さて

「ここか」


 城に着いた僕はハイス王女の部屋に入った。


「これは、これは。ワラヅカ軍曹ではないか」

「誰だ? ああ――リカルド・シャンクティか」


 何でこのおっさんがここにいるんだ? いや、考えるまでもないか。


「スパーダ少尉といい、最近の若者は上官への敬いが足りないな」

「あはは。だってあんた、敬うほど立派な人間じゃないじゃん」

「私を恨んでいるのかい?」

「そりゃあそうさ。《スマイルマン》の悪名を軍内部に流したのはあんただからな」

「その言い方はいかがなものかな?」

「まあいいや、僕のことは。それより本題に入らせてもらうよ」

「本題?」

「お前、パスタちゃん――シェルレッティ・スパーダ少尉に何をした?」


 リカルドにメジャーバトンを突き付ける。


「王都一の変態ナルシシストである僕を過小評価したことを後悔しな」

「一応聞いておこう。何故わかった?」


 愚問だね。そんなこともわからないのか?


「嗅ぎたくもないお前の身体からパスタちゃんの血の匂いがぷんぷんするからだよ!」

「それは計算外だった」

「こっちは十年前からパスタちゃんの匂いを嗅ぎ続けている! 僕を誤魔化せると思ったら大間違いだ!」

「元々王国の人間ではないくせに……偉そうに」

「お前だって、その王国を裏切ろうとしているんでしょ?」


 その時、ちょうど部屋の扉が開く。


「シャンクティ大佐! どういうことですか⁉」

「来るな王女!」


 タイミングが悪いよ、王女様。だって――


「ちょうどいい。二人まとめて始末してあげよう」


 相手は《焔奏怨負インフェルノーツ》と契約した、国の裏切り者だ。当然この部屋にもすでに《焔奏怨負インフェルノーツ》が現れようとしているのだからさ。


「《焔奏怨負インフェルノーツ》⁉ どうしてこの部屋に!」


 リカルドが勝手に王女の部屋にいた時点で何かおかしいと思ったが、《焔奏怨負インフェルノーツ》を召喚する準備をしていたとはね。レディの部屋に罠を仕掛けるなんて、許せない。


「まだわからないのか王女様! こいつから《焔奏怨負インフェルノーツ》の臭いがぷんぷんするでしょ⁉」


 あの子を手に掛けた日から忘れもしない。

 憎くて仕方がないこの臭いのことを忘れたことがない。

 これは――化け物の臭いだ。


「そんな⁉ あなたは王国を――人類を裏切るつもりですか⁉」

「あなたがいけないのですよ、王女」

「どういうことさ?」

「王族が軍に口出しする時代は私が終わらせるべきだと、そう思ったのだよ!」

「結局お前が軍を支配したいだけじゃないか!」


 僕はメジャーバトンを掲げる。


「来い! リール!」


 その声に応じ、光の粒が目の前に集まってくる。そしてそれは身体を形作り、少女の姿となっていく。この光はナノマシンと呼ばれるロストテクノロジの技術によるものだ。

 この粒子状態での空間転移はマスターバトンを持つ僕とリールの間でしか行うことができない。アコ達、他の《音楽姫ビートマタ》を召喚することはできない。


「リール! 《焔奏怨負インフェルノーツ》達を殲滅して!」

「了解」


 その声に応じ、彼女の周囲に四本のメジャーバトンが現れる。クワトロスティンガーだ。


「王女様は僕から離れないで!」

「は、はい!」


 リールが他の《焔奏怨負インフェルノーツ》達を相手にしている間、僕はその場から去ろうとするリカルドに向かってメジャーバトンを投げつける。


「おっと」


 だがリカルドは剣を抜き取り、それを弾き飛ばした。


「パスタちゃんはどこだ⁉」

「彼女だけの心配をしていていいのかい?」

「どういうことさ!」

「今頃君の可愛い部下達は可愛がられているのではないか?」

「な――お前!」

「ははは」


 《焔奏怨負インフェルノーツ》に囲まれ身動きが取れない僕を嘲笑うかのように、彼は部屋から去った。


「くそっ! このままじゃアコ達が危ない!」


 でもこの《焔奏怨負インフェルノーツ》達を放置するわけにもいかない。


「チョージ!」

「ジャーニー⁉ 来るんじゃない!」

「そういうわけにはいかんだろう!」


 剣を抜き、部屋に飛び込んできたのはジャーニー達第四騎士隊だ。


「どうしてここに⁉」

「異様な雰囲気のシャンクティ大佐がこの部屋から出て行くのが見えたもんでな」


 うん? 第四騎士隊が来たということは――


「情けないですわね、チョージ・ワラヅカ!」


 もちろん、マリナ・シャンクティもそこにいた。


「お前の父ちゃんは《焔奏怨負インフェルノーツ》と不倫していたみたいだが?」

「それは――私に関係ないことでしてよ!」

「まあいいや。お前のこと興味ないし」


 プライドが高いこのお嬢様は、きっと責任を取って軍に従ってくれるだろう。こいつまで国を裏切るようには思えないし、そんな度胸はないだろう。ある意味安心だ。


「チョージ! ここは俺達に任せろ!」

「ありがとうジャーニー!」


 リールと王女を城の外まで誘導する。


「王女様! あんたはエドワードさんに連絡を!」

「はい!」


 王女が近くの兵士に指示を出し始める。


「リール! アコ達はどうなっているの⁉ 《音楽姫ビートマタ》のネットワークで連絡してくれ!」

「今つながった――え?」


 珍しくリールが動揺しているのがわかる。何だ? 何があった?


『スパーダさんの……眼鏡が、落ちていて、それで――』

「リコ。落ち着いて」

『スパーダさんが……スパーダさんが!』


 もう最後まで聞いている余裕はなかった。


「チョージ?」

「リール。マスターバトンの中に入って」

「いいけど、どうして?」

「あの子と同じ名前の君には、見せたくない」

「何を?」

「今の僕の顔を見せたくないんだ」

「チョージ」

「これは命令だよ。早くして」

「了解」


 リールの身体が粒子に変換され、僕が持つマスターバトンの中に吸い込まれていく。


「さて」


 ここからは華麗なる救出劇の時間だ。

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