第36話 王都ゼフィラ
転移先は広場のような場所だった。
周囲を見渡すと、武防具屋、鍛冶屋、教会、そして…あれは多分魔道具屋だろうか。ともあれ、主要な施設は全て目に入る位置にある親切設計だ。
また、大きさが疎らな建物群も目に入る。これらは貴族の邸宅だろうか。いわゆる貴族の豪邸のような無駄に広い敷地を牛耳っているものはパッと見は見当たらない。それぞれの建物にはあまり統一性はなく、それぞれの家系の趣味嗜好が割と出ているように見える。
そして、何より遠目には高く聳え立つ壁が見える。いわゆる城塞都市というやつだ。
率直に言って、全く煌びやかさは感じない場所だ。最前線という話は聞いていたが、王都や貴族という言葉とは程遠い。
とはいえ、戦うための機能のみを追求したピリピリした雰囲気というわけでもなく、往来を歩く人々からは常に生き死にの狭間にいるような緊張感ではなく、上流の生活を送っている人間特有の余裕が感じられる。
「王都ゼフィラへようこそ、で合っていますかな?」
そのように王都をきょろきょろと観察していると、身なりの整ったおじ様とでも言うべき男性から声を掛けられる。
「わたくし、そこの武防具屋で店主をやっているジュド・マイヤーと申します。
店の運営も例に漏れず貴族がやっているようだ。そして、貴族と言っても特段お高く止まっている面倒な相手というわけでは無さそうでホッとした。初対面時の二コラの態度が貴族のデフォルトじゃなくて本当に良かった。
「アルビダ・オーダーのアリマと申します。以後、お見知りおきを。」
「ふむ、なるほど。あなたがあの…
それでは、少しばかりお時間を頂いてもよろしいでしょうか。」
あの…に続く言葉は
王都にまで悪名が轟いていたのか、と思ったが、発信者が二コラならそれも仕方ないか。幸い、それを理由に爪弾きにされることはないようだ。
そのままジュドさんから簡単な案内を受ける。
遠目に見える最も煌びやかな建造物はどうやら王宮のようだ。どうやら、この国にはユグドラシル王家という王族が存在し、ここ王都ゼフィラは王家が使う結界魔法…まぁ、バフの一種の範囲となっているそうだ。随分と壮大な話だが、実際に王都を囲っている城壁は王宮を中心とする円周を成しているようだ。
「S級1位のギルド名がユグドラシルですが、王家と何か関係があるのですか?」
「ふふっ、ええ、ありますよ。リーダーこそ他の方に任されていますが、ユグドラシルの魔導士は第一王女のオリーブ・ユグドラシル様なのですよ。ギルド名を付ける際、ご本人はかなり嫌がったそうですが、リーダーのアレス殿が譲らなかったとのお話で。」
そう言いながら、ジュドさんは上品な思い出し笑いを浮かべる。
その後、教会、鍛冶屋、魔道具屋、そして周りの不均一な建物群がやはり貴族の邸宅であることなど説明を受け、いよいよ本題を切り出される。
「そして、ここが私の武防具屋というわけです。早速中を見て行かれますか?」
正直、非常に手の込んだ客引きにも見え、その手の店は現実世界では問題のある店であることが多いわけだが、他に武防具屋があるようにも見えないため、素直に従うことにした。
中に入っても屈強な男に囲まれて金をせびられることなどはなかった。優しい世界だ。
店番をしていた青年が代わりに出て行き、ジュドさんが見守る中品揃えを確認した。
品揃えとしては、1000万Gを下限とし、高額品は2億G近辺までは満遍なく存在する。そして最も高い品物は5億Gの杖だった。
ただ、この5億Gの杖というのが冗談のような代物だった。魔法を10個までセット出来、1つずつにフルコストの魔法をセット出来る特別な品だ。御大層なことに「ザ・フェイスレス」などという名前まで持っているらしい。
10個は過剰にしても、杖1本で様々な魔法を使えれば便利は持ち換えのタイムロスが無いので便利は便利だが、問題は最大コストの低さだ。
億超えの杖としてはあまりにも残念な魔法しかセット出来ないため、実用性は皆無と言えるだろう。
「あの、これより良い品物は無いのです?」
失礼かもしれないが、思っていたより店売りの上限がかなり低いというのが正直な感想だ。
A級上位なら端金で買えそうな代物しか置いてない。当然、今買えるわけではないが、上限を把握しておきたい気持ちはある。特別な取引があることを予想して、予め聞いておくことにした。
「おっと、ここにある品はお気に召しませんでしたか?」
「いえ、いくつか気になる品はあるのですが、これから先の計画を考える上でどのような物があるのか出来れば知っておきたいと思っております。見たところ、ここにある品はA級の…上位以上の方が買われるには安価過ぎるかなと思いまして。」
「ふむ。なかなか鋭いお方のようだ。そうですね。然るべきタイミングでこちらから切り出すつもりだったのですが、実のところ私の方で提供できるのはこれらの品々だけではございません。」
「…というと?」
「先に断っておきますと、商品として取り扱っているものはここにあるものでほぼ全てとなります。このザ・フェイスレスもそうなのですが、ここで取り扱っているより高度な品は製造技術が確立されておりません。
このため、これ以上の品を求められる際には特殊な素材を用意して鍛冶屋に依頼する、上位のパーティー同士で融通する、そして貴族とやり取りして頂き、宝物から手に入れるという形になるのが一般的です。
実はわたくし、この王都での生活が長く、貴族との親交も厚いものでして。ここにある品では不足を感じられる方にはいくらばかりかの仲介料を頂き、交渉相手として相応しい貴族の方をご紹介させて頂いているのです。」
なるほど。武防具屋としてもこれからお世話になるだろうが、こうなってくると情報収集の相手としても重要になってくるかもしれない。
購入計画を考えるため、一旦他の施設も見て来る旨を告げると、ジュドさんが恭しく一礼した。それを確認し、一番気になっていた魔道具屋へ向かった。
魔道具屋は外観も店というより魔女の家と言った方がしっくり来るものだったが、店の中も薄暗く凡そ商売をしようという意志は感じられなかった。
その雰囲気に委縮していると、不意に声を掛けられる。
「おや、お客さんかい?うちの可愛い子供たちをよく見て行っておくれよ。」
声の主は不気味な雰囲気の老婆だった。もう、完全に魔女の館だ。
そこにいればいる程不安が募っていくばかりだったが、商品を見始めると意識は全てそこに持っていかれた。
まずこれまでの道具屋にもあったようなバフアイテムだが、これの実用性が跳ね上がっていた。各ステータスを150上乗せするのが基本で、他のステータスを下げることで200上昇させるものまであった。例えば魔導士なら攻撃力は不要だったりするわけで、各々で使い分ければB級上位のプリーストのバフ程度の恩恵は得られそうだ。
とはいえ、俺がバフを掛けるよりは効果が低く、戦闘中に俺以外の手が空く場面は少ない。使用までのラグも詠唱と比べて格段に優れてはいなそうで、これは流石に使い道は無さそうか。
装飾品に関しては現行の装飾品までは市販されていたが、その先が置いてあるわけではなかった。今持っている装飾品群はA級においてもかなり質が良いらしい。
とここまでは特段俺を魅了するようなものは無かったのだが、それ以外のいわゆる「魔道具」群には夢が膨らんだ。
まず、魔物を興奮させたり、嫌いな臭いを発して遠ざけたりするする香だ。
特に知性の低い魔物に有効で、攻撃を故意に誰かに…うちのパーティーなら主にルージュに集中させるのに使える。消耗品ではあるが、1回分で1万Gと端金で買えるので金額も気にならない。
しかし、香は分かりやすい有用品で勿論素晴らしいのだが、本当に面白そうなのはどう考えてもピーキーな魔道具群だ。
普段の切れ味は
それと合わせることを露骨に想定されていそうな自身の現在HPを半減させる魔法の毒薬。
どんな攻撃でもそれが物理攻撃なら一撃だけ肩代わりして代わりに壊れてくれる装飾品の人形。
特定の形に配置することでその魔法陣の内側の攻撃魔法の効果を増幅させる魔法石などなど。
価格の問題があり、香以外は今は費用対効果が合わなそうなものがほとんどだったが、中でも飛び切り目を引いたのは、相手の物理攻撃を受けた際に相手諸共巻き込んで爆ぜる装飾品の魔導爆弾だ。爆発の火力は非常によく調整されており、魔法防御を十分に対策していない人間なら確実に爆死するが、強力なバフを掛けていれば大怪我ぐらいで済みそうだ。
爆弾に見蕩れていると、リリカが恐る恐る、他人行儀に声を掛ける。
「あのー、アリマさん?一体何を見てらっしゃるんですかね?」
「見てくれリリカ。この爆弾、素晴らしい設計思想だ。特化プリーストのバフとそれ以外とのバフの差分を的確に利用した爆発力で設計されていて、敵の意表を突いた戦線の瓦解や敢えて存在をアピールすることによる抑止力として極めて有効に機能することが予想出来る。これは…買いだ。」
「えと…流石にそれは出来れば装備したくないなー、などと思うのですが。」
「あー、勿論、みんなに装備して貰う予定は無いさ。というより俺もこれを積極的に使う予定は無い。爆発ダメージは決して軽くないし、消耗品として扱うには値段も張る。本命は、これを持っていることによるスピードアタッカー…いや、ほぼ名指しでジェイスへの牽制だな。」
それを聞き、リリカは元より、遠巻きに警戒していたルージュとナッシュもホッと胸を撫でおろす様子が確認できた。
…いくら俺でも仲間を人間爆弾にして特攻させるようなことはしないが、こいつならやり兼ねないと思われているのだろうか。
んっ?
いや、仲間以外なら上手いこと利用して兵器運用することは可能か?
いやいやいや、そんなギルティ思考をするから仲間から危ない人だと思われるんだな、うん。自重しよう。
ともあれ、一旦魔導爆弾と大量の香を購入し、100万Gを支払った。
香を買う旨を告げている際には事務的な対応だったが、魔導爆弾を購入する旨を告げた際、老婆がニヤリと笑ったのを俺は見逃さなかった。
…多分、この老婆とは仲良くやっていける気がする。
その後、ジュドさんの店に戻り武器を武器を新調することにした。
今後の戦略を考える上でルージュの回避を中心に組み立てることを考え、一旦ルージュの装備更新を最優先にした。購入したのは6000万Gの片手剣、風光明媚だ。
名前の通り、極めて美しい刀だ。その刀身はあまりにも細く、実用より美術品としての価値を重視したものかと見間違う程だ。この美しくも儚い形状に実用性を持たせているのは恐らく魔術の類で、柄に意味ありげな形状で散りばめられた宝石の紋様が刀身に掛けられた魔術と増幅し合っているように感じられる。
その性能も勿論折り紙付きで攻撃力+200%、速度+25%と金額に見合う素晴らしいものだ。
こうして、これまで半ばなし崩し的に頼りにしてきたルージュの回避を明確に戦術の主軸に据え、A級としての仕事を進めて行くことにした。
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