第31話 ワイバーンの王

空間の亀裂は電流のようなエネルギーの放出を伴い、少しずつ、周りの空間を罅割りながら穴となり、拡がっていった。

不意に、空間の端に鉤爪が掛かる。それは穴を力づくで押し拡げんと一層の力を込める。穴は少しずつ大きくなり、中からは群青の竜が窮屈そうに体を覗かせる。それは空間から這い出るため、一層の力を込め、咆哮を上げる。

次の瞬間、ガラスが割れるかのように空間は弾け飛んだ。

だが、そこには空間にぽっかりと空いた穴の代わりに全容を現した翼竜が佇んでいた。大きさとしては10m程だろうか。これまでに見たどのワイバーンよりも大きいが、竜と聞いて想像するものとしては小柄だろう。しかし、これまで見てきた魔物とは放っている圧が明らかに違う。君臨する者としての余裕、そして、その余裕に起因するある種の気品を感じさせる存在だった。


ワイバーンロードはこちらを見定めるようにゆっくりと辺りを見回す。複数の人間の存在には気が付いているはずだが、慌てて襲い掛かってくるようなこともなく悠然と佇んでいる。

この時俺の胸中はただただ「一番槍を担当したくない」という感情に支配されていた。速度、攻撃力、ブレス、何一つ予想が付かない。それでいて、それらの全てが過去に経験したことのない高水準であることだけはありありと想像することが出来た。

ロード顕現の瞬間にはガレット、俺達、トモヤ、トウゴウの4パーティーが立ち会っていたが、全員がこの怪物を警戒していて、場は完全に膠着状態となっていた。それどころか、緊張感からか誰一人の話声すら聞こえない。

そんな時間が少し過ぎた頃、状況に変化が起こる。


「なんだ。まだ始まってないのか。」


少しだけ遅れてきた男がそう呟いた。

その声の主―――ジェイスはそのまま竜へと切り掛かった。開戦だ。


これを皮切りに全てのパーティーが一斉に魔法の準備に入った。

ジェイスの攻撃はそれほどのダメージを与えられてはいなそうだったが、爪、翼、尾撃、噛みつき、ブレス途切れることなく襲い掛かるそれらのコンビネーションを全て見切り、避け様に攻撃を叩き込むその姿は圧巻と言う他無かった。

むしろ強烈なブレスの巻き込みで周りのパーティーの方が危なそうに思える。

俺はその様子を見て冷や汗を垂らしていたナッシュに一旦盾を持って巻き添えに備えるよう促した。この状態で近接メンバーを送り込んで戦闘のテンポを崩すのは愚策だ。折角ジェイスに向いているヘイトが他に向くと仲間を失う事故に繋がりかねない。

ルージュにも同様の指示を出そうかと思ったが、全霊を集中してジェイスと竜の戦いを凝視しているその様に、声を掛けること自体が酷く無粋な、あまりに思慮を欠く行為だと思わされた。超高濃度の学習の最中に邪魔をされるのは酷く不快であることを俺はよく知っている。ルージュにはこの至高の学習教材を存分に堪能して貰うことにした。


バフを更新しながら、何故避け続けられているのか理解に苦しむジェイスとロードのやり取りをしばらく眺めていた。その間にトウゴウのパーティーが陣取っている場所にブレスが直撃する場面があったが、騎士が受け切り何事も無かったように見える。実際に受けてないので見た目から感じる印象でしかないが、うちのところに飛んで来ていたらそれなりのダメージは避けられなかった気はする。

そうこうしているうちに、が訪れる。


「―――アークサンダー」

「―――ダークミスト」

「―――ブリリアントバレッタ」


トモヤ、トウゴウの魔導士もほぼ同時に準備を終えていた。

完璧なタイミングで離れたジェイスをよそに、ワイバーンの王に全ての魔法が襲い掛かる。

迸る雷撃、一見して冷気以外の特性も帯び命を奪い去ろうする魔性の霧、貫き焼き尽くす魔力の弾丸。ロードでなければ10度は殺せそうな魔法災害を超え、大きく消耗し、全身に深手を負いながらもロードはまだ生命を保ち、闘う姿勢を維持していた。

この時を待っていたとばかりにジェイスがまず動く。

ルージュ、ナッシュ、トモヤのパーティーのカナメ、レオン、そしてトウゴウもほぼ同じタイミングで動き、一斉攻撃を仕掛ける。MVPがあるなら間違いなくジェイスだが、止めを刺すのが誰になるかは別の問題だ。剣士達が己が力を突き立てるべく総攻撃を行う。


「危ないので下がった方が良いですよ。」


そんな風に熱くなっていた矢先、戦場にあるまじき優し気な声が響く。

包容力とある種のんびりとした雰囲気を感じさせるその声の後、無機質な女性の声が…響くというより全身から吹き上がるような奇妙な感覚で聞こえ始める。

本能的な危険を感じ、ルージュとナッシュを下がらせる。同様の感覚を皆が抱いたのだろう。ジェイスを含む前衛が下がる。


「―――紅天に座すもの、気高きもの、尊きもの、たっときもの、そして穢れを祓うものよ。

盟約に依りて小さきものはこいねがう。

偉大なるもの、その御身の一片を賜らん。

は天より厄災を運び、地の不浄を滅するものなり。

―――ミーティア」


瞬間、天が瞬いたかと思えば、眼前に轟音と共に凄まじい爆発が起こる。

強烈な衝撃波に吹き飛ばされ、発生した灼熱の気配も感じる。災禍の中心からは離れていたはずだが、それでもバフが無ければただでは済んでいない。

爆心地は跡形もなく消し飛んでいた。

そこを中心に森は放射状に薙ぎ倒されている。


こうして、ワイバーンロードはガレット達の手によって討伐された。

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