第16話 貴族

「おっかえりー♪」


宿に戻ると、あからさまに上機嫌なお頭が出迎えてくれた。

明らかに結果を知っている顔だったが、一応勝ったことを告げると「今日は一段と豪勢な夕食を用意しなきゃねぇ!」と高いテンションで祝ってくれた。これにルージュが「楽しみにしてるからねぇ~。」と返す。ここまでテンプレという感じだ。

また、パワーリングの金策が終わった一部のメンバーからGを預かっているらしく、6万G手に入った。これでランク戦の装備更新で不要になったものの売却益と合わせると30万G超えるだろう。

次の行動として自分の杖を更新したい旨を提案すると、皆も賛同してくれた。


特に問題が起こることもなく、商店街に到着した。

パワーリングは商店街で売ると2万Gと言われた。人気商品のため、通常の売買の価格差分と比べると小さいが、やはりかなり安くなる。ギルドメンバーに3万Gで売るのは正解だったようだ。ついでに言うと「次の仕入れは1万8000Gにするか…」とか道具屋の独り言が聞こえた気もした。

他の要らなくなった武器なども処分していくと30万Gを超え、念願のダブルキャスト可能な杖を手に入れることが出来た。

俺は次のように魔法を設定した。


【コア術式】

魔法防御力上昇

【サブ術式】

ダブルキャスト

効果範囲+3m

魔法防御力-50%

魔法防御力+50


高価な杖なのでコスト上限は今俺が使っている杖よりだいぶ高いが、ダブルキャストがかなり持って行くので、魔法防御の向上分は守りの加護ウォールブレスより弱くなってしまった。

特に対人だと概ね物理より魔法の方が火力が高いため、ダブルキャスト側を物理防御にして魔法防御向上 > 物理防御向上にした方が良さそうにも思えるが、物理攻撃の方が基本的に頻度が高いので物理はなるべく無力化、魔法防御は「死なないようにする」ことを主眼にする方針で一旦考えた。

同じ価格帯の杖でダブルキャストを付与せずに魔法を作成すれば強力な魔法になる。だから本心を言えば物理防御も高い杖で更新したいなぁという思いも強い。ただ、リリカの攻撃手段も複数用意したいことなど考えると杖だけでもかなりの金食い虫だ。何から何まで万全にして先に進むのは牛歩が過ぎるだろう。


「…っで、その魔法はなんて名付けるわけ?」

リリカが興味津々に問う。


「まぁ、解りやすさも考えて魔法の盾マジックシールドとでも名付けるつもりだ。」

俺がそう応えると、リリカから物凄いジト目が飛んできた。

これは「そのネーミングは安直過ぎない?」という非難の目だ。俺には解る。

…次のバフ更新ではもっと凝った名前にして驚かせてやるから覚悟しとけよ、俺は決意を新たにした。


ともあれ、これで物理防御と魔法防御を同時に高められるようになった。

試運転も兼ねて物理と魔法を両方使って来そうな、少し強そうな相手と戦ってみたいなぁなどと思いつつ宿への帰路を歩いていると眼前にメッセージウィンドウが現れ、アラートが流れる。


「C級ギルド No Name(リーダー:二コラ)から宣戦布告を受けました。」


…今朝確認した限り上位のプレイヤーに二コラなんていなかったよな?

そんなことを考えたが、一旦情報を集めるためにも宿への帰路を急ぐことにした。


宿に着き、お頭に該当ギルドの情報を尋ねると、このギルドは俺たち程ではないが少し前にかなりの速度でC級に上がって来ていたギルドらしい。やはりプレイヤーのギルドではないようで、少しホッとする。

これまでにランク戦を行った実績などは特に無いようでどんなパーティーかは不明だったが、ギルドランキングを確認したところ、俺たちに負けて順位を落としたマッスル達よりも少し下の順位だった。

防御面も盤石になったことだし、流石に負ける心配は無い気がする。


「この宣戦布告、受諾しようかと思うんだが、皆はどう思う?」


俺がそう問うと、


「待ってました!」

「問題無い。」

「良いんじゃないかしら。」


と全員賛成のようだ。


「―――守りの加護ウォールブレス

「―――魔法の盾マジックシールド

両方のバフを掛けた後、宣戦布告を受諾すると見覚えのあるフィールドへと転移した。

少しすると、華美なローブを纏い杖を持つ魔導士風の男、重装で大きな盾が目立つ騎士風の男、軽装で軽そうな剣を2本構えた男、白のローブに身を包みたどたどしく杖を握る恐らくプリーストの少女が転送されてきた。

俺がその様子を確認して、とりあえず守りの加護ウォールブレスの掛け直しを行うと、魔導士風の男が語り始める。

見たところバフも掛かって無さそうなのに、魔導士が最前列に立っている異様な光景に目を疑いながらも俺は口上に耳を傾ける。…何も聞かずにルージュを差し向けたらそれで終わった気もするからこれは失策だったかもしれない。


「僕は二コラ=ペリゴール。覚えておくと良い、将来この国の魔導を背負う男の名さ!」


…ペリゴールって家名か?この世界では家名を名乗る風習は無いと思っていたが。

そんな風に考えていると、リリカが独り言のように呟く。


「ペリゴールって貴族じゃない。なんでこんなところにいるのよ…」


二コラは続ける。

「この僕が栄光への道を邁進しているというのに、ここ最近水を差そうとする不貞の輩が増えている。そんな害虫の筆頭である君達を僕が手ずから駆除しに来たんだ。光栄に思うといいよ!」


…どうやら自分達より早いスピードで昇格を進め、あまつさえランク戦に勝利して目立った俺たちが疎ましいという話のようだ。

口上の途中でルージュとナッシュが俺に目配せしてきたので、ただ頷いた。


口上が終わると同時にルージュとナッシュが駆ける。

ルージュが二コラに切り掛かり、後衛に引くことを許さない。ナッシュは割って入ろうとする騎士を強く切りつけ、中に割って入ることを許さない。完全な分断に成功した。

プリーストの少女はおろおろと回復魔法を掛け続けている。…まずはバフを掛けろ、バフを。

唯一剣士の男だけが状況に反応したが、ルージュ、ナッシュへの剣撃に手応えが無いことを確認すると一直線に俺たち後衛に向かってきた。その判断の速さには光る物を感じるが、残念ながら俺たち後衛にもその刃が届くことはなく、愕然とした表情に変わる。

俺はそのまま戦場の中心へ歩を進める。

ルージュが二コラを地面にねじ伏せたのを確認し、告げる。


「俺はアリマ。この名も無きギルドのリーダーだ。趨勢は決まったようだが、まだ続けるか?」

「こっ、降参しろと言うのか?馬鹿を言うな、この無礼者めっ!」


…降参する気がないならその状態でも杖に魔力を込めるのに専念すべきだ。

自分の立場を理解出来ない哀れな道化に、俺は最後通告を突きつけた。


「そうか、残念だ。リリカ。」


リリカが仕方なさそうに燃え盛る炎の矢を構える。

恐らくは命を刈り取るであろう、その威容に恐れをなし、遂に折れる。


「まっ、まままま待ってくれ!こっ、降参だ。負けを認める。」


こうしてランク戦は問題無く俺たちの勝利に終わった。

戦利品の確認を行っていると、格相応と言うべきか、やはり装備の面でも俺たちの方が強力ではあった。

唯一、二コラが持っていたであろう杖だけがかなりの値打ちもので、20万G相当の逸品だと思う。リリカの杖は30万Gの耐性貫通付きのものを買う予定だが、連射重視の魔法と大技とを状況で切り替えたいのでサブの杖としてかなり嬉しい品だった。

…意外なことにセットされている魔法は1種類となっており、無駄の少ない術式構成だった。もしこれが放たれることがあれば、魔法の盾マジックシールドの上からでもかなりのダメージを受けていたはずだ。戦いのセンスは皆無だったが、魔導のセンスは実際にかなりの物だったのかもしれない。

あとは、これも多分二コラが持っていたものだろうが、牙の指輪があったので一応貰っておいた。バフ2本使いになったので回復する余裕がさらに減っているが、まぁ持ってないよりはマシだろう。

あともう一つをどれにするか悩んでいると、リリカが声を荒げる。


「あんた、なんでこんな物を戦場に持って来てるのよ、馬鹿じゃないの!」


こんなに怒っている…というか、リリカが怒っているところを見るの自体初めてかもしれない。いや、そもそも特別沸点の低い人間以外がこんなに声を荒げること自体が珍しい。

どうしたのか聞くと、少しだけ悩んだ後、リリカが答える。


「…貴族の中には自分の家系である証として装飾品を作って渡す家があるの。

多分、このペリゴールのロザリオっていうのは二コラのそれ。

その手の貴族は自分の装飾品を誇りそのものと考える傾向があって、これを失くしたら下手したら勘当では済まないの。

…しかも、この手の装飾品は好事家に高く売れるから狙われやすくて、未熟なうちは戦場には持って行かないのが鉄則よ。このロザリオも、多分、20万Gは下らないわ。。。」


当然、その手の好事家に渡ったロザリオを回収するのは困難極まるだろう。

それどころか、好事家が自慢して見せびらかすと貴族の間でもその不名誉が知れ渡ることになる。その場合に二コラに訪れる悲劇を考えると、流石に忍びないというのがリリカの口調から伝わってくる。

ルージュ、ナッシュを見やると「そーなのかー」と言わんばかりに目が点になっている。どうやらこの世界では常識というわけでもないらしい。もしかして、リリカは相当高貴な出身のお嬢様なのか?


まぁ、それはそれとして、3つ目の報酬は当然このペリゴールのロザリオに決めた。

リリカが物凄く複雑な表情をしているが、パーティーとしては妥当な判断だ。文句は言わない。

だが、俺はこれを好事家に売るなんてことはしない。俺は優しいんだ。そんなこうりつがわるいことをするわけがない


「さて、二コラ君。の手の中には今、恐らく君にとってとても大事なものがある。このままではは手が滑ってこれを売り飛ばしてしまうかもしれない。」

「やっ、やめてくれ!」


ふむ、リリカの言う通りやはりこれはとても大事なものらしい。俺は続ける。


「だが、としても大切な物があるべき人の元から離れて行ってしまうというのはとても悲しい。だから、君にこれを購入する機会をあげよう。さて、君はいくら出す?」

「じゅ、10万G、いや、15万G出す!」


…こいつは話を聞いて無かったのか?

リリカの見立てでは20万Gが下限だ。とことん舐めてやがるな…


「はぁ…とても残念だ。悲しいがこのロザリオはどこぞの悪趣味なおっさんにでも買われてしまうんだろうな。みんな、帰ろう。」

「30万Gだ!30万Gが限界だ!今の俺にはどう頑張ってもそれ以上は払えない…」


やっと尻尾を出したので、取引をクローズに掛かる。

「50万Gだ。」

「えっ…」

「50万G。とりあえず今払える分は全額払って貰う。それでロザリオは返そう。

残りはギルドマスターを通して返済するんだ。返済の意思が感じられないようなら、まぁ、解っているな?」

俺は爽やかな…相手からすれば悪魔じみた笑顔で告げた。

まともな杖が無いとクエスト攻略が出来ず、返済が滞る。一旦20万Gをこの場で支払って貰い、残りは毎日無理ない範囲で返済して貰う形で合意した。


「では、取引成立だ。明日から、今まで以上に頑張るんだぞ!」


俺はそう言い放つと帰路につくべく皆に声を掛ける。


「あんただけは敵に回しちゃいけないって、今日一番強く思ったよ…」


ルージュがそう言い、ナッシュが何度も首肯する。

リリカだけは「ありがとね…」と小声で囁き、俺の服の裾をキュッと強く握った。

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