第2話

 私と、カホとチエは「高嶺の花フラワーズ」と言われ、三人を妄想で想像し、楽しむ愛好会もあるらしい。部員数は男女あわせて五人はいるのだが、動機が不純なため、先生らは当然廃部にした。


 七月の期末テストがあったため、帰りの会を終えた後、図書室で勉強することにした。


 飛び級という制度がこの国にあったら、と思うほど私らの頭脳は優れていると思う。私らは図書委員のカホがこっそりと準備してある紅茶を飲み、三人で話をしている。


 宿題と予習も終え、私はオレンジに差し込んでくる夕暮れに見とれていた。


 ここいらの駅まで、都会と呼称する大きな駅まで四つ間がある。他の町からしたらちょうど住みやすい田舎ともいえるほど、田んぼや林が点在している。この学校は、まあまあ田舎よりの坂の上の公立高校だ。県外なら私立の方が柔らかなイメージがあるというが、この県では公立の学校の方が勉強も生徒のガラもいい。


「ユカ?」


 カホは問いかけた。その表情には勉強以外のことを心配をしている不安が含まれている。


 私はその不安をどう受け止めればいいものか、と少し構えた。


「ユカ……ってさ。男の子が好きだよね?」


 唇を歪めて言った彼女は、語弊が無いようにしようとしつつも、どう説明すればいいか考えていたらしい。カホは両手を目の前で振った。

「あの、私の弟なんだけど」


 ああ、と私は推察した。エイジという彼女の弟は背が高く、スポーツ推薦を取り、女性によくモテる。美麗。というイメージ。


 陸上部の一五○○メートルで県大会にも出場し、準優勝した。

「エイジさ。女の子より男の子が好きなんだって」


 エイジというのはカホの弟で、ユカもチエもカホの家で何度か顔を合わせたことがある。


 私とチエはなんとも言わなかった。どういう風に言えば、しっかりとした誠実さを表せるのかと、カホにとってもエイジにとっても。


 カホはもともと置かれているガムシロップと砂糖が入った容器を取った。座っている机の隅に置いてある。


 チエは行儀悪く口を開けたまま、何もない宙空を見ていた。で、すぐに私とカホの両者間の様子を窺った。


 私はエイジの同性愛者らしい美しさを見て取ることがあった。だがそれを指摘したり、私一人頭の中で解決をしようとすることは、あまり良い作法とは思えなかった。解決するには本人と第三者の意見と、本人の将来の展望を計算、逆算しなければいけない。


 私は、美しいエイジのロマンスを想像した。


 エイジはクラシックバレエをし、私とチエは客席でエイジが男役をしているのを複雑な思いをして眺めている。劇場内の女性の複数人が、エイジの美しさに息をのむ。


「エイジは小学生の頃までさ。普通に女の子が好きだったのよ」


 窓から漏れるオレンジの斜光が赤々としてきた。まだ五時になるにも早すぎる時間だが、たまたまだろうか。

「小学校中学校卒業までに六回くらい告白されて、全部断ったのよ」


 私は贅沢だな、と口の中で少し嘲る。

「チエはなんか、そういう経験ない? 異性同性に限らず」


 カホはふーん、と唸り、両手のひらをアゴに乗せた。興味はあるようだが、どうやってエイジが普通という道に戻せるか、または彼が傷つかないようにすればいいか、ということを思索しているようだった。


「でさ」


 カホは更に気難しそうに眉間にシワを寄せて言った。


「ある女の人だけなら、愛すことができると言ったのよ」


 私は持った紅茶をコップから少しだけこぼした。


「へえ。どういう人?」


 私は問題が解決したように明るく、快活に言った。


「……」


 カホから漏れ出た言葉は人に伝えるにしてはしっかりせず、音調に力がなく、人差し指で押しただけで、揺らぎそうな波長だった。


「ユカ……あなたなのよ」


 飲んだお茶はとても熱く、喉を通るとき痛みが通り、しかめ面をしてしまった。



 ごめん。


 そう言ってカホは椅子に座り直した。


 チエは何も言わなかった。自分の腕を枕にして、ぼうっと窓側の明かりに見入っていた。


 チエは紅茶から漏れた水の玉でなんらかの字を書いていた。


 私はその文字を書く指のマニュキアのつやめきを見た。


 そして混乱する私の友達の弟について、なにか弁解でもしなければいけないかのように、私は頭が混乱状態だった。


 私は自分を美人だと知っている。中学は男子からよく告白された。

 初め私はバツゲームか何かと疑ったが、男子生徒のまっすぐ潤った目の熱い力に対し、私は率直に付き合えないと言った。たまにデートをしてみたりもしたが、大抵長続きしなかった。


 大体その時から、いや、段々と私は恋愛には誠実な相手への思いやりが大事ということに気づいていった。


 良いことか悪いことかは分からないが、私の恋愛観とか人生観とか人に対する姿勢というものは、リーダー的という言葉そのままに、しっかりと堅固なものに出来上がっていた。


「あの、でも、なんで私なの」


「分かんない」


 カホはいつもと違って荒々しく、気品というのが少し損なわれていた。長いロングの黒髪をガシガシとちょっとかき乱し、目尻は涙で潤っていた。


「エイジくんは、その話について私が知っててもいいの?」


「いいえ。特にそんな話はしないし、言っていいかも訊いてない」


 少しの沈黙の後、チエは二人に言った。


「エイジくんもまだ思春期でしょ。高校生にもなったばかりじゃん。お父さんに聞いたことあるんだけどさ。中学の頃って、恋愛の対象が同性てなことはよくあることなんだってさ?」


 カホはそんなもんかなぁ。とか、どうにも動かせない物事に諦めでもついたかのようだった。そして、友達に理解してもらった安心感からか、涙を拭いて少し微笑んだ。


「それに、ユカだって相手ができて喜ぶべきことかもよ?」


 私は苦笑した。


 相手は年下だぞぉ?


 と頭の中でエイジくんの日焼けして、力強い脚の筋肉の筋の力強さを思った。


「まあ、はっきり言ってさ。私、ずっと溜め込んでてイライラっていうか。私の弟はなぜ、なんでもできるのに、良い将来が待っているのに。って、ずっと考えてたんだ。お父さんとお母さんには言うな、って言われていたしね」



 そう言ったカホの微笑に私はちょっと笑った。


 カホは問題がほとんど解決していなくても、私らに話せたことで、入っていた緊張した力が一気にほぐれたようだった。


 それから三十分くらいずっと勉強して、某国立の赤本をコピーしてきて問題を解いた。全員いい具合の点数を取った。


 特に巨乳のチエは数学が著しく良かった。もちろん普通、高校二年生である生徒は、赤本に掲載されている問題の三年の部分は解けない。まあまあ厳しい教育を受けたから私らは問題ない。


「少し休憩しない?」


 テキストに集中していた私はチエの声が唐突で驚いた。


 私は少しの間、エイジくんのことを考えていた。エイジは普段、私のことをどういう風に想像しているんだろう。私でエッチなことを考えるのだろうか。それとも私が男性的な性格を持っているという意味で好きなのだろうか。


 チエは小さな背を背もたれに思い切り伸ばし、冷めつつある紅茶を飲んだ。


「どこの大学行く?」


 何気ない会話の狭間には、私らが考えなければいけないこと。大学や友達との離散。世間という勢いに対するべき事が増えている。


 高校の学校の始まりと学校の終わりまでに、そういう不安が全員に繋がって続くのだ。


 しっかりとした話にしようとしてもできず、厳しくて自由なイメージの大学の理想くらいしか私ら高校生は話せなかった。そして私らは金銭の面を無視すれば、近場か、国立大学などに行くだろう。


 私が特に思うには、その道の先にあるのはきっと誰も想像できないだろうということだ。

 入学する大学は職業すべての指針の大体を決定づけさせる。


「大学って国立にする? ○×大学にする?」

「さあね」


 と、カホは図書室にある本を数冊取って拡げた。それはとても大きい写真集で、海洋生物について大きく細かく紹介されていた。(私は写真集など買うことがないから、写真集の色や紙質は、明確なイメージとして頭の中に存在していなかった)


「エイジに会ってあげてみる?」

 と、カホは自分のことではないように言った。さっきの心配が再燃するか心配だった。


「どうせならエイジの友達と、私ら三人で会ってみよう」

 カホは口にして案外それが良いアイデアと思い始めたのか、明るい気分で帰った。

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