第33話 挑戦

A級への挑戦にはB級までとは明らかに異なる問題があった。

B級はC級までと比べて難度に差があり過ぎるという問題はあったが、グリフォン、キマイラ、ミノタウロスの討伐ような解りやすい道標があった。しかし、A級にはどうにもそれがない。

A級のクエストはクエスト達成報酬1000万Gを下限とし、最高値だと2億Gにも達するようだ。これまで俺達は討伐依頼ばかりをこなしてきたが、A級では討伐対象の多くがネームドの魔物となっていた。同様の討伐依頼が複数立っている=固有個体が対象となっていない討伐には、ベヒーモス、バジリスク、マンティコア、ガルダなどがあったが、最も報酬が低いガルダで2000万G、ベヒーモスに至っては5000万Gとなっていた。

なお、ロード種であるため同程度の個体なのかは怪しいが、先程の討伐でラスボスとして君臨していたワイバーンロードの討伐報酬は最安値で3000万Gとなっていた。アレにうちのパーティーだけで今勝てるかはちょっと自信が無い。

では報酬1000万Gの依頼は何かというと、どれもこれも巣穴の掃討依頼となっていた。成功条件は巣穴の主の討伐≒ロードの討伐だ。ここへ来てついに強い個体を引かないことを祈るロードガチャから逃げられなくなってしまったようだ。


「ワイバーン討伐の5000万Gは路地裏ギルドで使うには少し大き過ぎる。これはA級到達後の装備更新資金と考え、このままA級クエストに挑戦したい。内容はオークの巣穴掃討を考えているがどうだろう?」

「わたしはそれで良いと思う。オークロードは物理も魔法もある程度使えるけど、どちかといえば脅威が物理に寄っていることが多いから、うちのバフの偏り具合にも合ってるんじゃないかな。」

リリカが俺の思考を代弁する。

ルージュ、ナッシュも問題無いという反応を示すが、ルージュは少し気になることがあるようだ。疑問を口に出すよう促す。


「…もしかして、オークロードの肉って高級食材だったりするかい?」

飯の話だった。捕らぬ狸の何とやらという感は否めないが、俺も気にならないわけではない。お頭の方を見る。

「…討伐が終わるまでは黙ってるつもりだったんだけどね。購入の準備は出来てるよ。」

お頭とルージュが目と目で通じ合った。

その既に勝ち終わったかのようなやり取りに多少の苦笑いを浮かべつつも、俺も楽しみではあった。豚の飼育にはストレスを与えないよう広い場所に放牧することで赤身の質と脂身の甘みを増させる手法がある。オークロードはその強さ故に最もストレスを感じることなく、自由に育った個体ということになるわけだが、果たして?

これまでの食事は、現実世界で食べたことのあるまぁまぁ美味しいものとせいぜいが同程度。特に感動することもなく、そこそこの美味しさをここでも体験出来ることに安心とありがたみを感じる程度だったが…もしかしたらオークロードは俺の想像を超えてくるのではないか。


そんなことを止め処なく考えているうちに、俺の顔は苦笑いの表情からニヤけ笑いの表情に変化していた。…そのことを気付かせてくれたのはリリカの訝し気な表情で、そろそろ真面目なアリマさん像は危機に瀕している疑惑がある。


「おほん。ともあれ、だ。基本的には大丈夫な相手だとは思うが、相手はロード種だ。とんでもなく強力なハズレ個体を掴まされてしまった場合、即断して逃げる必要がある。

危険が大きいのは前に出るルージュとナッシュだ。だが、ルージュが危機に瀕するような状況は見た瞬間に駄目だと解る。ルージュが何発も被弾して大きなダメージを負うような相手は論外だ、戦うべきじゃない。

だから、判断が難しい撤退の基準としてナッシュに合図を送って貰いたい。敵の攻撃を受けて体に異常を感じたり、何発か貰ったら危ないと感じたら首を横に振って合図してくれ。それを確認したら俺は最速で転移石を起動する。」


ナッシュは重々しい表情で頷く。

これから挑戦だというのに生まれてかけていた緩んだ空気は無事引き締まったので、バフを掛けてからクエストを開始した。


転移先は山肌に出来た洞窟の入口だった。

中がどうなっているかは解らないが、少なくとも入口は天然の洞窟といった感じの舗装されていないものだった。

中は当然暗いが、ライトスフィアを使えば歩くのに全く支障はなかった。

当然、こんなものを煌々と照らせば「敵がここにいます」と知らせているようなものなので、モブオークが何体も襲い掛かってきたが、ロードとの戦闘中に後ろから狙われる方が面倒臭い。逐一処理して進んだ。この露骨な誘蛾灯を警戒して罠を仕掛けて待つような脳みそを相手が持っていないことに安心しつつ進む。

また、この手の洞窟にはトラップが仕掛けられている可能性も0ではない。だが、この世界には罠を見破る専門職が存在しない。そして、そもそもオークがロードの攻撃よりもエグい罠を仕掛けられるとも思えない。バフを貫通して大怪我するような罠を仕掛けられるオークなんてこちらから願い下げ、即帰還するだけなので、トラップは気にせずに進んだ。


そこそこの数のモブオークを屠り、それなりに進んだその最奥で明らかに「この先ボスの間」とでも言わんばかりの扉があった。オークが建て付けたのだとしたらなかなか感心してしまうが、洞窟の規模、モブオークの数やその強さから想像するに、そこまでよろしくないロード個体は引いてないのではないかと邪推する。


バフ更新を行ってから扉を開くと、玉座と思しきものにふんぞり返っている偉そうな個体と、それに傅く4体のオークの姿があった。

偉そうな個体…恐らくはロードが顎で指図すると4体のオークが向かってきた。

各々が装備を持っており、それぞれが剣士、騎士、プリースト、魔導士の役割を持っていることが予想出来る。

プリーストのバフを受けると剣士が突っ込んでくる。こちらはルージュとナッシュを魔導士へと差し向け、剣士は最軽量化済のサンダーゲイルで迎撃する。

魔導士への攻撃には騎士が立ち塞がるが、これをルージュが斬り付けて注意を引いてからナッシュが両断する。ルージュはそのまま魔導士を斬り付ける。

単体では役割をこなせない魔導士、プリーストのオークは破れかぶれで殴り掛かって来るが、それで突破出来る程こちらのバフは弱くない。そのまま魔導士をルージュが、プリーストをナッシュが絶命させる。その隙にリリカは本命の杖に持ち換え、ロード戦に向け集中を開始する。

特別弱かったということは無いだろうが、どう甘く見積もっても個々のオークの強さはB級下位程度だった。流石に苦戦する要素はない。


その様子をロードはずっと楽し気な様子で眺めていた。

全てのオークが命を失うと、感嘆した様子で拍手をしながら立ち上がる。

全長は4m程だろうか。これまでのオークはせいぜい2m程度だったので、大きさからして特別さが解る。

そして、何より部下の死への感情が無い。オーク社会については俺は何も知らないが、部下が倒れることへの焦りが感じられないことからは、ロードが個体として圧倒的過ぎて他の個体の生き死にに興味が無いことが伺われる。

青龍偃月刀のような武器と巨大な盾を構えて豚と猪を合わせたような二足歩行の怪物が声を上げ、動き始める。


「ブォォォォォ!」


声を上げると同時に全身に薄白いオーラが浮かび上がる。大丈夫、これはミノタウロスで散々見たので驚きはない。

加えて、この手の怪物が見た目に反して動きが早いというのもいい加減見飽きたので、突然の俊敏な動きも警戒したが、オークロードの動きは比較的遅かった。ルージュには当然当たる要素が無い。

ロードの剣撃をナッシュが刃の部分を避けつつ大剣で受けた。大きな衝撃はあったが表情に翳りは無く、俺の目を見て頷く余裕もあった。とりあえずは問題無さそうだ。

ただ、攻撃となるとなかなか攻めあぐねる相手だった。盾が大き過ぎてロードの緩慢な動きでもナッシュの剣撃は受け切られる。

ルージュが裏に回って斬り付け始めると、ロードは偃月刀を大きく振り回す。全員が問題無く躱したが、そもそも斬撃が目的ではなかった。軌道上にいくつもの光球が浮き上がり、かなりの速度でルージュを狙い撃ちし始めた。それすらもルージュは躱す、躱す、躱す、躱す。そして余裕が生まれれば斬り付ける。

これにオークロードは怒りを露にした。盾を捨て、手の平大の暴風纏った球を地面に投げつける。これは影響範囲が大きく躱し切ることは出来なかったが、直撃を避けたため、バフの恩恵もありほとんどルージュの行動に影響を与えることが出来なかった。

その後、オークロードは両の腕で偃月刀を振るうようになった。

先程までの緩慢な動きとは打って変わり、かなりの速度となったためルージュ以外を狙えば直撃もあったように思う。だが、ロードはさながら耳元で飛び回る蚊を殺せない人間が如く苛立ち、ルージュを狙い続ける。しかし、偃月刀の連撃も、その軌道から生み出されるエネルギー弾のような魔法も、ルージュに当たることはなかった。

そうしているうちに隙を突いてナッシュが渾身の斬撃を加える。それでもロードの体幹は崩れなかったが、明確に表情が歪んだのは確認出来た。


「ブォォオオオオオオォォォ!!!」


ロードが怒りに任せて雄叫びを上げた。

そう俺には思えたが、その後、ロードがニヤリと笑ったかと思うと、周囲のオーラが薄緑へと変わる。バフの切り替えだった。経験的に恐らく物理防御から魔法防御への切り替えだ。予想より何倍も狡猾な猪豚の王に俺は驚きを隠せない。


「―――カラミティフレア」


ロードのバフの張替えが終わった直後、リリカの声が響く。心なしかいつもより声が力強い。

ロードのバフ張替えのタイミングは完璧だった。こいつは下手な人間より余程戦い慣れている。…だが、ロードはこの魔法の破壊力についての読みを外していた。


ロードを中心にエネルギーのようなものが収束していく様子が見えた。

次の瞬間、眼前が白に満ちる。

あまりの光量に目を開けているだけでも辛い。


途中からは辛うじて薄目を開いてだが、一部始終を見ていたはずだ。

しかし、結局爆心地で何が起きたのかを視認することが出来なかった。

黒煙を上げるオークロードの焦げ具合からオークロードの中央、先程エネルギーが集中していた付近を中心に爆発が起きていたことが予想された。

それでも偃月刀を振るおうとロードが動くと、握っている部分からボロボロと崩れ出し、零れ落ちた刃が地面へと突き刺さる。

流石にそれには驚いた表情を見せたが、次の瞬間にはロードは落ち着きを取り戻していた。いや、落ち着き過ぎている。ロードの全身が柔らかな光に包まれる。回復魔法だ。こいつ、本当に何でもありだ。

だが、回復を許すはずもなく、ルージュとナッシュが斬撃を加える。ロードの体の焦げ跡は少しずつ引いていっているが、物理防御のバフを失ったこともあり、斬撃の度に血が噴き出す。遂に体幹を失い、崩れるロードをナッシュの斬撃が深々と切り裂くと、覆っていた柔らかな光は途絶え、完全に沈黙した。

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