本当に、ごめん

 遅い夕飯を食べ終わった僕はゼルネスの言う通り皿洗いをしていた。

 さすがにこの人数分はきついな。普段家事をしているゼルネスの苦労が身に染みる。


「チョージさん……」

「ん? ああ、リコか」


 皆はもう寝たはずなのに、リコがそこにいた。眠れないのか。


「どうしたの?」

「私も手伝おうと思って……」


 ああ、良い子だな。助かるよ。


「この小さなお皿を頼むよ」


 横に並んで、皿を洗う。


「ふぅ、これで終わりだね」


 最後の一枚を洗ってタオルで手を拭く。


「チョージさん……」


 リコが僕の顔を見つめてくる。いつも控えめな彼女だが、今夜は様子がおかしい。


「《スマイルマン》とは、どういうことですか……」

「ああ」


 そのことを聞きたかったのか。参った、どうしよう。


「ほら、僕っていつも爽やかスマイルでしょ? この笑顔があまりにもイケメンだから」

「嘘吐かないでください……」


 だから嘘を吐くのは好きじゃない。すぐにバレるから、得意ではないから。


「その笑顔かめん、いつから着けているのですか……」

「いつからも何も、生まれた時から――」

「チョージさん!」


 リコが僕の服を強く掴んでくる。その顔は、泣いている。

 君は機械人形だろう。そんな悲しい思いをする必要はないはずだ。


「無理しないでください! そんな苦しそうな仮面は、似合いません!」


 何で皆、僕の前で泣くのだろう。昼間のパスタちゃんを思い出す。


「そんなに知りたいのかい? 《スマイルマン》の由来を」

「はい……! その名前がチョージさんを苦しめるなら、私は!」

「それはね」


 僕は精一杯の笑顔で、答えた。答えるしかなかった。それ以外、わからなかった。


「僕が民間人を殺したからだよ」

「え――」

「病院に入院していた女の子の部屋に侵入して、彼女を殺した」

「う、嘘――」

「本当だよ。民間人の女の子を笑顔で一突き、さ。軍人失格だね」

「何か理由があるのですよね? そうですよね?」

「返り血を浴びた笑顔の僕を見た看護師が言ったんだ《スマイルマン》、ってね」

「チョージさん!」

「まあ軍の上層部しか知らない情報だけどね。それで僕はしばらく謹慎だったわけさ」


 リコをゆっくり、突き放す。


「どうする? 鼓笛隊の皆に言う? それともここで君が僕を粛正する?」

「言いません……」

「へえ、どうして?」

「証拠がないじゃないですか……病室にカメラでもあったのですか?」

「旧文明じゃあるまいし、病院に防犯カメラはないよ。というより僕が証人さ」

「チョージさん……」

「聞きたいことは以上かな? じゃあお休み」


 僕はリコと別れると階段を上がり、自室へ向かう。


「そんな悲しいこと、言わないでください……」


 その時リコが何かを言ったのだが、僕の耳に入ることはなかった。


「ごめん、リコ」


 いや、本当は聞こえていたのだろう。

 僕は耳にも、都合の良い仮面を着けている。


「本当に、ごめん」


 だから聞こえなかったということにしたのだ。

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