彼女のためにも

「意外と普通のペースだったわ」


 走り終わった後、訓練場の隅で僕達は休憩をしていた。《音楽姫ビートマタ》といっても、女の子であることは変わりない。しっかりと休憩を取ってもらわなければ。


「アコはどんな想像をしていたのさ」

「あなたのことだから後先考えずに突っ走って、後半力尽きて倒れると思ったのよ」

「あははは……」


 昔はそういう走り方をしていたなんて、言えるわけがない。


「私達は鼓笛隊ですから……このくらいのペースが丁度良いかもしれません」

「我はまだまだ走り足りないがな!」

「ほう。ではザーナ、貴様はもっと走ってこい。もう二十周程な」

「そ、そう思ったのだが。我、ちょっとお腹が痛くなる予定があって……」

「大丈夫だ。走っていれば――気持ちよくなるぞ?」


 隣からザーナの悲鳴が聞こえるが、気にしない。関わったら僕まで走らされる。


「チョージ」


 普段から口数の少ないリールが珍しく話しかけてきた。彼女は僕に何か言いたいことがあるときは言葉ではなく行動で示してくることが多いので、コミュニケーションは取れていると思うが。会ったばかりの頃はよく話していたのだが、姉妹達が増えてその機会も減ってしまったようだ――まさか。


「さてはリール。他の姉妹達に嫉妬しているな?」

「なんのこと?」

「え、あ、いや、違うならいいけどさ」


 リールは相変わらずの無表情で首を傾げている。ああ! 可愛い!


「チョージ」

「何だい?」

「あなた、本気で走っていない」

「そりゃあ、皆とペースを合わせなければならないからね」

「ペースを無理に合わせる必要はないはず」


 何だ? リールは何が言いたいんだ。


「あなたも私と同じ。だから本気の私達と同じペースで走ることができるはず」

「君が何を言っているか、わからないや」

「チョージ」

「お昼ご飯食べようぜ。サンドイッチを食べよう」

「そのサンドイッチ、元々チョージの分はない」

「あはは……」

「その笑顔かめん、着けていて苦しくないの」

「ごめん」

「チョージ」

「サンドイッチは好きじゃない。だから、僕の分は入っていないんだ」

「チョージ」

「パスタちゃん、ちょっと彼女達のことを頼む」

「え? ああ、わかった」


 僕はリール達をパスタちゃんに任せてトイレに向かった。


「ごめん、リール」


 ジーガルのパンは美味しい。だけど、サンドイッチだけは食べられない。彼のサンドイッチが不味いわけではない。きっと食べたら美味しいのだろう。


「でもサンドイッチは――ハムサンドは」


 ふと、トイレの鏡に映る自分の顔を見る――気持ち悪いくらいに、笑顔だ。


「薬、飲まないと」


 周りに誰もいないことを確認して、小袋を取り出す。今日の分だ。


「この笑劇を、終わらせるわけにはいかない。彼女のためにも」

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