第32話 違和感の洪水

ワイバーンロードが消滅した後、「指令完遂ミッションコンプリート」のポップアップが浮かび上がり、冒険者の宿への転移が始まった。

上位の視線を一身に浴び、照れくさそうに頭を掻くガレットの姿を目に焼き付けつつ宿に戻った。


「お疲れさん。報酬、ザックザクだよー。」


帰ってくるなりお頭が緊張の抜ける声を掛ける。

ロードこそ斃せなかったが、ワイバーンの掃討数でガレット以外に後れを取っていることは無かったと思う。気を取り直して報酬を確認する。


報酬は5000万G、杖、片手剣、装飾品というラインナップだった。

杖は俺が持っている物より強力で、恐らく2000万G以上する代物に見える。

ダブルキャストに対応していれば俺の杖を更新しても良いかと思っていたが、不対応だったので素直にリリカの魔法を強化する運びになった。

雷撃がどんな進化を遂げるのか気になっていたが、リリカ自身が「他の魔法イメージを試してみたい」と申告したため、属性は任せた。格の近い魔導士の様々な魔法を見て刺激を受けたのだろう。結局こんな魔法になった。


【コア術式】

炎属性攻撃

【サブ術式】

耐性貫通

詠唱時間+30%

クールタイム+40%

魔法攻撃力+700%


剣は名称をウィンドサージと言い、攻撃力+150%、速度+20%とこれまた素晴らしい逸品だ。その名はうねるように躍動する風を意味しており、これまで手に入れてきた露骨に量産品という感じの剣とは名称からして一線を画する印象がある。青白く薄ら輝く刀身には引き込まれそうな魅力があるが、明確に物理法則とは異なる原理―――すなわち魔術的な原理が剣に働いていることを感じさせた。勿論これはルージュが持つ。


そして、エメラルドグリーンの小さな宝石を金の装飾でまとめあげたシルフのイヤリングだ。素早さを+15する効果でこれもルージュが持った。今回の品は3つとも路地裏ギルドで容易に入手できない逸品だったが、もしかするとこのイヤリングが一番価値が高いかもしれない。ジェイスの意味不明な動きもそうだが、素早さに特化した熟達者の動きの有効性は増すばかりだし、速度を上げる効果は破壊力を上げる効果に比べて明らかに入手が困難になっている。


手に入ったアイテムは3つともちょうど欲しかったような品だったが、偶然にしては出来過ぎている気がする。もし、クリアボーナスがパーティの状況に応じて配られるのだとすると、ロードを討伐したガレットにはまた差を付けて先頭を走られてしまうだろう。

なお、ギルドランキングは無情にもガレットに抜き返され、俺はまた2番手になっていた。三日天下どころか1日持たない儚い夢だった。


ともあれ、報酬の確認が終わったので、俺は疑問を口にした。


「最後の…あの魔法はなんだか解るか、リリカ?」

「多分だけど…大魔法、だと思う。」

「大魔法?」

「わたしも実際に見るのは初めてだけど、父さ…父から聞いたことがあるの。

伝説級の杖には固有の名前と固有の魔法が付いているものが多くて、そうした杖から放たれる魔法を大魔法と呼ぶそうよ。

多くの大魔法は通常の魔法では考えられない長い準備を要する代わりに見合う以上の常軌を逸した破壊力があって、特徴が符合すると思う。」


なるほど。

つまりガレットはその「伝説級」の杖をどこかで手に入れたということか。

これまで一度も目にしたことはなかったが、レアドロップだろうか。そう言えば俺たちはお頭の勧めでロード種を避けてきたが、ロード種のドロップというのはあり得そうな話ではある。

だが、そんなものをガレットが持っていることよりも意味が解らないのは、大魔法発動前にガレットが後ろに引くよう警告したことだ。

大魔法の対象はワイバーンロード。特にペナルティは無いはずだ。未知の魔法に巻き込んで上位パーティーから欠員を出せればガレットの優位は大きくなるはずだ。実際にそれで事故が起きたかと言われれば怪しいが、その可能性を自ら減らす必要はどこにあるのだろう。

結局ガレットに関しては今回解った分だけ新しく解らないことが増えてしまった。


しかし、疑問はガレットだけに留まる話ではなかった。

残りプレイヤー数を確認すると、残りプレイヤーは49人。

確かに上位陣で相当数のワイバーンを狩ったが、討ち漏らした数はB級下位以下でどうにか出来るような数では無かったはずだ。何故、49人も残っている?

…それに、前線で一度もアポロを見掛けていないのもおかしい。


頭をぐるぐると悩ませているとトモヤから通話が来た。仲間に目で合図を送りつつ、それに応じる。


「ハロー、元気してる?」

第一声、トモヤはそんな軽口で挨拶する。

「トモヤは元気そうだな。俺は頭を抱えている。」

「そうだろうな。そんなあなたのお悩みを3分クッキングして差し上げようと思ってな。」

「…詳しく。」

「今お前が悩んでいることはズバリ、残りプレイヤーがなんでこんなに多いのか、じゃないか?」

「それだけではないが、大正解だな。目下一番混乱している部分だ。」

「やっぱりそうか。俺もあんまり人のことは言えないんだが、お前は下位のプレイヤーに興味が無さ過ぎるんだよ。まぁ、そういうところ嫌いではないけどな。」

「??」

「ジェイスの話をした頃からお前も気付いていたと思うが、B級になってからずっと、下位との差が露骨に開いてきた。ここで上位の中でも下位のプレイヤーに対してアクションを仕掛ける者と気にしない者とに分かれたんだよ。

俺自身大したアクションは仕掛けてないんだが、上位の木っ端装備を供給する代わりに情報を調べて貰う専属の諜報員を作ったのさ。」

「…なるほど。」


ジェイスが冒険者狩りを匂わせ、実際に犯罪者ギルティ堕ちが増えていたタイミングで弱いプレイヤーを抱き込んでいたわけか。今にも脱落しそうな下位プレイヤーとなら簡単にwinwinで関係を結べたわけだ。


「っで、今回諜報員が良い仕事をしてくれたので、部下の活躍をドヤりに来たわけだ。さて、アリマ君、俺の自慢話を聞く準備は良いかな?」

「ぐぬぬ…トモヤさん、よろしくお願い致します。」

「よろしい。今回、下位プレイヤーの被害が少なく済んだのには2人の功労者がいる。1人は解るか?」

「なるほど、そこでアポロが出てくるわけか。」

「正解だ。1人はアポロ、もう1人はステイルという男で、B級中位のプレイヤーだ。

だが、2人の取った行動は全く違っていた。アポロはひたすらに自分の力を誇示し、周囲のプレイヤーを守り切った。ステイルは自分の余剰装備をバラ撒いて団結して戦い抜いたそうだ。

これによって、アポロは数名のプレイヤーを隷属させ、ステイルは新興宗教みたいな勢力を形成した。」

「隷属?」

「だーかーら、ステイルにも興味払ってやれよ。

まぁ、まずはアポロから話すと、どうもあいつは自分との力の差を見せつけることで自分のために働く駒を作ったみたいだな。アポロの余剰装備を貸与する代わりにアポロの指示通り動いて毎日稼ぎを報告し、貢物を献上する契約を行ったようだ。

…っで、困ったことにアポロが配ってる装備は結構強力なようでな。俺が子飼いに渡してる装備と同レベルみたいだ。俺の場合は部下の数を揃えていないし、謀反を起こされるような無茶な要求もしてない。だが、あいつはそれと同等の装備を複数に配る余裕がある上、その程度の相手に束になられても負けない程の差があるってことだよな。

どうも、現時点では順位は俺の方が上だが、装備品では負けている可能性がある。」


…余計に頭を抱えたくなる話だ。

今後、奴隷を使って自己の強化と新たな奴隷を作るための装備の確保を数の暴力で行っていこうという話か。

しかも、下から上がって来たはずのアポロがずっと最前線で凌ぎを削ってきたトモヤより充実したリソースを既に持っているという理解に苦しむ状況。潰すなら今だが、既にトモヤ並みに強いならリスクリターンが合わないじゃないか…


「それで、重要な役割を担っているのがステイルだ。

こいつはB級中位という時点でプレイヤーとしての腕前は二流以下だが、今では最重要プレイヤーの一人だ。

ステイルが作ったのは互助組織だ。今回は緊急事態ということで一旦無償でばら撒いたみたいだが、基本的には格安で装備を融通し合うだけの組織のようだな。アポロのやり方と違ってデメリットが無いから非犯罪者ノンギルティの下位プレイヤーの大半がこの組織の配下になった形だ。

正直、B級中位以下が何人集まったところで上位と戦えるようなシステムではないんだが、人数が多い安心感である程度安定した組織になっているようだ。ステイル自身がアポロのやり方に文句を付けて求心力を得ているようだから、あいつに扇動家としての才能があればそれなりの脅威にはなるかもな。

ともあれ、この組織のおかげで下位のアポロの奴隷化が拡がらずに済んだのは大きい。俺としては、この組織に少しでも長く偽りの安定を享受して欲しいわけだ。」

「なるほどな。全面的に同意だ。」

「っで、だ。この話はジェイスの情報をくれたお前への借りを返すという意味もあるんだが、お前に強く釘を刺すという意図もある。」

「どういう意味だ?」

「もしステイルが馬鹿じゃなければ互助組織により上位のプレイヤーを取り込みに動くはずだ。そうしないと組織としてアポロに対抗出来ないからな。

お前はその候補になる可能性がある。

その時、お前にメリットの無い話を持ち掛けつつ、組織を笠に着て偉そうにご高説を垂れられた場合、お前は我慢出来るか?」

「…自信が無いな。」

「いいか、これは振りじゃない。万一喧嘩を売られても買うな。

あの組織はアポロの勢力を抑制するのに重要な役割を担っているんだ。」

「理解した。」

「よろしい。ともあれ、上位、アポロ派、ステイル派、犯罪者ギルティとどうにも個人技で戦っていこうという雰囲気だけではなくなってきている。お互い、気になることがあったら情報交換を密にしよう。」

「了解。こちらも何かあったらまた連絡する。」


ここで通話は終わった。

正直、頭が痛くなるような話しか無かったが、自分が出来ることが大きく変わるわけではない。

既に取り込まれた下位プレイヤーをどうこうするより、攻略優位性を武器として維持するのが重要だろう。

俺は仲間に向き直り、A級挑戦を進めるべく話合いを始めた。

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