第34話 品格

暫くするとオークロードだけでなく、周囲のオーク達も光球となり、輝く。

相当数のモブオークを倒したが、それらが一々アイテムを落とすとすると少し管理が面倒だと思っていた。今回のクエストをまとめて凝縮した形で報酬が供給されるようだ。

最早実質無限と化しているポーションの類などは放っておいて、目ぼしいものを挙げると、タイタンリング、グレートソード、精霊銀の盾、そして、オークロードの肉だ。

最初に訪れた感情は安堵だった。戦いの最中だというのに、リリカの魔法が強力過ぎて肉が焦げてしまったのではないかという心配が心の中に芽生えていたことを俺はここに自白する。幸いなことに、それは杞憂に終わった。助かる。

肉の安否が気になっていたため、意識がそこに向いてしまったが、これらの中で群を抜いて有用なのはタイタンリングだ。

残念ながら実際にタイタンが身に付けていたものというような伝説の装飾品の類ではないが、伝説の巨人タイタンに捧げる貢物として名に恥じぬものを目指して職人が作った由緒ある品とのことらしい。金細工の腕輪に大小様々なルビーが散りばめられた逸品となっている。タイタンが身に付けるなら指輪になるだろうが、ちゃんと人間が付けることを想定してブレスレットの体を取っているのはご愛嬌だ。

効果は力+25となっており、リリカのヴァンパイアハートに対応する価値を持っているだろう。これでさらにナッシュの火力が上がる。

次にグレートソードだが、これは両手剣の一種だ。ただ、ナッシュのツヴァイハンドベッサーと比べると格が劣るもので、攻撃力+280%という品だ。グレートなどと銘打たれている割には名前負けしている気がする。まぁ、ギルド内には欲しがるメンバーもいると思うので、そこそこ良い換金アイテムという程度だろう。

精霊銀の盾は格としてはグレートソードとトントンぐらいの盾だが、パーティーとして盾をこれまで軽視してきたこともあり、手持ちの盾の中では最も優秀な盾となる。性能は物理防御+50、魔法防御+50、ダメージ-20%だ。まぁ、緊急回避用として実用圏内だとは思う。


ともあれ、これでめでたくA級に昇格だ。

ロードの攻撃は熾烈であり、少しボタンが掛け違っていたら苦戦になっていたかもしれないが、終わってみれば誰一人大きなダメージを負うことのない完勝だった。これはルージュの手柄に因るところが大きい。

序盤は俺がバフの魔法に掛けた一工夫による優位性が大きかったが、ここに至ると防御面の優位性はバフの強力さにはない。ここから先、知能の低い相手に対してルージュの回避を主軸とした戦術が有効になってくる局面は増えると確信している。

さて、そんな今日の英雄もお待ちかねのことだろう。戦利品の肉を持って凱旋だ。


「お疲れさん。しかし、あっさりと成し遂げちまうもんだねぇ。」

「はい、成し遂げて来ましたよ。」

俺はニヤリと笑いながらオークロードの肉を指し示す。

「そういう意味じゃなかったんだけどね。」

お頭は屈託なく笑いつつそう言うと、商売人のそれのような真剣な目つきに変えて言葉を紡ぐ。

「200万Gでどうだい?」

「売った!」

正直、いくらで提示されても渡すつもりだったので、これは茶番だ。

お頭もそれは承知しているだろうが、恐らくは適正価格を提示しているであろうと思わせる真剣な顔付きだった。

この辺りはプライドに関わる問題かもしれない。

しかし、ワイバーンの肉と込み込みのミノタウロスの肉が2万Gだったのにオークロードの肉ともなるとここまでインフレするのか。グラム云万円の肉などという伝説の肉を都市伝説と笑えないような金銭感覚になってきて困惑する。

「まぁ、A級ともなると色々とまた話さなきゃいけないことも多いんだがね、その辺りの話は明日にして、今日はお祝いと行かないかい?」

お頭の問いに首肯すると「では、メインディッシュの調理があるので、後は任せた。」と宴の進行を丸投げされてしまった。


宴会場である酒場内に入ると、大勢のメンバーが始まりの合図を今か今かと待っていた。

俺達は中央に立ち、開宴の挨拶を始める。

「先程のオークの巣穴掃討及びオークロードの討伐を持ちまして、無事、我々はA級ギルドの仲間入りを果たしました。」

定型で言える内容を述べたところで、俺は次の言葉に詰まる。

A級が皆にとって、この世界にとってどれだけ重大なことなのかが解らず、温度感を測りかねていた。

流石に、この後「それを祝いまして、乾杯!」というのは味気無さ過ぎて問題があるのでは?

そんな風に悩んでいると、リリカが助け舟を出したそうにこちらを見ていたので、頷く。

「A級ギルドともなれば、待遇も、果たすべき役割も、期待も変わって来るでしょう。

ですが、わたし達はこれまでも恥ずかしくなるような行いをして来たでしょうか。

惨めな志で戦って来たでしょうか。

違いますよね。

驕ることなく、しかし、遜ることもなく、これからも、これまでと同じ気持ちで戦って行きましょう。」

そう言うと、リリカはナッシュとルージュに目で合図する。

「「じゃあ、みんな、杯は盛ったか/かい?」」

「「乾杯!!」」

2人が息ぴったりの号令を掛けると、宴会が始まった。


今日も安定して美味しそうなミノタウロス料理を中心に取り皿に入れながら、リリカに声を掛ける。

「いや、助かった。」

「まぁ、アリマはA級がどうのなんて言われても困っちゃうよね。」

リリカがくすりと笑いながら返す。

「詳しくは明日お頭が話してくれると思うけどね、A級になると王都に行けるようになるの。

王都は上位の冒険者と貴族しか入れない場所だから、みんなちょっと気負ってそうに見えてね。

だからほんのちょっぴり背中を押したくて、ちょっと偉そうな話をしたのでした。」

そう言うと恥ずかしそうに顔を赤らめて下の方を向いた。


そのあまりにも可愛らしい仕草に俺は危うく挙動不審になり掛けたが、そんな俺に助け舟を出してくれる救い主がいた。

場を支配する何となく甘ったるい雰囲気に少年は声を掛けてよいものか悩んでいるように見えたため、俺の方から救い主様の手を掴むことにした。


「ウィル…か?」

「はい!覚えて頂けているなんて、感激です!」


B級昇格前日に俺に話しかけてくれた、プリーストの少年だ。

リリカの方も後輩と積もる話があるようなので、メインディッシュが来るまで各々の弟子達と話を弾ませる方針で別れた。


引き出されるままに一通り俺の武勇譚を聞かせると、ウィルは表情をころころと変えてそれを楽しそうに聞いてくれた。良いタイミングで不快にならない程度のヨイショをしてくれるので、ついつい話が進む。この子には俺が持ち合わせてない才能を確かに感じた。

逆にこちらの方からウィルに調子はどうかと聞くと、予想外の答えが返って来た。


「よくぞ聞いてくれました!なんと、僕たちのパーティーもつい先日、ミノタウロスの討伐に成功したんですよ。今日のミノタウロス料理、実は僕たちの戦利品も混じってるんですよ。」

「おぉ、なかなかやるじゃないか。将来有望だな。」

俺が素直な感情を言葉にすると、ウィルは照れながら「いやいや、師匠の教えのおかげですよー。」と人懐っこく返す。

いや、しかし、実際に凄いことだ。まだB級に到達していないプレイヤーだっているのに、俺の後輩がこんなにも成長している。

嬉しさも相俟ってこの前は基礎知識だけだったが、俺は現時点で把握しているより高度な内容をウィルに教え込んだ。


そうしているうちに、お頭が部屋に入ってくる。

「お待ちかねの品だよ!

功労者御一行には専用の皿があるから集まっておくれ。」


さぁ、俺にとってもお待ちかねの品だ。

ウィルに軽く挨拶を済ませてからテーブルに集合する。


「これはオークロードの肉の中で最も人気のある、肩ロースのステーキだ。

オークロードは図体こそでかいが、表皮に近い部分は硬くて食べられたもんじゃない。だから見た目ほど可食部分は多くないんだが、その中でも希少な部位だ。

こればっかりは本当に量が少ないから、功労者のお前さん達専用の皿としてまとめさせて貰ったよ。

さぁ、熱いうちに召し上がれ。」


お待ちかねの品は見た目は普通の美味しそうなポークステーキという感じだったが、鼻を近づけずとも甘い誘惑が香って来る。

ナイフを入れると驚くほど簡単に切れる。これ程きめ細やかな肉は生まれて初めてだ。

そのまま口に運ぶ。

瞬間、脳に電流が走る。

甘味だけではない。獣独特の力強さを伴った独特の味わいが口腔を満たす。

断言する。

これは、肉の味などではない。幸せの味だ。


「ん~~~~~~~~」

俺が幸せそのものを食しているとリリカとルージュが如何にも女の子が美味しさを表現するような声と表情で目をときめかせていた。リリカはイメージ通りの反応という感じだが、ルージュのこの反応は可愛らし過ぎて些か解釈違いだ。

まぁ、それ程までにこの肉の魔力は凄いということだろう。

ナッシュも首をうんうんと縦に振りつつ幸せそうな表情で楽しんでいた。


俺も幸せの続きを楽しむべく半自動で口に肉を運ぶ。

美味しい。

本当に美味しい。


…だが、それ故に何切れ目かを食べた時に違和感に気付いてしまった。

人間の罪深さそのものとでも呼ぶべき感情が俺の脳を支配する。


―――もっと美味しくすることが出来たのでは?


人間は幸せの最中にあっても、いや、幸せの最中にある時ほど貪欲に欲してしまうのだ。

オークロードの肩ロースステーキ。

確かに本当に美味しい。100点満点で問われれば99点は付けたくなる最高の料理だった。

だが、絶対に100点ではないと本能が感じてしまった。

言うなればこれは、高級な肉を自宅で調理した際に感じる物足りなさだ。

素材は最高に美味しい。調理も良く出来ている。

だが、素材のレベルに調理のレベルが明確に押し負けている。

このクラスの肉にはそれに沿ったレベルの調理が求められるのだ。

お頭の調理スキルは決して低くない。どの料理も美味しく出来ているし、この肩ロースステーキの焼き加減も絶妙だ。

だが、足りない。

この残り1点分の物足りなさが、さながら肉が残した怨嗟のように脳に纏わりつく。

美味しい。だが、もっと美味しくなれた。

何故もっと美味しくしてくれなかった?


満足か不満かと問われれば満足だったと即答する。

最高に美味しかった。人生で最も美味しかったポークステーキを更新した。

無条件に最高に美味しかったと全身で表現を続ける仲間の姿に「俺もそう思う」と笑顔を振り撒いて相槌を打つことに罪悪感は無かった。

だが、前回最高の料理を提供してくれた店を身内に紹介した際に、前回よりやや劣るが最高品質の料理を振る舞われた際に感じるようなちょっとした疎外感を感じざるを得なかった。


お頭はそんな俺の僅かな機微に気付いたのか「やっぱり感じちまうみたいだねぇ」と小さく呟く。

そして、

「A級になると王都のお抱え料理人に教えを仰ぐことも出来るんだ。明日からはもっと飯が美味くなるから覚悟しとくことだね。」

と俺達に魅惑的な言葉を投げつけた。

これから広がるA級の世界に俺も期待を高まらせざるを得なかった。

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