上手く誤魔化せた

「リールの部屋は――あの空き部屋でいいか」


 パン屋の二階にある空き部屋。そこをリールの部屋にしよう。普段からゼルネスが掃除をしてくれているから、元々綺麗な部屋だし、問題はないはずだ。


「まだベッドくらいしかないから、今後ゆっくり揃えていくしかないね」

「うん」

「それじゃあ僕は部屋で少し休憩するから、リールは自由に過ごしてね」

「わかった」


 そう言って僕が部屋のドアノブに手を掛ける。その様子をリールがジッと見つめてくる。何だ? どういうことだ? リールの部屋はあちらの部屋だ。


「リール? 見つめられると、少し恥ずかしいんだけど」

「恥ずかしい? どうして?」

「いや、だってリールみたいな可愛い子が僕のこと見ていたら、キュンキュンしちゃうじゃん。ね? このままだと僕の心臓が破裂してしまうよ」

「そういうものなの?」

「うん」

「人間って難しい」


 あ、そうだった。リールは《音楽姫ビートマタ》だった。人間ではないことをすっかり忘れていた。


「そうだよね。冷静に考えたら、ベッド以外何もない部屋で休憩しろなんて女の子にとっては寂しい言い方だったよね。あははははは――」


 そう言いながらリールを僕の部屋に案内する。リールは僕と一緒にいたいと言ってくれたじゃないか。そんな彼女を一人にしてはいけないのに、僕の馬鹿!


「ここがチョージの部屋?」


 リールがキョロキョロと部屋の中を見渡す。やはり恥ずかしいな。


「この部屋には――音がいっぱいある」


 リールが部屋の中にあるレコード盤を手に取る。レコード盤は旧文明が繁栄していた頃流行っていたものだが、この大戦奏時代サウンドセンチュリーに入って再び人気に火が付いたのだ。


「チョージは音楽、好き?」

「ああ」


 もちろん、音楽は好きだ。音は僕に色をくれるから――だから好きだ。好きだった。


「何か、聴いてみる?」

「いいの?」

「リールが聴きたければ、だけど」

「聴きたい」

「よし。じゃあ僕が気に入っている曲を流そう」


 レコードをプレーヤーにセットし、電源を入れようとして――やめる。


「チョージ?」

「ごめん。また今度で、いいかな」

「いいけど?」


 リールは首を傾げて不思議そうな顔をしている。ごめん、リール。もう無理なんだ。

 もう僕は、音楽を聴くことができない。


「それじゃあリール。買い物に行こうか」

「買い物?」

「君が必要とするものを買いに行くんだよ。服とか、ぬいぐるみとか、ね?」

「服もぬいぐるみも必要ない」

「ぬいぐるみはいらないかもしれないけどさ、着替えはあった方がいいと思うよ? その服だけだと、洗濯ができないじゃん」

「私は着替える必要がない」

「そんなこと言っちゃダメ。さあ、行くよ」

「うん」


 良かった。どうにか誤魔化せたようだ。僕が曲を聴けないことを、上手く誤魔化せた。

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