを受け止められない。
「我がおる!」
もう一本の指揮杖の攻撃をザーナのシンバルが受け止める。
「可愛い姉妹達をやらせるわけにはいかないな」
そこを狙ってフーロさんがバスドラムで衝撃波を起こそうとするが――
「お邪魔虫が多すぎるよぉ。ひつじくんみたいになりたいのぉ?」
反応速度が、機械人形としてのスペックが違う。謎の少女は高速で指揮杖を振り回すと同時にアコ達全員を後方へ吹き飛ばした。
「皆!」
「余所見をするな」
いつの間にかタクトが僕に接近していた。
「げがっ⁉」
ここぞとばかりに僕に拳を叩きこむタクト。僕は流れるような連撃を受け続けることしかできない。視界の端にシェルルの姿が映りこむ。
「しぇ、るる――」
タクトがあの指揮杖の少女を召喚してから気を取られすぎていた。シェルルが倒れている。彼女もタクトからこの連撃を受け、意識を失ったようだ。
「これが――」
これが彼等の恐怖劇なのか。
「む、無理だよ。僕の笑劇じゃあ――」
だ、ダメだ。飲み込まれるわけには、いかない!
「チョージ」
リールの声が聞こえる。
「りー、る」
そうだ、リール。僕の相棒はまだ倒れていない。
「どうした? お前の笑劇も、この程度か?」
「まだ、だ」
まだ演奏をやめるわけにはいかない。
「チョージ」
僕は鼓笛隊長だ。僕が指揮を止めたら、皆も止まってしまう!
「来い! リール!」
「わかった」
僕は
「クワトロスティンガー」
リールが四本の指揮杖を操り、タクトを牽制する。
「くっ――」
「リズム・ナックル!」
その隙に右手の突きでタクトを引き剥がし、距離を取る。
「あの連撃から逃れるとはな」
「お邪魔虫も潰したことだしぃ――タクト、あの人達、やってもいい?」
「好きにしろ」
鼓笛隊で残ったのは僕とリールだけか。
「皆……」
他の皆は意識を失い、倒れている。
「チョージ。皆は大丈夫だから」
「うん。わかっているよ」
最後に皆が笑ってくれるならそれでいい。
そのためにも、この戦いを終わらせよう。
「あなた、名前は?」
「ロール・デスマーチだよぉ」
謎の少女――ロール・デスマーチは眠そうな顔を誤魔化すために笑いながら答える。
「自己紹介も終わったしぃ。それじゃあ、ねぇ――」
ロールがメジャーバトンを、タクトが拳を構える。
「フィナーレといくか、《スマイルマン》」
そして二人同時に地面を蹴った。
「ああ! これで終わらせるよ! リール、準備はいいかな?」
「できている」
僕達も前へ飛び出す。
「ツイン・スクリーム!」
「クワトロスティンガー」
「ふんっ!」
「リズム・ナックル!」
両者、激突。力の差は互角といってもいいかもしれない。
実力は拮抗し、お互いに退くこともせず、衝突し続けている。
指揮杖と指揮杖が――拳と拳が、ぶつかり合う。
「まあ、あなたも強いけどぉ――私だって、ねぇ」
「リール!」
隣を見ると、リールが今にも後方に吹き飛ばされそうだ。
「余所見をするなと――言っただろう」
タクトの拳の強さが増していく。このままでは、僕も――
「何、だ?」
背中に背負ったマスターバトンが反応している。そうか。なら、これしかない。
「リール! タイミングを合わせて!」
「わかった」
相手のタイミングで後方に吹き飛ばされたら追撃を喰らうだけだ。
なら吹き飛ばされる前に、自分から吹き飛べばいい。
「今だ!」
リールと僕は二人同時にわざと後方へ吹き飛ぶ。
「馬鹿が。何をやって――⁉」
そこでタクトも僕達の狙いに気づいたようだ。
「チョージくん。待たせた、ね」
「フーロさん! ちょっと失礼するよ!」
そう、僕達が吹き飛んだ先には先程まで気を失っていたフーロさんがいる。僕はマスターバトンを通して彼女が再起動したことを確認していたのだ。
「リール! 捕まって!」
「うん」
クッション状態になったバスドラムをトランポリンのように蹴りつけ、一気に跳ね返された僕達はそのまま彼等に突っ込んでいく。
「行けええええ!」
「このまま突撃するつもりか? そんなものは効かん、ロール!」
「はーい」
視線の先ではタクト達が待ち構えている。僕達の特攻を、受け止める気だ。
「チョージ。クワトロスティンガーを、あなたに預ける」
その声と共に、リールの四本の指揮杖が僕の右腕の周りを回転し始めた。
「君の楽器、必ず奏でてみせる!」
「チョージなら、できる」
リール・アンサンブル。僕の相棒である《
機械人形でありながら、僕の仮面に気づいていた少女。
「リズム・ナックル、
「右腕が分離しただと⁉」
彼女と出会ったことで、僕の劇場が幕を開けたのだ。
「アテンション、プリーズ」
リールだけじゃない。
「ロケットエンジン搭載だなんて、聞いていないよぉ」
シェルルやアコ達、鼓笛隊の皆のおかげだ。
「ハイテンション、プリーズ!」
舞台というものは、決して一人では演出できないのだ。
「タクト! これが僕達の――笑劇だあああ!」
だからこそ皆が笑顔になれるハッピーエンドを、僕は目指す。
「スマイリング・インパクト! 全てを、笑い飛ばせ!」
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