第15話 「インテリジェント」マッスル

戦場は数十m四方の如何にも闘技場といった感じの場所だった。

地面は平らに切り揃えられた石のタイルのようなものを繋ぎ合わせて作られているようだ。

ランク戦の規定に場外の規定が無かったので、闘技場エリアの端には見えない壁のようなものがあるのかもしれない。

考えを巡らせていると筋肉隆々の男が語り始める。


「俺たちはマッスルブラザーズ。見ての通りの武闘派集団だ。

見たところ、そこの金髪の兄ちゃん以外はひょろひょろの坊ちゃん嬢ちゃんといった感じだが、怖くなったらションベンちびる前に降参しても良いんだぜ?」


如何にもという感じの口上過ぎて、笑いをこらえるのも大変だった。

ナッシュとリリカも概ね冷めた表情で聞いていたが、ルージュだけはひょろひょろ枠で扱われたことに腹を立てているのか、殺気を隠せていない。


「あのデカ物はルージュに任せる。ナッシュはルージュとデカ物の戦いに邪魔が入らないように位置取って戦ってくれ。リリカは誰でも良いから当てやすいと思った相手に優先的に魔法を放ってくれ。」


俺は小声で作戦を伝えた。

なお、この形にすると俺はかなり浮いた位置取りになるので、細身の剣士が遊撃担当なら確実に狙ってくるだろう。俺が囮になることで、隙を作るのもこの作戦の目的だ。

作戦を伝え終わると、敢えて仰々しく話し始める。


「はじめまして。は新興勢力の名もなきギルドです。

本日はのためにわざわざお時間頂き、ありがとうございます。

いつまで経ってもC級のままの、偉大なる先輩方の類稀なるご厚意に甘え、皆様方の敗北をギルドの糧とさせて頂ければ幸いです。」


ここまで言えば、相手から突っ込んでくれるだろうと読んで解りやすく挑発した。

相手は「ふざけやがって」と吐き捨てたが、まずドリンクのようなものを飲んでから突っ込んできた。きちんとバフを掛けてから突っ込んでくるところあたり、思ったより冷静だ。


念のためこのタイミングで守りの加護ウォールブレスを掛け直す。

予定通りルージュはデカ物と1対1の形になった。ナッシュが間に入り、バランス型の剣士二人を受け持つ。

…もう一人はどこへ行った?


「見たところ、あなたがリーダーですね?」


その声に反応し、振り向くと同時に、二筋の剣が俺に襲い掛かった。

幾度となく魔物を切り裂いたであろう、その高速の刃は俺の体を…切り刻むことは勿論なかった。

二本の剣は俺の体に触れることなく白色のオーラに遮られている。細身の男が予想外の状況を前に固まる。その後ろでリリカの口が「フレイムアロー」と動くや否や、男が燃え盛る。その圧倒的なスピードから本来であれば躱すことも出来たかもしれない炎の矢が、僅かな隙を突いて直撃した。男はそのまま為す術なく崩れ落ちる。

…これ、本当にまだ生きてるよな?


持ち場が落ち着いたので状況を確認する。

大柄の男の攻撃は流石に強力そうだ。当たればバフの上からダメージを受けそうだが、ルージュはその全てを躱しつつ理想的なヒット&アウェーを実現していた。

ナッシュは2対1ということで流石に上手く攻撃に回れてはいなかったが、ルージュの戦いに邪魔が入らないよう巧みに受け切っている。

俺がナッシュに回復を行うと、相手のここまでの蓄積は完全に0になり、実質的に勝敗が決した。

リリカが2撃目のフレイムアローを構えた時点でナッシュを突破しあぐねていた剣士の一人が声を上げる。


「待ってくれ、降参だ。大事な仲間を失いたくない。」


この瞬間、ランク戦は俺たちの勝利で幕を閉じた。

声を上げた男の横で戦っていた剣士が細身の剣士に駆け寄り、急いでポーションを飲ませていた。


「…マッスルって、あの大柄の男じゃ無かったんだな。」

俺は素直にそう言うと、

「あぁ、そういう作戦なんだ。あいつはゴメス。パーティーで一番強いあいつに戦力を集めさせてその隙に後衛を刈り取る作戦…だったんだが、少し君は硬過ぎたようだね。」

マッスルが苦笑する。

なるほど。脊髄反射のような受諾も、如何にもなギルド名も、荒っぽい口上も、誤認を誘う作戦というわけか。


「一方的に駆け引きでハメたつもりだったんだが…一本取られていたようだ。」


俺がそう言うと、マッスルは手を出し、握手を求めてきた。

「こちらこそ一本取られたよ。純粋に…強かった。上の階級での活躍を心待ちにしているよ。」

その手を握り返し「こちらこそ、ありがとうございました。」と答えた。

NPCのギルドがこんな変化球を投げてくるとは思ってもいなかったので、非常に勉強になった。今後、プレイヤー以外のギルドに対しても甘く見ずに接していこうと強く決心した。

…なお後日談になるが、このギルドは俺たちに負けたことを皮切りに調子付いた格下ギルドから数多くの宣戦布告を受け、その悉くに勝利する。そうこうするうちにマッスルは「インテリジェント」なんて2つ名で恐れられることになる。


こうしてまるでスポーツの試合が終わった後かのような爽やかなやり取りを交わしたわけだが、これはランク戦だ。報酬を受け取るべくマッスル達の持ち物を確認する。

自分達では使い道のない強力な杖が腐っているなどの掘り出し物も僅かに期待していたが残念ながらそんなものは無かった。

まぁ、使わないものは売るか…と思いながら実際にランク戦で使われていたと思しきものを3つ選択した。

まずスピードリング。恐らく細身の男が装備していたものだと思う。予想以上の速さで視界外に動かれて完全に反応し損ねてしまったのは、これが最大の理由だろう。効果は解りやすく素早さを+5するものだが、これはパワーリング類と違って市場に出回っていない代物だ。ワンランク上の装飾品だと言える。

次に力のルビー。こちらは大柄の男が身に付けていたものだろう。金の指輪に魔力を凝集したような真っ赤なルビーがあしらわれた逸品だ。力を+10する効果があり、パワーリングの上位互換となっている。こちらも市場には出回っていない、ワンランク上の装飾品となっている。

最後は武器にした。大柄の男の武器ならナッシュの、細身の男の武器ならルージュの装備を更新出来たが、スピードリングを採用するとルージュの攻撃力が下がることを考え、攻撃力+30%、速度+10%のイーグルエッジを獲得した。これは30万G相当の剣で、ランク戦を行うにあたってお目当ての品の1つと考えていたものだ。


評価的には格上の相手を倒したということもあってか想像以上の報酬となった。スピードリングとイーグルエッジをルージュに、力のルビーをナッシュに手渡す。2人とも望外の強化に誇らしげな笑みを湛えていた。

戦利品のやり取りを終えるといつでも転移石で帰れるようになった。

俺は帰る前に気になっていた端の方を確認することを提案し、皆で確認した。

果たして、端には見えない壁のようなものが存在し、場外に逃げることは出来ない仕様になっていた。

壁は硬く、軽く攻撃をしてみたところ弾かれる感覚があった。また、弱い魔法をセットして試してみると、効果を減衰させずに弾いた。


「わっ、これ、凄い。」

「…リリカの魔法を跳弾のように弾けば意表を突ける可能性があるな。」


こうして俺とリリカは壁の悪用を選択肢に入れることに成功し、満足して宿に戻った。凱旋だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る