第20話 浮き彫りになる課題
「お疲れさん。流石だったね。」
宿に帰還した俺たちをお頭がそんな言葉で出迎える。
実際、軽傷だけでワイバーンを撃破したという結果は素直に「流石」に値する内容で、お頭に他意は無いだろう。
「光栄至極。ただ、今の戦いでいくつか課題が浮き彫りになりました。これからB級に挑戦はしますが、まず仲間とそれを検討します。」
…お頭に対してはどうも敬意成分とフランク成分がごちゃ混ぜになって言葉使いが不安定になるな。
ともあれ、仲間に向き直り話し始めた。
「今の戦い、結果としてはかなり余裕があったが、実は最悪の場合転移石を使うことを想定していた。」
そう言うと、皆、少し驚いた表情になる。
「100%俺の過失なので掘り下げるのは恥ずかしいんだが、ブレスが直撃した時、実はルージュとナッシュがバフの効果範囲外にいた。実際にはリリカが集中を崩さずそのまま魔法を完成させてくれたし、ルージュ、ナッシュもすぐに体勢を立て直したので危なげは無かったが、もしワイバーンがあともう2回り程強かったらどうなっていたか怪しいと思う。俺はバフの更新が上手く行かなそうなら迷わず転移石を使うつもりだ。」
「んー、敵の攻撃に当たらないように気を付けろって話かい?そりゃ気を付けるけど、気を付けるだけじゃあまり対策にはならない気がするねぇ。」
納得行かなそうに返すルージュに俺が回答する。
「いや、その前の話をしたいんだ。ブレスを避ける時、みんな別々の方向に避けただろ。それで位置がバラバラになってしまった。これから大きな敵と戦うことも増えるだろうし、大技で陣形を崩されないように避ける方向を揃えたい。
同じ場所にまとまっていると範囲攻撃の餌食になりやすく、むしろバラバラに避ける方がセオリーになっているとは思う。
だが、このパーティーはバフが効いている限りは相手の攻撃を受けても問題無いことを作戦の前提にしている。バフの範囲を広げると効果も薄まるので、最低限の範囲でバフを受けられるようある程度固まった陣形を維持したい。」
この話は同意を得られ、大まかなシチュエーション別に動く方向の認識を合わせた。
準備が整った旨をお頭に告げるとお頭がB級について説明を始めた。
「言った通り、B級は同じランク内でもかなりクエストの難度に差がある。
だから昇格で戦う魔物の候補は大体絞られてて、グリフォン、キマイラ、ミノタウロスあたりが主要候補になるね。サイクロプスやリッチあたりは攻撃は単調だけど単純に火力が高過ぎてB級が板に付くまではお勧めしない。
最悪なのはヴァンパイアとレッサーデーモンかな。特にヴァンパイアは強いだけじゃなくて能力が面倒過ぎて上位でも嫌われてるねぇ。
あとは個人的に絶対に勧めないのがロード種だ。ロード種は個体の差が大き過ぎて戦ってみるまで強さが解りにくいんだ。場合によっては明らかに階級詐欺の個体なんかもいる。逆に弱い個体ならB級とは思えない程の個体もいるから、功を焦ってる弱い冒険者は敢えてロード種を狙ったりするんだけど…これが冒険者の死因ではかなり抜けてるんだよねぇ。」
「なるほど。…ごく稀に個体名が付いてる魔物がいるようだが、これは?」
「あぁ、それはネームドって呼ばれてる魔物だね。同種の魔物と比べてトンでもなく強いことが解っているやつが大半。報酬や名声は勿論、ドロップ品も良いことが多いらしいんだが、狙うなら十二分に準備をした方が良いね。」
詳しい説明に謝意を述べ、討伐対象について相談する。
最終的に、物理一辺倒だからこその火力は怖いが、一番攻撃が予想しやすいこともあってミノタウロスを選ぶことにした。
ミノタウロスが強力な攻撃魔法を使うなんて話はないことをリリカと、念のためにお頭にも確認し、メイン杖の術式からダブルキャストを外して物理防御+100に組み替える。そして、普段
どうせ近いうちにバフも大幅更新するだろうと思い、今回の物理防御バフは
転移先は薄暗い洞窟の中だった。完全に光が差してないわけではなかったため、さして困りはしなかったがこのようなパターンもあるならランプの類もあった方が良いかもしれない。
さて、果たして目の前にそれはいた。
ミノタウロスは伝説では牛頭人身の化物なんて言われているが、目の前の怪物は牛頭ではあるが、特に下半身は茶色の体毛にびっしりと覆われており、凡そ人の体とは思えない。というか、蹄ついてる。上半身の隆起した筋肉ははち切れんばかりで血管が浮き出ており、常に怒りを帯びているかのようなその威容は巨大な斧を握りしめている。身長は7~8m程度、標準的な巨大さだ。
「ブオォォォォォォ!!」
知性が無い魔物にありがちないつもの咆哮だと思った。
だが、次の瞬間予想していないことが起きる。ミノタウロスの周囲を薄赤いオーラが包んだ。
「ッ!?バフかっ!!」
こちらもバフを掛け直して応じた。
敵の攻撃で最も脅威になるのはやはり斧の振り下ろしになりそうだ。
躱すと地面に突き刺さった斧が地形を無惨に変える。ミノタウロスの動き自体は露骨な無駄がなく、一つ一つの動きは速かった。だが、なにぶん巨大で斧の移動距離が一々長い。これはイレギュラーが無ければ躱せる。
振り払うような薙ぎ払いも人間の小ささ故にあまり脅威にはならなかった。派手な攻撃は上半身から繰り出されるが、実のところ攻防戦の要所は足周りとなっていた。
まずは蹄による強烈な蹴り。こちらはルージュこそ見切って躱していたが、ナッシュはかなり被弾していた。横からの一撃が入るとm単位で弾き飛ばされる。最悪なのは踏みつけに近い角度で入るパターンで、衝撃がそのまま逃がされずにナッシュを襲う。過去最高の防御バフで固めているにも関わらず、これにはあからさまにナッシュが顔を歪ませていた。
また、ルージュも剣撃を刻むタイミングに合わせた膝蹴りは躱し切れず、そのまま激しく壁に叩き付けられる場面が散見された。衝撃の大半はバフに無効化されているため、見た目の派手さの割に全く怯む様子なく、即座に体勢を立て直して再攻撃に移っていたが、完全にノーダメージというわけでもないだろう。
俺自身蹴りを貰ったが、患部は強い打撲ような内出血を起こしていた。
俺はバフの更新を最優先にしつつ、可能な限り杖を持ち換えてナッシュに回復魔法を掛ける。だが、恐らくはナッシュの傷を完全には治癒出来ていないし、パーティー全体としてはダメージが少しずつ蓄積していた。
「―――サンダーゲイル」
明らかにこれまでと一線を画する苦戦を感じていると、待望の一声が洞窟内を木霊する。同時に強烈過ぎる程の電撃が怪物を包み、全身を焦がし尽くす。
電撃が収まると洞窟内を静寂が支配した。
だが、次の瞬間、怪物は怒りに血走らせた眼をギョロリと少女に向け、両腕で斧を握りしめ渾身の一撃を叩き付けようとする。
「あっ、やばっ…」
魔法行使直後で集中力を使い果たした少女は、その一撃を避けるべく体を動かすことが出来なかった。
だが、その一撃がリリカに届く前に巨躯が大きくバランスを崩す。散々切りつけ、雷撃で焦げて防御の落ちた怪物の脚をナッシュの斬撃が深く切りつけていた。そして倒れ伏した牛の化物の首筋に跳躍したルージュが二本の剣を同時に突き立てる。
断末魔の咆哮をあげた後、怪物の目から生気が失われる。対象は完全に沈黙した。
「みんな、お疲れ様だったな。」
俺は自身に回復魔法を掛けつつ、皆にハイポーションを配る。
いや、リリカは俺より後方にいたため、最後の瞬間以外は攻撃の対象になる場面も無く、結局は無傷だったが。
「…お頭のワイバーンがB級になっていたかもしれないって話、アレはワイバーンに勝てなかった冒険者が後から作ったガセだな。」
珍しくボヤくナッシュに全員で頷く。あと、さりげなくお頭呼びがナッシュにも伝染っていて小さく拳を握った。
そうしているといつものように魔物は光の球になり、輝く。
ここまで苦労してショボい内容だったら嘘だ。全員期待に前傾姿勢になりながら結果に注目する。
【装備品】
クレイモア
パワーリング
【素材】
ミノタウロスの角
【道具】
ハイポーション
ミノタウロスの肉
最早ハイポーション並みのレアリティにまで落ちぶれたパワーリングには目もくれず、俺たちの注目はクレイモアに移った。
クレイモア、大剣の代名詞みたいな代物だがこれがなかなか面白い性能になっていた。システム的に言うなら両手持ち、攻撃力+150%だ。
二刀流や盾との併用が出来ない代わりに爆発的な火力を叩き出せる大剣。見るまでもなくナッシュが欲しがっていることは分かった。
ナッシュはこれまで一応剣と盾のスタンダード持ちを中心に戦っていたが、剣士である以上盾の力を完全には引き出せていなかったし、そもそも俺のバフが盾と相性が悪い。最近、ナッシュの斬撃の破壊力は撃破の要となってきており、今日もナッシュの剣がひ弱だったらリリカは斧の直撃を免れなかっただろう。命には関わらなかったと思うがちょっと想像したくないような重傷にはなっていたかもしれない。
「ナッシュ、これは君の戦闘スタイルにぴったりな武器だと思うが、どうだ?」
ワクワクを抑えられず、ぷるぷるとわななく手でナッシュがクレイモアを受け取り、それを軽々と一振りする。
「最高だ。」
今後、ナッシュには両手剣中心に戦って貰うことになりそうだ。
それを受けてナッシュが持っていた盾は俺が貰い受けた。忘れられがちだが、俺は盾を100%使いこなす権能も持っている。
杖の持ち替えで忙しいのでそうそう使う局面は無いと思うが、今日のような最期の一撃を盾で受けることで被害を防げることもあるだろう。
まぁ、とはいえ優先度が低いので盾は魔物がドロップしたり、トモヤから安く買えそうなら検討する程度で良いとは思う。
苦労に見合った報酬に沸きつつ、俺たちは宿に帰還した。
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