それは大変だ

 その後、王女からこの少女についていくつかの説明を受けた。


「旧文明っていうのは、すごい技術力を持っていたのだな」


 この《音楽姫ビートマタ》の少女の外見は、ほとんど人間と差がない。目立つ部品などが付いているわけでもなく、言われなければ彼女が機械人形であることに気づけないだろう。


「というわけで、この子を軍曹に預けます」

「それはいいけどさ。何をすればいいの?」

「一緒に住んでください」

「は?」


 ふざけているのか、この王女は。僕がこの人形と同棲? あははは――


「冗談キツいぜ王女様よ。僕は童貞だ。人形とわかっていてもこの子可愛いから、襲いたくなっちまうかもしれないぜ? それともまさか、この子に人権はないとでも言うのか?」

「お前がせ、性欲を抑えればいいだけの話だろう! というか機械人形に欲情するなんてマニアックすぎるぞ!」


 パスタちゃん、これは大事な話なんだ。発情するなら他の場所に行ってくれ。


「基本、兵器ですからね」

「こいつが兵器でも、こっちは平気じゃない。僕がこの子に性的な感情を抱くことがあるかもしれない。その時、こいつの尊厳は誰が守るのさ?」

「この子を人間と同じように扱いたいのか、貴様」

「当たり前さ。こいつが意思を持っているなら、僕はそれを尊重するよ」

「軍曹……」

「今のご時世、そういう趣味を持ったヤツはいる。そんな奴らから、こいつの人権を守る準備はできているの?」

「確かに、それは考えた方がいいですね」

「そうでしょ? 名前に姫なんて付けたのだから、《音楽姫ビートマタ》の開発者はきっとこいつ等を一人前のレディとして見ていたに違いないさ」


 だから軽々しく、本人の許可もなく同棲とか指示するのはやめてくれ。


「なあ、お前もそう思うだろう?」


 僕の背中に隠れながら、王女達を見つめるメジャーバトンの少女に声をかける。


「そんなこと、ない」

「どういうことさ?」

「私はチョージと、一緒にいたい」

「女の子が軽々しくそういうことを言うんじゃありません」

「本当、だもん」


 ああ、もう! そんな顔で見るな。僕が泣かしたみたいじゃないか。


「わかった! いいよ、僕の家に来い!」

「いいの?」

「お前は相棒だからな。許す!」


 少女の頬が少し緩む。そんなに僕と一緒にいたかったのか?


「むぅ……軍曹は、その子のお願いだけは聞いてくれるのですね」


 何だよ王女様。急に嫉妬するなよ。ドキドキするだろう。


「貴様、ロリコンだったのか! 本当にどうしようもないヤツ!」


 パスタちゃん。確かにこいつの容姿は幼い。しかし、それを理由に子ども扱いするのはいかがなものか。彼女だって立派なレディ、もちろん紳士的に対応させてもらうさ。


 さて。《音楽姫ビートマタ》の人権を王国軍に認めさせることは王女様に任せるとして――


「あ! そういえばさ」

「何でしょうか? 《音楽姫ビートマタ》のことで質問があるのですか?」

「いや、違うよ。僕が鼓笛隊長というからには、鼓笛隊が結成されるということだろう? 他のメンバーはどこにいるのかなと思って」

「ああ、そのことですか」


 そう。僕が任命されたのは鼓笛隊長、つまり指揮者だ。他に演奏者がいるはずだ。


「まだ、いません」


 へえ、いないのか。そうか。なるほど。よくわかった。そういうことか。


「え、いないの?」

「はい」


 おいおい。どういうことだ? 隊員がいなければ、隊長が務まらないじゃないか。


「わかった、わかった。王国軍が僕のような厄介者を隊長にするはずがないんだ。僕が任された鼓笛隊、まだ計画段階でしょ。軍は何も知らない、そうなんでしょ?」

「その通りです。これは私が極秘裏に進めていたプロジェクト、王国軍の人間はまだ何も知らない。この計画、王国軍全員が納得するとは思えませんからね」


 これは――どうやら僕は厄介なことに巻き込まれたようだ。ああ、面倒だ。


「いきなり僕を隊長に任命したから、おかしいとは思ったよ」

「隊長を辞める気ですか?」

「いや? というより、僕にその権利はないんでしょ?」

「もちろん」


 いいね、いいね。その笑顔。普段の凛とした表情もいいけど、その悪戯っ子のような顔、ああ、きゅんきゅんしちゃう。よし――いいだろう。


「どうせ王国軍に僕の居場所はないんだ。やれるだけやってやるよ」


 こいつとも出会えたし、な。


「あ! そうだ。こいつの名前を決めなきゃ」


 いつまでもこいつと呼ぶのは、彼女に失礼だろう。うーん……あ、そうだ。


「リール――にしよう」

「何か意味がある名前なのか?」

「旧文明の言葉で笑うっていう意味なんだぜ」

「き、貴様にしてはなかなかロマンチックな名前をつけるじゃないか」

「笑う、ですか」


 何さ王女様。何か僕に言いたいことでもあるわけ?


「リール――私はリール」

「リール・アンサンブル。気に入ってくれたか?」

「うん。ありがとうチョージ」


 先程の王女の笑顔と比べると無表情だが、リールはリールで可愛いじゃないか。


「貴様ぁ……また変なこと考えているのか?」

「パスタちゃんじゃあるまいし」

「私は! そんな変な考え事をしたことはない!」


 本当に? パスタちゃんはむっつりスケベだからな。気を付けないと僕の童貞が狙われてしまう。万が一のことを考えて、リールにも気を付けるように言っておこう。パスタちゃんが男も女も好きな二刀流だったらリールが襲われるかもしれない。それは大変だ。

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