さようなら、お兄ちゃん

「ああ。ここにいたのか」


 街の中を走り続けて二分。ようやく会えた。


「シェルル」


 パスタちゃん。


「どうしたのさ。地面を黒く染めて」


 パスタちゃん。パスタちゃん。


「新しいプレイか何か? シェルルはいけない子だね」

「チョージ! あなたそんなこと言っている場合じゃないわ!」


 パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。


「チョージさん……スパーダさんはもう……」


 パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。


「チョージくん! しっかりしてくれ!」

「チョージ!」

「あはは」


 パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。パスタちゃん。


「あのね、シェルル――」


 僕は彼女に向かって駆け出す。


「必ず、助けるから。だからさ」


 マスターバトンを振り上げ、そして――


「少しだけ、笑ってもいいかな」


 化け物に、それを突き刺した。深く、深く、突き刺した。


「あははははははははっ! シェルル! ああ! シェルル!」

『チョージ』

「シェルルシェルルシェルル! 僕の腕の中に飛び込んできてよ! 昔みたいにさ!」

『チョージ。やめて』

「あははは! どうしてさ? リール」

『あれはもうパスタちゃんではない』

「わからないの? 中にシェルルがいるんだよ! あの闇の中にさ!」

『チョージ』

「助けなきゃ……シェルルは暗いところが苦手だ。あの雷の日だって――」

『チョージ!』


 何だい、リール。僕は今、忙しいんだ。


『あなたのそれは、笑劇とはいわない』

「何を言っているんだよ! こんな時に説教かい⁉」

『あなたは何か勘違いしている』

「勘違い?」

『あなたが笑顔なら皆も笑顔になると思ったら、大間違い』

「何を言っているのさ⁉」

『私はあなたに笑ってと言った』


 何だよ、こんな時に。リールは何が言いたい?


『私が求めた笑劇しょうげき鼓笛隊長ドラムメジャーは、そんな仮面を着けたりしない』

「言いたいことがあるなら簡潔に言ってくれない? 忙しいからさ!」

『周りを見て、チョージ』

「だから何を言って――」


 周りを、見る。


「チョージ……」

「チョージさん……」

「チョージくん、君は」

「そなたは……」


 何でだよ。何で皆――泣いているんだ? 君達は機械人形じゃないか。泣く必要は――


『泣く理由なら、ある』

「何だい、それは」

『あなたの代わりに、皆泣いている』

「僕の、代わり?」

『仮面を着けたのは、私のせいだよね』

「え?」


 どういうこと、だ。


『いいの、もう。無理に笑わなくて』

「おいおい、何を言って」

「怒りたい時は、もっと怒っていいんだよ」


 僕の命令を無視して、リールがマスターバトンの中から出てくる。


「君は――まさか⁉」


 何故だろうか。リールの姿が、あの少女と重なって見えた。


「泣きたい時は、もっと泣いていいんだよ」

「そんな⁉ どうして! 君はあの時――」

「そろそろ終わりにしよう? この笑劇を」


 リールがメジャーバトンを構え、化け物の影の中に入っていく。


「あなたがパスタちゃんの無事を信じるなら、私も信じる」

「待って! どうして君が――」

「パスタちゃんは私が必ず助けるから、ね?」

「わかった! これもドッキリだ! 君は僕を騙そうとしている!」

「だから――さようなら、お兄ちゃん」

「リール!」


 マスターバトンを掲げる。だが彼女は戻ってこない。


「戻れリール! 隊長である僕の命令に従わないのか!」

「チョージさん……離れてください」

「リコどいてくれ! 僕は彼女の命令違反に罰を与えなければならない!」


 僕は何を言っているのだろう。


「リールはナノマシンを使ってスパーダさんと《焔奏怨負インフェルノーツ》を引き離そうとしています」


 罰を受けるのは、僕の方なのに。


「そんなことしたら! そんなことしたら!」

「はい……リールは身体を維持できなくなるでしょう」

「やめさせなきゃ」


 僕は今、怒っている。


「チョージくん、離れるんだ」


 僕は今、悲しんでいる。


「皆どいてくれ! リールが! リールが!」


 顔から仮面が剥がされていく、そんな感覚。


「リール!」


 結局僕は、君を奏でられなかった。

 笑劇の結末がこのようなものだとは、思いもしなかった。

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