第21話 アルビダ・オーダー

「お疲れ様。これでB級、だねぇ。」


今までの傾向から、スーパーハイテンションでハイタッチする展開を予想していたが、予想外に噛みしめるような労いの言葉が降って来た。

良く見るとお頭の目は軽く充血しており、今もうるうるとしている。…泣くほど嬉しかったのだろうか。

そうやってじっと見つめているとリリカから肘で小突かれる。これは多分デリカシーの無さを指摘されているやつだ。


「無事、ミノタウロス討伐しました。」

俺が形式的に報告すると、お頭はいつもの雰囲気に戻る。

「うん、流石だったね。流石はあたしが見込んだ男たちってもんだ。

っで、正式にB級になったからにはギルド名を登録しなきゃいけない。もう、決まっているかい?」


「はい。満場一致でアルビダ・オーダーです。」


「…本当にそれでいいのかい?

ハッキリ言って、このギルド発展の立役者はアリマ、お前さんだ。

なんならロード・ブラックデビルとかでも良いんだよ?」


最初から堪えるつもりのない約1名と、堪えられずに吹き出した約2名が笑い出す。

おい、笑うな。


「流石にギルドの発展に大きく寄与した自負はありますが、俺、ポッと出の新人ですからね。見たところこのギルド、俺が来る前から結構楽しくやってたみたいですし、中心はお頭であるべきだと思います。

あと、俺は黒き悪魔ブラックデビルを公認してませんからね?」


爽やかな笑顔でそう言い放つと「そうかい、ありがとね。」としみじみとした言葉が返って来た。

お頭が切り替えて地図を広げ、口を開く。


「さて、実はこの街にはB級以上のギルドだけが使うことが出来る施設がある。それがこの路地裏ギルドだ。

ここはA級以上のギルドの主要パーティーに属していたが、何らかの事情で今は一線で冒険者をやってない人たちの集まりでね、この辺では手に入らない強力なものを取り扱ってる。

ここで取り扱われてるものは早い話がA級以上のギルドでお役御免になったお下がり品ってわけなんだけどね。ただ、そのまま市場に出すと強力過ぎて流通を壊しちまう。みんな商店街にはそれなりに恩があるからこうしてB級以上なんて条件を付けてこっそり商売してるわけさ。こっちはすぐにでも行って品揃えを確認してみると良いかもね。

…あとはこの奥まったところに闇市がある。

正直、こっちは行かなくても良いし、行こうと思えばB級にならなくても行けるんだけどね、B級になったら情報を開示する決まりになってる。

なんでB級になるまで教えないかって言うと、単純に危険なのさ。ここは犯罪者ギルティであっても誰でもウェルカムっていうスタンスの場所だね。だから入り浸ってる犯罪者が多い。

流石に闇市の中で罪を犯そうものなら私刑に処されるだろうけど、闇市の周囲はほぼほぼ無法地帯だね。近くを通るなら絶対に警戒を怠らないように。

あと、実は犯罪者には報奨金が懸けられていてね。これも蛮勇に走る輩が出ないようにB級以上のギルドにだけリストが送られてくる。メニューでリストが確認出来るようになっているはずさ。」


言われて確認してみると、賞金首の一覧を見られるようになっていた。

中には億単位の賞金首なんてものもいるらしい。一番安い賞金首でも100万Gとなっており、何となくB級に要求される金のオーダーが変わったことが理解出来た。まぁ、そもそもミノタウロス討伐のクエスト報酬が40万Gだったので、その時点である程度察せてはいたが。

闇市の近くは当然街中の扱いなので、転移石での脱出が出来ず、賞金首狙いのプレイはリスクを伴う。強さに不相応な高額賞金首との戦闘リスクは避けたいので俺は賞金首狩りをプレイの中心に据えることは無さそうだが、ここで選択肢が発生することは認識した方が良さそうだ。

また、ご丁寧に絞り込み条件にプレイヤーなんてものもあって、色々と察した。


他にもB級ギルドになると受注出来るようになる近辺警邏という仕事もあるらしい。

既知のエリアを見回って緊急性の高いリスクには対処、それ以外は状況を報告する役割だ。クエスト依頼はここからの派生で作られるものが多いそうで、B級からはいよいよ本格的に戦力として扱われるんだなぁという実感はあった。

なお、これに関しては特に大きな問題が発生しなくても報酬が見込めるが、普通にクエストをこなした方が圧倒的に儲かるので、ギルドのメインパーティーが請け負うことはほとんど無いらしい。俺たちにも無関係な、実質的にフレーバーのような仕組みだろうか。


「あっ、そうだ。ワイバーンの肉とミノタウロスの肉を売ってくれるかい?

そうだね。締めて2万Gでどうだろう。市場で売るよりは高いはずだよ。今日の宴に使いたいんだ。」


「構わないが、金を取って良いのか?

というか、ミノタウロスは食って良いものなのか…?」


「お前さん達から買わなきゃもっと高い金で仕入れることになるんだ。むしろ助かるぐらいだよ。ちなみに、クエスト報酬としてギルドにもたんまり入ってる。運営は潤ってるから安心するといい。

あとはミノタウロスの肉だね。上半身の肉は、その、ちょっと敬遠されるし、あたいも使わないんだけど、頭部や下半身の一部部位が本当に美味でねぇ。討伐が大変なこともあって結構な高級食材なのさ。」


…まぁ、牛だもんな。ミノタウロスのタンシチューとか、確かに美味しそうだ。

俺はお頭の言い値である2万Gで肉を引き渡した。この時、ルージュが「食べたい、他で売ったら許さん」と無言の殺気を迸らせていたのは多分気のせいだろう。


一連のやり取りを終え、次の行動指針を相談したが、目標を定めるためにもまずは路地裏ギルドに行って相場を確認するのが良いだろうという話でまとまった。

術式を元に戻し、いつも通り出発前の念のためバフを掛けて出発した。


路地裏なんて名前が付いている通り、途中人通りの少ない場所を少し抜ける必要があった。襲撃リスクの警戒が必要そうな場所をしばらく通ると、門番に守られた建物の入り口に付く。

人目に付かない場所で1人で門番しているのは流石に危険過ぎるのでは、と思ったが、お頭が「元A級以上の集まり」と言っていたのを思い出して納得する。


「本日よりB級ギルドになったアルビダ・オーダーの者だが…」


門番と思しき男に話し掛けると、宙に球体を浮かべて何かを照合し始めたように見える。そういう仕組みがあるのか…


「どうぞ、お入りください。」

そう言われたので、ペコリと頭を下げ、中に入った。


中は冒険者の宿のような作りになっていたが、酒場の中や宿の部分は路地裏ギルド構成員の居住スペースや仕事場となっているため、客は基本的にカウンターのギルドマスターっぽい人と取引をするだけのようだ。白髪で日焼けをした筋肉質で、年齢は50は回っているだろうか。ドワーフだとでも言われたら信じてしまいそうな雰囲気の気の良さそうなおっちゃんだ。


「新顔さんだね。ということは下見かな。まぁ、遠慮なく見て行ってくれ。」

そう言われたので、遠慮なく商品を見させて貰った。


商品は50万Gが下限で、そこから500万Gまでは各種満遍なく取り揃えられていた。

クレイモアも市販されており、これが100万G。B級下位のドロップアイテムでこの金額か。

600万G以上の品は基本的に仕入れ数が少なく、現品限りなのだそうだ。ラインナップもまばらだ。要するに、600万G超えがA級で実用されているラインで、お下がりの供給が安定しないということだろう。全員500万G相当以上の装備で固め、一部レアものを採用する辺りがA級挑戦の目安と考えれば良いだろうか。流石に今回は簡単には先に進めなそうだ。

なお、現在最も高価な品は3000万Gの、残念ながら盾だった。性能は物理防御+100、魔法防御+100、ダメージ-30%。…なるほど、A級は今の俺の特化バフを掛けた上でダメージを30%カットする盾が不要品として処理される世界か。

B級の段階で3桁が踊り狂うことが解ったので、これは4桁の世界もありそうだなとぼんやり考える。男の子は単純に大きな数字が好きで、俺もその例に漏れていない。こんなデータの羅列を見て、一体どれ程強くなるのかと思いを馳せるだけで楽しめるのだから、幸せなものだ。

今の手持ちは100万G程度で、そのラインの装備は現状で勝てる相手のドロップで賄えることが解っている。今日のところは何も買わずに帰り、一旦500万Gの杖の購入を目標に稼ぎを行う方針で良いだろう。

ともあれ、装備品の数値から今後のクエストの難度グラデーションを予想出来たのは収穫だった。ここから先、本格的にインフレして行きそうだ。


冷やかしのような形になって申し訳ないと告げると「最初はそんなもんだ。大口になってくれるのを期待してるからな!」と景気よく答えてくれた。


俺たちは路地裏ギルドを後にし、稼ぎを行うべく宿に戻った。

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