第30話 英傑たち
転移先は鬱蒼と茂る森に面した平地だった。
そして、森の方からは膨大な数の、聞いたことのある鳴き声が迫ってくる。
早くもワイバーンの群れのお出ましというわけのようだが、その数は想像していたものを遥かに上回っていた。自分の視界が明確に捉える範囲内だけでも40…いや、50はいるだろうか。奥の方からも同程度以上の数が押し寄せてきている気配を感じる。
そんな規模の大群が帯のように広がり、森と平地の境界を覆い尽くしていた。明らかに人間側の数より多い。
「殺意高いな、おい…」
不意にそんな言葉を呟く。
俺を含む上位陣にとっては、正直ワイバーンの数は何体いても大して変わらない。
だが、プレイヤーの半数以上を占めるB級未満にとっては、死刑宣告にも等しい軍勢だ。俺はこのイベントを残りプレイヤー数50以下に絞るための運営の仕掛けだと思っていたが、見立てが甘かったかもしれない。もしかすると今日1日で30人以下まで減るのでは、とそんな淡い期待さえ沸いてくる。
俺としては下位が減ってくれるに越したことは無いが、それよりも上位の中での地位を固めるべくワイバーンをひたすら狩り尽くすことの方が重要だ。結果的に俺たちが前へ出てヘイトを集め、大量に削ることで下位はより多く生き残るだろうが、それは仕方ない。仲間に声を掛け、ワイバーンの群れに特攻する。
B級挑戦以前とは文字通りバフの桁が違う俺達はワイバーンの攻撃に対して完全無敵だった。そして、ナッシュが一度空を切り裂けば1体のワイバーンが絶命し、リリカが余った杖で速度重視のサンダーゲイルを放てばそれもまたいくつかの命を奪う。ルージュは一太刀で命を奪いはしないが、舞うようにいくつか斬り付けると、しばらくして周囲のワイバーンが全て崩れ落ち、絶命する。さながら無双ゲーの主人公のような振る舞いでそれぞれがワイバーンの大群を壊滅させていった。
そうやって無理矢理作った突破口を前へ前へと進んで行く。
俺はその後ろでいつも通りバフを切らさないよう地味に振る舞っているという残念な役回りではあったが、おかげで周囲を見渡すことが出来ていた。
俺達と同様に前へ飛び出したパーティーは15程度。恐らくはB級中位以上のプレイヤーが率いているものだろう。
まず目に入ったのはジェイスだった。確かにパーティーを引き連れていないことを確認出来る。相変わらず意味の解らない動きをしており、1人しかいないにも拘わらず、殲滅速度がこちらの半分以上はある。
…そもそも、パーティーにプリーストがいないので当たればそれなりにはダメージを負うはずなのだが、何故こんな大群に突っ込めるのか、その精神性は理解から程遠い狂人のそれに感じる。まぁ、そこはジェイスだからと言われれば納得がいってしまうのだが。
それ以外では全員を視認出来たわけではないが、距離が近かったプレイヤーに関してはポップアップで情報を得ることが出来た。このため、動きが良いプレイヤーのいる方向へ僅かずつパーティーの進行方向を操作し、少しでも多くの情報を得ることに務めた。
―――その中に、ガレットを見つけた。
ガレットはやや小柄な、地味な雰囲気のプレイヤーだった。
二刀流で剣を振るい、一太刀ごとに着実にワイバーンを落としてはいたがその動きは異次元とは程遠く、正直、ナッシュやルージュと比べて動きが悪いと思う。
仲間は剣士、魔導士、プリーストの構成だ。それぞれの動きは良いが違和感がある。
覇気が無いと言うか、システマティカルというか、良く言えば理詰めで計算されているような、悪く言えば作業感が漂っているような動きだ。
ただし、ずっと1位を走り続けてきたのは伊達ではなく、総合的な殲滅速度は恐らくうちより少し速かった。動き一つ一つの質では負けてはいないと思うが、とにかく無駄が少なく効率への意識が高いのが原因だと感じる。
なお、こちらからガレットが解ったということは、ガレットの方も俺を判別出来たはずだが、興味が無いのかワイバーン殲滅に集中しているのか、こちらを意識している素振りは見られなかった。
ともあれ、俺はこの後、ガレットに近づき過ぎず離れ過ぎず距離を保ちながら前に進んだ。
ガレット達を観察しつつ幾度もバフを更新し、数え切れない程のワイバーンの屍を超えて森を進むと、ワイバーンに混じってスペリオルワイバーンの存在が確認出来た。
数は非常に少なく一度に複数体対処しなければならない局面には今のところ至りそうにないが、バフが強化された今でも流石にこれの攻撃を受ければ無傷というわけにはいかない。
いつまで続くかも解らない連戦で、バフを切らすわけにはいかないので回復をしやすい状況とは言い難い。出来れば攻撃を受けずに処理したい相手だ。変なちゃちゃを入れられないよう、周囲のワイバーンを丁寧に駆除してからルージュを向かわせ、引き寄せた攻撃を回避しながらナッシュの斬撃で翼に重傷を与える。その後リリカの魔法でとどめというサイクルで何とか無傷での撃破に成功した。
かなり近いタイミングでガレットの方もスペリオルワイバーンと対峙していたが、こちらはガレットが盾に持ち替えてスペリオルワイバーンの攻撃を恐らくは無傷で受け切っていた。その隙に剣士が両手剣に持ち換えて翼に斬撃。魔導士の「バーストフレア」という声と共に大きな爆発が起こり、撃滅に成功していた。
うちのパーティーはメンバーごとに強力なお気に入り装備を持たせてそれを上手く使う戦術なのに対し、ガレット達はそこそこの装備を状況に応じて上手く切り換えているようだ。ガレット本人の剣士としての動きがイマイチに見えたが、それはガレットが剣士ではなくオールラウンダーだということに起因しそうだ。
今のところ剣士と騎士の役割を果たしているところを見たが、最上位でこの2つをこなせて魔導士やプリーストの役割はこなせないということはないだろう。オールラウンダーは基本的にはプリーストをプレイヤー外に採用したパーティーの特権で、当然戦術の幅が広くなる。俺はプリーストに専念することで観察や考察に充てる時間を多く取れているため、明確な上位互換プレイとは思わないが、完璧にオールラウンダーをこなす相手が非常に厄介なのは間違いない。
スペリオルワイバーンが出てくる頃には殲滅速度の差は進行度の差として如実に表れており、周囲に人の姿は少なくなっていた。
知っている顔を消去法で消していくと、スーツ姿で華麗に二刀を振り回す異容が目に留まる。どうやらこれがトウゴウ…らしい。
拘りを持ってスーツを着ているのか、考えるのが面倒でそうなったのかは解らないが、なかなかに尖った絵面だ。他の3人は騎士、魔導士、プリーストの構成。自身剣士でこのバランス構成というのは、如何にも初心者が好みそうな構成ではあるが、基礎に忠実な良い動きをしている。動きの質とこのパーティー選択から見て、MMORPGの上位経験者か何かなのだろうか。
その後も大量のワイバーンと、数体のスペリオルワイバーンを撃破したところで、空間の亀裂のようなものが視界に入った。
ここが終点だろうか。バフを更新し、警戒を強めて様子を伺った。
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