第28話 特異な才能

警戒はしたものの、特に何事もなく戻ることが出来た。

懸賞金で1200万ゴールドも入ったことで、手持ちは潤いに潤って1600万Gにもなった。これだけあれば、かなり高価なレア物に手を出せる。

久々に高揚した気持ちで路地裏ギルドへと向かった。


余程のものが無い限りはナッシュの両手剣を更新したいと思っていたが、むしろ両手剣でお誂え向きの逸品が売られていた。

ツヴァイハンドベッサー。1500万G、攻撃力+320%という超高品質の両手剣だ。B級でこれ以上の両手剣に出会うことは難しいのではなかろうか。

流石に高価な買い物なので、仲間に確認する。

ルージュからもリリカからも異論は無く、無事購入が決定した。

ナッシュに渡すと、まるで魔剣に魅入られたかのような恍惚とした表情をしていたので少し不安になったが、これ程までの戦力アップはなかなか体験出来ないので仕方がないところだろうか。俺自身、クエストでの試し斬りを見るのが楽しみだ。


そのまま宿に戻り、お頭にロザリオを回収したと二コラのギルドマスターに伝えて欲しい旨を告げる。情報料と考え、特に対価は要らないと言っておいた。

その後、いつもの準備をしてサイクロプス討伐で試し斬りに赴く。

相変わらず敵の攻撃は激しかったが、ナッシュの一撃の重みが目に見えて変わった。単眼の巨人は斬り付けるごとに呻くような咆哮を上げるようになり、骨を砕いているのか、みるみるうちに動きが悪くなっていった。そして蓄積ダメージの如実な差として、1発目のアークサンダーで完全に生気を失い、物言わぬ死体となった。


この日は流石に良い時間だったので、試し斬りを最後に一日を終えた。

上位は変動なし。残りプレイヤーは俺たちが葬った4人の他に3人が脱落し、69人となっていた。


§§§§§§


翌朝、そろそろA級への挑戦を見越して上位の魔物を討伐してみないかと切り出した。B級上位と言われているのはヴァンパイアとレッサーデーモンだ。


ヴァンパイアは腕力、魔力ともに高い次元にあるが、それらを活かす速度と霧化による物理攻撃の無効化こそが厄介とされているようだ。特に霧になって逃げられるとどんなに余力があっても討伐に失敗してしまい、これが不人気の最大の理由となっている。

一方、レッサーデーモンは単純に腕力、魔力、耐久力がB級としては意味不明に高く、ただただ純粋に強いというのが討伐の難しさらしい。


討伐の難度そのものはヴァンパイアの方が高いかもしれないが、安全性を考えるとヴァンパイアの方を試したい気持ちは強い。そもそもヴァンパイアは通例厄介な代わりに露骨な弱点も多いものだよなぁ、と思い俺はこんな質問をした。


「ヴァンパイアって何か弱点があったりしないのか?」

すると、リリカが答える。

「んー、霧化するタイミングを狙って強力な魔法で逃げられる前に滅するのが基本的な戦い方だと言われてるわね。

ただ、怒り狂ったヴァンパイアは攻撃が苛烈になる代わりに回避や霧化をする冷静さを失って斃しやすくなったって話は聞いたことあるかな。」


「なるほど、怒らせる、か。

試してみたいことが出来たし、次の討伐をヴァンパイアにしても良いか?」


俺がそう言うと、仲間は面白そうという感情を前面に出しつつ、承諾の意を示した。


メインの魔法を不倒不壊・魔アンブレイカブル・マギアの方に設定し、魔防、物防にバフを掛け、転移する。

転移先はミノタウロスの時よりさらに暗い洞窟だった。こんなこともあろうかと購入しておいたライトスフィアに光を灯す。念じるだけで光が灯る優れもので、引火の心配もない人気の品らしい。


すると、蝙蝠の羽が生えていること、妙に長く鋭い犬歯が見えることを除いてはほぼほぼ人間に見える紳士風の姿が浮かび上がった。


「おやおや、こんなところに下等種族が何か御用かな?」


そうヴァンパイアが語った。よく考えれば人語を操る魔物は初めてだ。

一見礼儀正しそうにしているが、こちらを下等種族と罵ってくれたので、俺の方も罪悪感無く初手から最低の一手を放つことが出来た。息を吸い込み、相手に必ず伝わる声ではっきりと言う。


「ばーーーーーか。」


ヴァンパイアも目を見開いて愕然とした表情を浮かべていたが、仲間の方が真顔になっていた。概ね理知的な会話をしていた俺が突然サボテン並みの低IQ発言をしたのだから、それは仕方ないだろう。

ヴァンパイアが溜息を吐いて言う。


「…そんな低次元な罵倒に何か意味があるとでも思っているのか?

やはりヒトという種は知能が低い。高貴な種である私と相対するには些か役者不足と言わざるを得んな。」


獲物が釣り針に引っ掛かったので俺は笑いを堪えるのに必死だった。

あまりにも低次元な煽りを受け「煽るとはこういうことだ」とでも言わんばかりの返答を見せてくれたが、こいつは自分が種という優位性を重視していると自白したわけだ。俺が抱くありがちなヴァンパイア像と一致していると、自白してくれて本当にありがとう。


「通常優れた人間は自分がヒトという種であることを誇りとはしていない。

ヒトという種の大半は確かに弱い。知能も、知性的な他の種より劣っていると俺も思う。

だが、人間は劣っているから己が種を誇りとしないのではない。個体差が大きいんだ。優れた人間はヒトという種の通常個体より己が極めて優れていることを理解している。だから自身をこそ誇りとし、種などという下らない概念を持ち出さないんだ。

そんな人間にも、やたらと己の所属を誇示しようとする者達がいる。それは、自らの所属に対して格が劣る者達だ。自分より所属集団の方が価値が高いからこそ自らではなく所属ばかりを誇示しようとするのさ。

さて、君は今、ヴァンパイアという種を強調したね?

そうだね。ヴァンパイアという種は一般的なヒトよりは優れているかもしれない。だが、そもそもヒトという種の価値なんて、たちまともな人間は気にすら留めてないのさ。

君は今、自らの価値ではなく種という価値を押し出したことで、自分は種の中で劣等個体であることを自白した。しかも、自らが誇りとするものと、たちにとっては無価値なものとを比較して偉そうに宣うために、だよ?

これは本当に滑稽な話だと思わないかい、劣等個体のヴァンパイア君?」


「貴様!図に乗るなよ、この劣等種が!!」

ヴァンパイアは怒りを露にし、魔法を放つ。俺はバフ更新を準備しつつその魔法を片手で受け止め、かき消した。予想通り、魔力を全く溜めていない魔法であれば問題無くノーダメージに抑えられた。


「ははは。なんだい、このカスみたいな魔法は。

君が言うところの劣等種にすら届かないような魔法を放っておいて良くもまぁ優越性を語れたものだ。

そうだ。君は最初の発言を低次元な煽りだと言ったね?

だが、残念なことにその低次元な煽りが事実であることに気付くことが出来ない程、君は愚かで、無知で、低知能なんだよ。だからこそ、は君の次元に合わせた煽りをしてあげたんだ。理解したかい、劣等個体君?」


「貴様、貴様貴様貴様貴様ぁぁっ!!!」

ここで、ヴァンパイアは完全に冷静さを失い、怒りに任せてエネルギーを溜め始めた。目は血走り、筋肉が膨張する。

同時に、ルージュ、ナッシュが走り込み、切り掛かる。

あとはバフを掛け直しつつ、適宜煽るだけだ。冷静さを失った相手の機微を読み取るなんて、カードゲームで妨害デッキを使いこなす俺にとって児戯にも等しい簡単なお仕事だ。


ルージュの剣撃はヴァンパイアに大きなダメージを見込むことは難しかったが、魔法への集中を邪魔するのには効果覿面だったようだ。攻撃の度に苛立ちを露にして虫を振り払うかのような爪撃を繰り出す。その大振りの攻撃を見切り、ルージュが躱しつつ追撃を入れる。

そうして生まれた大きな隙を見逃さず、ナッシュが強烈な一撃で袈裟斬りにする。

瞬間、ヴァンパイアの顔色が変わったのを確認し、俺が追撃するあおる


「おやおやおや?

自称高貴なヴァンパイア様は劣等種の一撃で顔色を悪くされているようですな。

まさかまさか、このまま劣等種にいいようにされ、すごすごと逃げ帰るような、そんな無様を晒されることは無いと思いますが…

いや!もしや!ヴァンパイアとはそのような恥辱を好まれる種族なのですかな?」


この言葉で、ヴァンパイアから回避や防御という選択肢が完全に消えた。

ルージュ、ナッシュに大きく傷付けられながらも魔力の集中に全てを注ぐ。

溜めに溜めたエネルギーが暴風のように吹き荒れ、今にも爆発せんとするその時、透き通った声が響き渡る。


「―――アークサンダー」


迸る雷撃が膨れ上がったエネルギーごとヴァンパイアを飲み込む。

束になった雷撃はその密度の高さ故に一筋の光と見紛う程だ。何度も見た魔法ではあるが、何度見ても絶対に受けたくないという本能的な恐怖を呼び起こす。

…後に残ったのは炭化した、人型の何かだった。

ここから超速再生なんてことは無いよな、と少し緊張したが、無事光の球となり勝利が確定した。


こうして俺は冷静さを奪い、怒り狂わせて行動を誘導するというヴァンパイア狩りにおける特異な優位性を確認したわけだが、心なしか仲間との距離が開いたように思うのはきっと気のせいだろう。

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