メジャーバトンもかっこいいし!

「ここ、は?」

「商店街から少し離れた公園だよ」


 リールはパフェのすごさに負けてしまったようだ。そういうわけで彼女を休ませるために、この公園にやってきたのである。ちなみにパフェは僕が全部食べた。すごかった。


「ごめんなさい、チョージ」

「何で謝るのさ?」

「せっかくチョージがパフェをごちそうしてくれたのに」

「気にしないでよ」


 システムが故障してリールが壊れる方が嫌だよ。


「まあリールが壊れない程度に美味しいものを探しておくよ」

「うん。お願い」


 いいさ。リールとはまだ出会って一日。これからゆっくり彼女の好きなものを見つけていけばいいさ。きっと大丈夫だから、ね? そんな不安そうな顔をするな。


「そろそろ帰ろうか。遅くなると、ゼルネスがうるさいからさ」


 そう言って僕がベンチから立ち上がった時だ。


「あ――」

「どうしたのさ?」

「いる」

「いる? 何が?」


 リールが突然走り出す。どうしたというのだろう。


「リール⁉ どこに行くのさ!」


 彼女を追いかけ、街の外れにやってくる。そこでリールは立ち止まっていた。


「急に走り出さないでよ。リール、迷子になっちゃう――」


 その視線の先を追う。そこには化け物がいた。この国、この大陸――いや、この世界を脅かす最凶最悪の化け物が、そこにいた。


「この臭い、《焔奏怨負インフェルノーツ》か!」


 人の心の不協和音を喰い散らかす化け物、《焔奏怨負インフェルノーツ》。ヤツが人を襲っている。


「い、いやだ! 殺さないでくれ!」


 街の住人だろうか。男が《焔奏怨負インフェルノーツ》に身体を取り込まれそうになっている。


「化け物が……」


 ちょっと心に闇を抱えたくらいでその人間を食い物にするなんて、許せないね。


「だが、僕に見つかったのは運がなかったぜ――リール!」

「わかった」


 リールが僕にメジャーバトンを投げてくる。今はまだ鼓笛隊の隊員がいないから、リールの力が宿ったこれで戦うしかない。楽器で化け物退治は気が進まないが、仕方がない。


「サポートする」


 リールの身体に突然よくわからない記号や数式が表示され、光の粒子となっていく。そして彼女はメジャーバトンに吸い込まれた。おいおい、リールは大丈夫なのか。


『心配しないで。私はあなたの楽器だから、傍にいる』


 嬉しいこと言ってくれるじゃん。さて――


「化け物さんよ! 僕が――僕達が相手だ!」

「ガル……」


 男を取り込もうとしていた《焔奏怨負インフェルノーツ》が、視線をこちらに向ける。


「ガウッ!」


 そしてこちらに向かって飛び出してくる。


『チョージ、右』

「うん!」


 頭に響くリールの声を頼りに、相手の攻撃を避ける。危ない、危ない。少しでもズレていたら、あの爪で身体を引き裂かれるところだった。


「ひ、ひいいっ!」

「今のうちに逃げて!」


 僕がそう呼びかけると襲われていた男性は一目散に逃げて行った。

さて、民間人の無事も確保できたことだし。


「今度はこっちの番だよ!」


 メジャーバトンを振り上げ、思い切り《焔奏怨負インフェルノーツ》の頭にぶつける。


「ガアッ⁉」


 効いているようだ。本来はメジャーバトンをこのように扱うのは心が痛むが――緊急事態だ。悪く思わないでくれ。


『大丈夫。私は《音楽姫ビートマタ》。《焔奏怨負インフェルノーツ》と戦う時はどのような使い方でも構わない』

「そう? じゃあ――」


 僕はメジャーバトンを《焔奏怨負インフェルノーツ》に向かって投げ飛ばした。


「そのまま体当たりだ! リール!」

『わかった』


 リールの身体が、僕の投げたメジャーバトンから解き放たれる。解き放たれた彼女の周囲にはさらに四本のメジャーバトンが浮かんでおり、その先端は《焔奏怨負インフェルノーツ》に狙いを定めていた。


「クワトロスティンガー」


 メジャーバトン達が突き刺さり、《焔奏怨負インフェルノーツ》は声をあげることもなく倒れた。


「リールすごいじゃん! その四つのメジャーバトンもかっこいいし!」

「そう?」


 ああもう! その控えめな照れも可愛いな!


「このメジャーバトン達は私の演奏武装サウンドアーマー。チョージが持っているのはマスターバトンで、私に指示をすることができる」


 つまりこの指揮杖があればリールは僕の思い通りになるわけか。


「そんなものを僕が持っていていいの?」

「チョージは鼓笛隊長だから当然」


 嬉しいことを言ってくれるじゃん。あはは、そうか――


「そうか。僕、鼓笛隊長になったのか」


 今になってようやく実感が湧いてきた。確かに僕の鼓笛隊は旧文明の鼓笛隊とは全く別物というべきだろう。ただの鼓笛隊ではなく、特殊戦術鼓笛隊なのだから。

 それでも僕がやるべきことは一つだ。


「もっとリールを奏でられるように、頑張るよ」

「うん。でも無理はしないで」

「無理なんかしていない」

「嘘」


 嘘? ああ、あのことがバレたのか。

 僕が本当は音楽を遠ざけていることがバレたのか。


「チョージはどうして――」

「そうだ! この《焔奏怨負インフェルノーツ》のこと、王女様に報告しないと!」


 危ない、危ない。この話は非常によろしくない。笑劇に終わりが来てしまう。


「チョージ、何があったの?」

「あはは、何もないよ」

「話して」


 まっすぐな瞳で、僕を見つめるリール。彼女は今、僕のことしか見ていない。


「ごめん」


 でも僕はそう言うことしかできない。いつものように笑って答えた。


「わかった」

「それじゃあ、王女のところに行こうか」

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