第23話 それぞれの理由

一頻ひとしきり料理に舌鼓を打っていると、ルージュ、ナッシュがやってくる。


「少し込み入った話がしたいんだが、場所を変えても良いか?」


俺が真剣な面持ちでそう言うと、3人とも頷いてくれ、個室に移動した。


「お頭の話をリリカから聞いた。それも踏まえて、今後も大きく目的を違えることはないと思うが、俺もきちんと自分のことを話しておくべきだと思った。

まず前提として、昼にトモヤが異世界の友人だと話したが、実は異世界から100人単位の人間がこの世界に来ている。」


皆の表情が引きる。一早く立ち直ったルージュが質問を返す。

「それはあんたみたいな化物が100人も来てるってことかい?

あんたを見るに、侵略目的…ではないように見えるけど。」


「恐らく全員が剣、盾、杖の全てを使いこなせるという意味では化物かもしれないな。ただ、ギルドランキングを見る限り俺は今恐らく2番手だ。俺と同じぐらい順応しているのは多く見積もっても10人ってところだとは思う。

俺達異世界人…今後はプレイヤーと呼ぶが、プレイヤーがこの世界に送り込まれた理由は詳しくは知らされてない。だが、侵略という話は聞いてないので調査及び実験だとは考えている。」


「アリマと同じレベルのが10人ってのもだいぶ気になる話ではあるわね…

ただ、調査は分かるけど実験ってのはどういう意味?」

リリカの問いに答える。

「本題に関わる話なんだが、プレイヤーはこちらの世界で死ぬと向こうの世界に戻される仕組みになっている。生きた状態で戻れるという説明は受けているな。

それで、プレイヤーは他のプレイヤーより長く生き残ることで向こうの世界での報酬が増えることになっている。つまり、プレイヤー同士で殺し合うことを推奨されているわけだ。これは帰還装置がちゃんと機能するかの実験なんじゃないかと思っている。」


「…トモヤとは随分と親しくしていたが、彼とは敵対しないということでいいのか?」

ナッシュが問う。

「残念ながら、最終的には敵対することになると思う。

ただ、プレイヤーの目的で一番重要なのは生存だ。トモヤは俺と同じく上位のプレイヤーで、敵対するのは危険な相手だ。

互いに今敵対するすることが非合理だと理解しているので、一旦協力関係を結んで他プレイヤーより長く生存する確率を引き上げようとしているわけだ。」


皆、情報を整理しているのか、黙り込み、静寂が訪れる。

俺は続ける。


「とまぁ、そういうわけで俺の目的は死なないことだ。

そして、死なないためには他のプレイヤーより強く在る必要がある。強くなるためにはギルドと共に成長していくしかない。だからみんなと方向性は一致すると思っている。

…一方で、プレイヤー同士の諍いに恐らく巻き込んでしまうことがあると思うし、プレイヤーには加減不要、命を奪うつもりで攻撃して欲しいという話をしておきたかったんだ。」


沈黙が続く。

もう少し話を小出しにすべきだっただろうか。

だが、切り出すタイミングとしては最高だったと思う。後悔は…ない。

そんな風に考えていると、ナッシュが沈黙を破った。


「…私は、名誉のために冒険者をやっている。

自分が誉めそやされるのも勿論好きだし、私やパーティー、ギルドが評価を上げることで周りが喜ぶのも好きだ。

逆に言えば上に行きたいという漠然とした思いはあるが、どうなりたいという明確な目標地点があるわけでもない。強いて言うならこのギルドをいつかはS級ギルドにしたいという想いは持っているが、そうなった時に新たに見えているものがあればそこを目指したくなるんじゃないかと思っている。

正直、アリマの話はだいぶ重くて驚いたが、元々冒険者パーティーなんてのは普通一枚岩じゃない。仲間に問題を抱えた者が混じっていることも珍しくないし、目的が本当に合わない場面が来たらその時は本気で喧嘩でもすれば良いと思っている。

アリマが抱えている問題は重いが、私達に取ってアリマの存在はそれ以上に重い認識だ。

私は他のプレイヤーと争うことになろうと、これからもアリマと一緒にしか見ることが出来ない景色を見ていきたいな。」


続いて、困ったような顔をしながらルージュが口を開いた。


「アタイは目的、みたいな難しい話はあんまり得意じゃないんだけどねぇ。

元々飲んで、食って、騒いでみたいなのが好きで、それに冒険者が合ってたから冒険者をやってるってだけなのさ。

上に行くって話自体、カヤさんのことが好きで、カヤさんが喜ぶから行きたいって程度で、ナッシュ程向上心が強いわけじゃなかったりするね。

ただ、実際に上に行ってみると飯は美味くなるし、宴も盛り上がるしで最近は欲が出てきた。

元々、面倒事なんて放っておいても起こるもんさ。アリマが面倒事を持ってくるって言うんなら、責任取って指示しとくれよ、ぐらいの気持ちかねぇ。」


最後に、大きく溜息をきながら観念したようにリリカが話し始めた。


「この話、あんまりするつもりなかったんだけどね。アリマと比べたらまだマシだと思うからちゃんと話すわね。わたしは…可能なら復讐をしたいと思ってるの。」


復讐!?

思ったより不穏当な言葉が出てきて俺たちは驚きを隠せない。

リリカが続ける。


「わたしの生まれは隣国アルカディアなの。

ナッシュさん、ルージュさんは知ってると思うけど、アルカディアは10年くらい前にある魔物に滅ぼされたわ。

沢山の魔物が街を襲ってね。沢山の人が死んでいくのを目の当たりにしたわ。でも、トップギルドが魔物の王の討伐に動いていた。だから討伐が終わるまで耐えれば勝ちだってみんな頑張ってた。

…その後、伝わって来たのはトップギルド敗北の報せだった。

わたしの父は国一番の魔導士だなんて呼ばれててね、そのギルドの主力メンバーだったんだよ。だから、信じられなかったし、受け入れられなかった。

みんな涙を流しながらわたし達子供に思い思いの簡単な装備を渡してね、少しばかりの大人の先導役と一緒にこの国に逃がしたの。

逃げてる途中にも色んな魔物に襲われて、沢山死んだわ。結局最後の方は散り散りになって逃げたから、何人が無事にこの国に辿り着けたかは知らない。

…それで街の人がアルカディアが滅んだって話をしてるのを聞いて、そっか、嘘じゃなかったんだな、って。

冒険者になったのは単に生活手段がそれしかなかったからね。

冒険者って必ずしも向いてる人がなるわけじゃなくてね、ゴブリン相手に腰を抜かしちゃうような人も多かった。

色んなギルドを転々として、色んな人と簡単な依頼をこなして生きてきたんだけど、初めてちゃんと戦える人と出会えたのがこのギルドだった。それでわたしはこのギルドに定着したのよね。

両親から戦える人間は戦うべきだって厳しく教えられてきたからね。ナッシュさん、ルージュさんと一緒に戦っていたら、父さん、母さんの誇りも少しは守れるかなと思って一緒に過ごして来たわ。

これからもずっと、そうやってそれなりに戦って、それなりにこの国に貢献していこうって思ってた…」


リリカが少しだけ言葉を詰まらせた後、続ける。


「…そう思っていた矢先に現れたのがアリマだった。

わたしね、正直言うと諦めてたの。

アルカディアはこの国と比べて特別弱い国じゃなかったと思う。その国が総力を挙げて勝てなかったのが私の仇敵。

だからね、今でも無理をしてまで仇討ちをしたいとは思ってないんだ。

でも、本当を言うと…悔しい。

可能なら、あいつを倒して、それで、父さん母さんにあなたの娘は誇り高い魂をちゃんと受け継ぎましたよって、高らかに宣言したい。

だから、強くなれるならアリマの事情は些細な問題だと思ってるわ。

それで、もし、あいつを倒せそうなら…

その時は改めて相談させて欲しいなって。そう、思ってる。」


リリカが話を終えた頃には、ルージュもナッシュも泣きじゃくっていた。

話を終えたリリカ自身は一滴も涙を流していないのが、逆に辛かった。


「…あぁ、そのぐらいは強くならないと、な。」


必ずしも涙腺が強い方ではない俺は、震える声でそう答えるのが限界だった。

天下の黒き悪魔ブラックデビル様も健気な少女には弱いのだ。

ともあれ、俺たちは互いの本心を吐露し、一段深い話も出来るようになった。


その後、宴の席に戻った。

あんな重い話をした後だったが、これまで忙しくてあまり手を付けられてなかったミノタウロス料理を食したルージュが「こんな旨い肉食ったことがねぇ!」と大騒ぎして、完全に平常運行に戻った。


こうして、異世界での3日目は大きな収穫を得て終わりを迎えることになった。

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