その声が僕に届くことはなかった

 これは、数日後にパスタちゃん――シェルレッティから聞いた話である。あの後、彼女がどのような行動を取っていたのか、概ね説明しよう。


「チョージの、馬鹿者」


 僕達が眠る前。いや、もっと以前だ。

 泣き叫びながら訓練場を去ったパスタちゃんは行先も決めずに王都を歩き回っていた。


「あんなことをしても、彼女は戻らないというのに!」


 彼女とは、僕が殺したあの少女のことだ。パスタちゃんのお父さんは軍の上層部の人間だ。だから真相を――本当の真相をパスタちゃんは知っている。


「昔みたいに笑わないチョージに戻ってほしいものだ」


 確かに昔の僕は――両親をエルレシアン大戦争で失い、ジーガルに引き取られたばかりで笑わない子供だったかもしれない。そんな僕を心配してパスタちゃんは――シェルルはいつもパン屋に来て僕を外へ連れ出してくれた。


「あんなものは、笑顔とはいわない」


 そうかい。君にそう言われては、もう限界なのかもね。


「無理に笑わなくていいから、もっと自然に――昔みたいにシェルルと呼んでほしい」


 悩める乙女のようにパスタちゃんが歩いていると、彼女の視界に妙な男が映りこむ。


「あれは――」


 パスタちゃんはその男の正体を知っていた。


「リカルド・シャンクティ。何故あの男がこんなところに?」


 リカルド・シャンクティ。王国軍の上層部に属する野心家の男だ。昼間に遭遇したマリナ・シャンクティの父親でもある彼が、何故このようなところにいるのだろう。

 リカルドは周りを見渡し、路地裏に入っていく。


「護衛がいない。妙だな」


 パスタちゃんはその後を追いかける。


「これは――」


 そこで彼女はあることに気づく。

 それは夜の闇に紛れていたが、パスタちゃんは気づいた。気づいてしまった。


「地面が黒い。《焔奏怨負インフェルノーツ》と同じ――まさか」

「スパーダ少尉。ここで何をしているのかな?」


 パスタちゃんの尾行が相手に気づかれる。


「リカルド・シャンクティ! それはこちらが聞きたいことだ!」

「スパーダ家のお嬢様がする話し方じゃないな」

「誤魔化すな!」


 剣を抜いたパスタちゃんはその先端をリカルドに向けた。


「この地面の染み、《焔奏怨負インフェルノーツ》のものだな! どうして貴様が通り過ぎた後にその染みができる⁉ 説明してもらうぞ!」

「君はもう少し周りへの警戒を怠らない方がいい」

「何?」

「聞こえなかったのか? ではもっと丁寧に言ってあげよう」


 パスタちゃんの後ろに、もう一人男が立っている。


「な――」

「実戦経験が少ない小娘が、大人の交渉に口を出すなと言っているのだよ」


 その後、彼女がどうなったかは――この時の僕にはまだわからなかった。


「ぐっ⁉」


 どうやら彼女は、もう一人の男に背中を斬りつけられ意識を失ったようである。


「チョー、ジ」


 その声が僕に届くことはなかった。

 リコとパスタちゃん。

 僕は今日、二人の女性の悲劇に気づけなかったのである。

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