第22話 特別な日
宿に戻って他の昇格候補と言われた魔物の討伐を試してみることにした。
まずはキマイラだ。獅子と山羊の双頭を持ち、胴体は…多分獅子ベースだろうか、かなり筋肉質だった。尻尾は蛇のようになっている。獅子の頭で噛み付き、山羊が魔法を放つ。山羊が放つ多様な属性の魔法の矢は火力がそれ程ではなく、速度もルージュ以外でも意識すれば躱せる程度ではあったが、同時に獅子の噛み付きや胴体の攻撃も繰り出されるため、魔法防御も欠かすことは出来なかった。
ミノタウロス程の力はなかったが、魔法防御との併用でバフの質が落ちていることもあり、そこそこダメージを負いながらの戦いになった。最悪だったのはバフでほぼ無害化したと思っていた尻尾の蛇が酸を吐いてきたことだ。これがナッシュのクレイモアに当たり、性能が落ちた。後で鍛冶屋に行ったら直して貰えたが、10万Gの損失だ。
全体的に動きは緩慢だったので思惑通りに攻撃を組み立てやすく、リリカのサンダーゲイルからのナッシュの一撃という必勝パターンで問題無く勝利は出来たが、やはり疲れた。特に途中から酸も意識して戦うことになったのが精神的にしんどかった。
ただ、ドロップ品はなかなか良く、50万G相当の杖と精霊石の指輪だった。精霊石の指輪は魔力が10上昇する、牙の指輪の上位互換で、アメシストのような宝石があしらわれた指輪だった。これを勿論リリカに渡した。杖は防御バフを設定可能だったので、
ともあれ、酸が面倒臭いし、欲しいものはもう貰った気がするのでキマイラはもう狩らなくてよいなと思った。
次はグリフォンだ。鳥と獅子の合成獣と言った感じで、上半身は鳥成分が強く、下半身はライオンの成分が強い。速度が速く、上手く連携しないとルージュ以外が攻撃を当てることは難しかった。基本的にはグリフォンが攻撃するタイミングに合わせてルージュが攻撃し、意識を向けさせてからナッシュが切りつけるという流れだった。
力はミノタウロス、キマイラと比べると低く、物理防御のバフが強くなった俺たちにはほぼダメージは通らなかった。時折翼を使った風属性の魔法も放ってきたが、こちらも
一方で警戒心の強さと速度はかなりのもので、リリカの魔法が完成しそうになると急上昇して逃げ、決定打をなかなか与えさせてくれない。魔法を解除したらまた急降下して襲ってくる。これを何度か繰り返すと、翼へのダメージが十分に蓄積したのか、上昇が間に合わずにサンダーゲイルが直撃し、倒せた。間違いなく過去ダントツで討伐に時間が掛かった。
反省を活かして次はリリカの魔法を火力を落として遠距離に届くように設定して挑んでみたら、今度は物凄い速度で飛び回られ、攪乱された。こうなるとルージュ以外の攻撃を当てるのが困難になるため、疲労とルージュの剣撃によるダメージ蓄積で動きが鈍るまでなかなか決定打を与えられない。結局この回も撃破にかなり時間が掛かった。
ドロップ品はこちらも美味しく、攻撃力+50%、速度+12%のグリフォンエッジで、これが2本手に入ったのでまんまとルージュの武器更新に成功した。これも1本100万G相当の品で、時間は掛かったが種類を分散して討伐したことには一定の成果があった。
なお、お頭に確認したところ、グリフォンの肉は硬くて臭いから要らないとのことだ。俺はこの時間食い虫っぷりに苛立っていたこともあり、内心で「このクソ鳥がっ…!」と毒づいた。
この2体目を屠った時点で日は落ちており、お頭から宴会への誘いが来た。
流石に今日の宴を無視したら俺はルージュに殺されかねないし、そもそも話したいことも多かったので迷うことなく快諾した。
その後、開始までしばらく待っているとナッシュがおずおずと近づいて来て、言いにくそうに口を開く。隣には平時としてはいつになく真剣な表情をしたリリカも控えている。
「なぁ、アリマ…
申し訳ないんだが、今日の始めの挨拶、お頭に譲って貰っても良いか?
ちょっと、今日は、その、特別なんだ。」
「んっ?別に構わんぞ。というか、挨拶する予定になっていたのが寝耳に水なんだが…」
大会で何度も表彰されている手前、壇上挨拶の経験は豊富だし、準備してドヤ顔で演説するのは嫌いではない。だが、ギルドにおけるB級の重要さなど文脈がよく解っていない今挨拶したら滑り散らかす気がする。代わって貰えるならありがたい限りだ。
俺の答えを聞くとナッシュとリリカがホッとした表情を浮かべた後、笑顔になった。
宴会の準備が整うと、恥ずかしそうに奥に引っ込もうとするお頭をルージュとナッシュが無理矢理中央まで引きずって連れてきた。
お頭が申し訳なさそうに俺の方を見るので「いやいや、ここは俺の出る幕じゃない」と手を振りジェスチャーすると観念して挨拶を始めた。
「本日はギルドにとって記念すべき1日になった。
今日を以って、あたし達アルビダ・オーダーは念願の…念願の…」
感極まって声を詰まらせるお頭をルージュ、ナッシュが支える。
「B級ギルドになることが出来た!
明日からはもっと忙しくなる。今日はその分まで楽しむこと。乾杯!」
残りの言葉を一気に話し切り開宴を告げると、その場で泣き崩れる。ルージュ、ナッシュ、そして恐らくは初期からいたであろうメンバーがそんなお頭を優しげな眼差しで囲み、一緒に泣き合っていた。
その様子を不思議そうに見ていると、リリカが隣に寄り添い、話し始めた。
「お頭…ううん、カヤさんはね、ここのギルドを始める前は冒険者だったのよ。
リーダーの騎士、剣士のカヤさん、あとはプリーストと魔導士のパーティーで、わたし達ほど異常ではないけど、異例の速さで昇格を続ける期待のパーティーだったらしいわ。
それで、順調にC級クエストもこなしていき、全て成功させたからB級を受けようとした時にわたし達みたいにワイバーン討伐を提案されたわけ。でも成功続きで慢心してたみたいでね、唯一反対してた魔導士の子を3人で押し切ってワイバーン討伐をせずにB級に挑戦したの。
相手はわたし達と同じミノタウロス。結果として、リーダーは瀕死、魔導士の子は命を落としたわ。別に瀕死になっても体の傷は治せるけど、心が完全に壊れちゃって、リーダーは再起不能。パーティーも解散になったわ。
まぁ、よくある話と言えばそうなんだけど、カヤさんはあの時ワイバーンで腕試ししなかったことをずぅーっと後悔してた。あの子は私が殺したようなもんだって。
それで、せめて自分達みたいな馬鹿な真似をする後輩を1人でも減らせるようにって作ったのがこのギルドなんだって。」
…あー、自分達がやらかした手前、強く言ったら逆に反発されると思ってワイバーン討伐提案の態度が不自然だったのか。
「今でこそカヤさん明るいけど、ギルド創設期は、あの子のために一人でも多くB級以上に上げて償わないと、みたいな感じで凄く不安定だったそうよ。
っで、新米としては有名な冒険者だったし、カヤさんのことを強く慕う後輩が何人かいてね、その代表格がナッシュさんとルージュさん。あの2人はカヤさんと共に笑い、共に泣き、ずっと支えてきたみたい。アリマが来る前は自分達がB級になってカヤさんの負担を軽くするんだってよく意気込んでたなぁ。
だから、まぁ、あの3人と初期からいたメンバーにとって、わたし達のB級昇格には特別な意味があったの。カヤさんが自分に掛けた呪いがこれで1つ解けたわけだから。」
お頭にとって、今日は本当の意味でのリスタートだったのかもしれない。
昔の仲間と、本来なら立てていたはずの地点にやっと辿り着いた。
皆若いし、お頭も新参ギルドと自称していた程だから時間としてはそんなに長くはなかったかもしれないが、贖罪と自責で歩む道のりは時間が指し示す程短くは無かったのだろう。中央で涙ぐむ皆の顔がそれを暗に示していた。
「戦う理由、か…」
ふと俺がそう呟くと、リリカは目を伏せ、何かを思い詰めていた。
「昼も言った通り、俺からも話したいことがある。とりあえずみんなが戻ってくるまで勝利の宴を楽しもうか。」
リリカは「そうね」と答え、ミノタウロス料理を美味しそうに口に運ぶ。
ミノタウロスのタン塩焼き、煮込みほほ肉、ランプステーキ…
その場に並べられた皿の数々は確かに美味で、俺たちは改めて勝利の味を噛みしめた。
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