だ、ダメだよ……

 指定された時間通りに軍の訓練場に着いた僕達は入り口で、とある人物と会った。

 そう皆のアイドル、パスタちゃんである。


「パスタちゃん、おっはー」

「貴様達。もっと早く来い」

「えー。ちゃんと時間通りに来たじゃん」

「時間通りに来る余裕があるなら、もっと早く来い」


 くそぅ、理不尽パスタめ……。


「それで? パスタちゃん何の用なのさ?」

「貴様、王女様から何も聞いていないのか?」

「どういうことさ」


 パスタちゃんが僕の顔に一枚の紙を叩きつけてくる。痛いな、もう。


「えっと――」


 叩きつけられた紙に視線を移す。シェルレッティ・スパーダ少尉は――


「ぱ、パスタちゃんが鼓笛隊の監督⁉ そんな馬鹿な!」

「どうだ? これなら貴様のことを四六時中――」

「おかしいよこんなの! パスタちゃんもっと優秀じゃん!」

「見張ることができ――何?」

「パスタちゃんがこんな部隊の監督なんて役不足だよ! 王女に文句言ってやる」


 リールと出会ったあの日の朝、パスタちゃんが僕の上官だと言っていたが、こういうことだったのか。それにしても、おかしい。パスタちゃんだって納得していないはずだ。


「落ち着け貴様。これは私自身が望んだことなのだ」

「な、何で?」

「それは……その……」


 急にしおらしくなって、どうしたのだろう。頬も紅いし、まさか!


「ははん? 僕の童貞を狙って追いかけてきたのか!」

「そ、そんなわけないだろう馬鹿者! 破廉恥だぞ!」


 ええ、違うのか――くそっ! あと少しだったのに。


「ほぅ。チョージくんは童貞なのか」

「フーロさん入ってこないでください。ややこしくなるので」

「ふふ、つれないな。おねえさんは悲しいぞ」


 さて、おふざけはこのへんにしておいて――


「まあパスタちゃんが監督なら気が楽だし、よろしく頼むよ」

「それは私に威厳がないと言いたいのか?」

「被害妄想が君の悪い癖だよ、パスタちゃん」

「そうか……」


 あれ、珍しくパスタちゃんが落ち込んでいる。ちょっと言い過ぎたかな。


「ま、まあ? パスタちゃんは乙女だから妄想くらい嗜んだ方がいいかもしれないし、気にすることはないと思うよ、うん!」

「そ、そうか?」


 パスタちゃんの頬が少し緩む。やはり志願したとはいえ監督に任命されたから緊張していたのだろうか。もっと気楽に考えればいいのに。僕達の仲じゃないか。ね?


「さて、皆。知っていると思うけど改めて紹介するよ。この鼓笛隊の監督――まあ僕が暴走しないように監視する役を与えられたシェルレッティ・スパーダ少尉だ」

「よろしく」

「彼女は僕がこの街に住み始めた頃からの幼馴染なんだ」

「そうだったのですか……」

「幼馴染――古の盟約、というやつだな!」


 ちなみに幼い頃新婚さんごっこをやったこともある。ああ、思い出すだけで僕はもう!


「貴様。何かいやらしいことを考えていないか?」

「別に? 僕はただ、パスタちゃんとの日々を思い出しただけさ」

「それならいいんだが」


 そんな彼女ともしばらくの間疎遠になっていたのだが、こうして再び行動を共にすることになるとは――面白いこともあるものだ。素晴らしきかな、人生。


「そろそろ訓練する? チョージ」

「あ、ごめんリール。そうだったね。僕達は鼓笛隊としての活動をしに来たんだった」


 そう、ここには遊びに来たわけではない。軍にいる以上は訓練しないと。


「それじゃあ訓練を始め……たいけど」

「何? どうしたのよ」

「鼓笛隊って普段何をすればいいんだろう?」

「貴様。何も考えていなかったのか?」

「だって僕達はただの鼓笛隊じゃないし。特殊戦術鼓笛隊だし」

「まったく。仕方ないな貴様は」


 パスタちゃんはそんな僕に呆れつつ、どこか嬉しそうな顔で皆に指示を出した。


「まずは基礎練習だ。この訓練場の周りを二十周、走ってもらおうか」


 いきなり十キロメートルも走れと? 無理でしょ。というか――


「リール達は《音楽姫ビートマタ》。スペックは調整時に決まるから無理に走らせても――」

「貴様は何を言っている。身体がどうとかの問題ではない。精神的に強くするために、彼女達を走らせるのだ」

「考え方が前時代的だよ……」

「安心しろ、彼女達だけを走らせない。私も走る」

「そういう問題ではないと思うけどなあ」

「そしてもちろん、貴様も走るのだ」

「ええ⁉」

「何を言っている。ドラムメジャーの貴様が走らなければ、皆を引っ張れないだろう」


 そうか。僕は鼓笛隊長なんだ。今僕が走らなければ、今後も皆はついてこないだろう。


「わかったよパスタちゃん! 僕頑張る!」

「そうか。それでは皆、ワラヅカ軍曹と同じペースで走り続けることを忘れるな」


 そうだね。行進曲とかやる時、僕に合わせて進むわけだから今の内に統一感のある練習をしておいた方がいいかもしれないね。パスタちゃん、流石だね。


「私……ついていけるかな」

「大丈夫よリコ! あなたが走れないようなペースでチョージが走ったら、あいつを後ろから蹴り飛ばすから」

「だ、ダメだよ……チョージさんにそんなことしたら」


 何か物騒な話が聞こえてきたけど、大丈夫かな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る